キメラフレイムの謎とき動画:妖怪配信編4

 気付けば猫又や化け猫の話でかなり盛り上がっていた。視聴者は気心の知れた面々ばかりなので、盛り上がるのはまぁ織り込み済みである。とはいえ、猫妖怪で皆がここまで喰いつくとは想定外だった。


「猫妖怪のお話はこの辺りにしておきましょうか。視聴者の皆さんにしてみれば、むしろ妖狐や化け狸の方が興味があるでしょうから」

「キメラ君の配信って狐の視聴者が多いもんなぁ。へへへ、京子ちゃんだって旦那と一緒に配信を見てるからさ」


 穂村と六花の掛け合いに、コメント欄が沸き上がる。


『ネッコマター:ねこもいます(切実)』

『サンダー:狼もいるんだけどなぁ』

『ハチミツキ:ハクビシンも忘れずに!』

『絵描きつね:狐が多いのは事実』

『きゅうび:それはそう』

『通りすがり:可憐なJKの京子ちゃんが人妻だと……(絶望)』

『トリニキ:あくまでも中のひとの話だからセーフ!』

『オカルト博士:そもそも高校生じゃないし女の子ですらないからね(呆れ)』

『きゅうび:古語ではつまはも指すからある意味で合ってます』

『見習いアトラ:否定しない所がほんと草』


「それでは妖狐について紹介しましょう」

『しろいきゅうび:妾たちとどう違うのかが気になる』

『月白五尾:向こうは狐がたくさんいるみたいだしね』


 穂村の合図とともに、再び背後にある一覧表が変化する。妖狐の特徴を抜き出してピックアップした物が浮き上がってきたのだ。


「まず基本情報としまして、妖狐というのはキツネが、イヌ科のキツネと呼ばれる動物が妖怪化した種族の事ですね。実は僕たちが妖狐と呼んでいるキツネたちの中にも、ホンドギツネ系統とアカギツネ系統、そして両者の血を引く者などもいるみたいなのです」

「ホンドギツネはアカギツネの亜種とも日本固有種とも言われているんですが、パッと見た感じでは区別は難しいんですよね」

『ラス子:フェネック妖狐も忘れないでほしいのだ!』

『燈籠真王:そう言えばホッキョクギツネの妖狐もいたよなぁ』

『りんりんどー:兄さんが喰い殺したやつだね』

『トリニキ:リアルな話、北極圏のアカギツネはホッキョクギツネを喰い殺す事があるらしいゾ』

『ペガサスニキ:キツネ怖いなーとづまりすとこ』

『モッチー:善狐と野狐みたいな区別があるけれど、あれってどうなの?』


「野狐って言葉はアタシもちょくちょく聞くけれど、別に野狐が悪いやつで、その対で良いやつとして善狐がいるって訳でもないらしいんだよな」


 善狐と野狐についての質問に応じたのは六花である。雷獣とはいえ日頃より妖狐と接する事があるので、妖狐の社会についてはある程度詳しいのだ。


『きゅうび:野狐って言うのは神仏に仕えたり妖怪仙人になっていない妖狐たちの総称ですね。言うなれば公務員と民間勤めの違いでしょうか』

『絵描きつね:きゅうび君は真面目な会社員ってはっきりわかんだね』

『しろいきゅうび:ちなみに稲尾家はリヘンギツネの白変種です』


 リヘンギツネとはアカギツネまたはホンドギツネの亜種の事らしい。稲尾家の一族が住まう世界にて見られる固有種なのだ。


「それじゃあ、そろそろ妖狐の特徴について説明に入っていきましょう。妖狐は変化術や妖術を得意としていまして、そういう器用さと賢さから妖怪社会ではかなり反映した種族になっているんです」


 ミハルはそこまで言ってから、悪戯っぽく小首をかしげて言葉を続ける。


「要するに化けたり化かしたりするのは得意なんですけれど、実は男の人を誑かせて手玉に取るような……所謂タイプは少ないんですよね!」

「そうそう。そうなんだよな」


 ミハルの言葉に頷いて尻馬に乗るのは六花である。


「ちなみにアタシはクラスメートの宮坂さんを度々女狐呼ばわりしていたけれど、あれはあくまでも『狡猾でいけ好かないやつ』って意味で、別にスケベとかそういう意味じゃあないからな。誤解されたままだと京子ちゃんも凹んじゃうから補足しといたぜ☆」


 六花の謎の補足説明に、またしてもコメントが盛んに流れてきた。


『モッチー:要は狐はビッチじゃないって事?』

『きゅうび:メスの狐は英語でヴィクセンと言います』

『おほほなみ:私はギャルビッチって言われてたけど。でも今は夫一筋だから』

『隙間女:自分から暴露していくのか……(呆れ)』

『燈籠真王:狐は一途ってイメージしかないわ』

『しろいきゅうび:うちの一族は大体そう』

『オカルト博士:私の知ってる狐はハーレム作るって豪語してたんだけどなぁ』

『きゅうび:存在しない記憶』


 ある程度コメントが流れるのに任せ、穂村は頃合いを見て説明を続けた。妖狐に限らず妖怪は生体エネルギーを吸い取っておのれの妖力を高める能力があるという話である。

 妖力を高める素となる生体エネルギーは、種族を問わず具わっており、これは感情の揺らぎによって身体の外に放出される事が解っている。だからこそ、相手から生体エネルギーを吸い取る際は、感情に揺さぶりをかけるのが手っ取り早いという事になるのだ。

 だからこそ、狐狸妖怪は力を高めるために積極的に変化術を行い、或いは他の妖怪とバチボコに闘う訳である。

 そしてその手段の一つに、魅力的な姿にて相手を誘惑するという物があるというだけに過ぎない。色恋や快楽に繋がるがために他の手段よりも多くの生体エネルギーを摂取できるのだが、その分リスクも高いため、誰も彼も行う訳では無いのだ。

 従って、妖狐が好色な女狐というのは種族的な特徴ではなく、あくまでも個性の一環に過ぎないのだと穂村は言った。好色でスケベな個体であれば、それこそ雷獣や人間でも当てはまる者はいる訳だし。


「ちなみに生体エネルギー放出のトリガーになる感情は、別に恐怖とか怒りみたいなネガティヴなものでなくても良いんですよね。良い意味での驚きとか……SNSで言う所の『いいね!』を貰えるような感じのものでも十分イケます」

『りんりんどー:キメラさんの説明が解りやすい』

『ネッコマター:真面目に説明しておいてフランクになるのすこ』


「まぁアタシみたいに血気の盛んな妖怪はバチボコに闘って力を付けているんだけどな。もちろん、変化術とかでキメラ君が言うように『この変化凄いなー』と皆に思わせてポイントを稼ぐやつもいるんだよ。きゅうびの兄貴とか」

『おほほなみ:唐突な名指しは草』


「いやだってきゅうびの兄貴の変化術は凄いでしょ?」


 きゅうびの兄貴とはもちろん源吾郎の事である。玉藻御前の末裔という血筋ゆえに、生後四半世紀足らずながらも雪羽すらしのぐほどの妖力の持ち主だった。そして彼は、そこまで潤沢な妖力の大半を変化術にあてる事に心血を注いでいるのだ。その集大成の一つが梅園六花の登場するあやかし学園だったりする。

 六花は、六花を演じる雪羽は、もちろん源吾郎の変化術の凄まじさを良く知っている。穂村たちなどよりもその事は詳しいであろう。だからこそきゅうびの兄貴と敢えて名指ししたのは明らかだった。

 急に名指しされた源吾郎であるが、やはり(?)満更でもない様子である。


『きゅうび:せやろ? もっと褒めてもろて良いんやで \500』

『絵描きつね:きゅうび君の女子変化はマジですごい。マジで女の子になってるもん』

『トリニキ:人妻呼ばわりされるくらいには女子力高いからな』

『りんりんどー:狐の人妻って嫌な予感しかしないんだけど』

『月白五尾:呼んだ?』

『オカルト博士:基礎的な変化術の他に、演技力というブーストが掛かってるからね。ついでに言えば演劇への変態的な探究心が燃料になってるわけだし』

『見習いアトラ:変態と呼ばれようと演劇の道を決める役者の鑑』


「はははは、見て見ろよきゅうびの兄貴ぃ。オカルト大先輩にまで変態呼ばわりされちまったなぁ。やっぱりアタシと同じように考える人もいるって事じゃないか」

「ちょっと兄さん、いくら兄さんときゅうびさんと仲が良いからって、そんなに煽ったらだめだってば」


 コメントを見た六花が高笑いをし始めたので、ミハルが慌てて止めに入っていた。六花という雷獣娘を兄さんと呼んだ気がするが、別にもう致し方なかろう。

 そもそも穂村の配信を見ている視聴者兄貴・視聴者姉貴たちは、六花の正体についてもばっちり知っている。その事に対するネタ的な発言は出ているが、解っているからこそのコメントであるから問題は無かろう。

 やはり親しい者ばかりの配信であるから、穂村が思っている以上に盛り上がるのだろう。戸惑いつつも穂村はありがたく思ってもいた。

 もしかしたら、視聴者たちの熱意もまた、穂村たちに届いて妖力の素になるのかもしれない。そんな事もふと脳裏をかすめたのだった。

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