クリスマス前の雑談回:4(終)
穂村が誰のお便りを読み上げようか悩んでいたのは、実の所ほんの少しの間だったのだ。というのも、思案し始めた次の瞬間に、今度は絵描きつねさんのお便りにしようと決まってしまったためである。
絵描きつね兄貴とは視聴者兄貴の一人であり、配信業界では先輩格に当たる存在でもあった。その正体は幽世におわす常闇之神社に仕える武闘派神使・夢咲蕾花という名の妖狐である。邪神系妖狐というあだ名が示す通り、邪神としての側面を持ち合わせているだとか、殺生石の怨念とメスのギンギツネと藩士の男の三者が融合して誕生したアンドロギュノスの妖狐であるとも噂される、ある意味途方もない存在である。
もっとも、オフラインでもオンラインでも蕾花と交流のある穂村にとっては、同じく六花を推す同志と言った存在に思えた。穂村は同担拒否をしない男なのだ。
ちなみに蕾花の近況は、蕾花の個人的な近況に留まらず、彼が過ごしている常闇之神社や幽世での近況も含まれている。視聴者としても幽世の住民や常闇之神社の神使の妖数が多く、尚且つ蕾花が神社の広報部長という職を担っているためだ。
「それではお次は絵描きつねさんのお便りです。『キメラ君こんにちは。キメラ君たちは会おうと思えばすぐにリアルで六花ちゃんに会えるので羨ましいなぁって思っています(笑)
冗談はさておき、個人的には充実した一年でした。趣味兼広報の配信やイラストも多くのファンに楽しんでいただき嬉しい限りです。あと、土産屋の品出しのアルバイトも始めました』」
お便りの最中であるが、コメントは既に寄せられていた。
『りんりんどー:兄さんが六花さん好きなのは解ってるからさぁ……』
『月白五尾:リアル六花ちゃんって表現がなんか草』
『サンダー:でも六花ちゃん良い子だし雷獣だし』
『きゅうび:リアル六花ちゃんは別に要りません。隙あらばくっついてくるし』
『だいてんぐ:僕も六花ちゃんにはそんなに興味はないです』
『トリニキ:六花ちゃんは面白いんだけど、キャラが濃いから飽きる事があるんだよね』
『ユッキー☆:きゅうびお前、もう許せるぞオイ!』
『隙間女:くっついている二人は既に仲良しなのでは(凡推理)』
『絵描きつね:六花ちゃんでコメント殺到していて顔中草まみれや』
『見習いアトラ:リアル六花ちゃんの評価が真っ二つに割れててほんと草』
『通りすがり:言うてリアル美少女とリアルに会えるって裏山』
「ま、まぁ言うて六花姐さんに会えるのは年に数回くらいなんですけどね。とはいえ僕が六花姐さんを推している事には変わりありません」
「やっぱり一番上だから、責任感とか優しさとか母性もあるもんねー」
「キメラ兄さんにサニー。さっきから六花姉さんの話しかしてないけど」
開成のツッコミを受け、穂村は咳払いをしてからお便りの続きを読み上げた。
「さて続きを読みますね。『俺個人の事はまぁその程度で収まるんだけど、勤務先である常闇之神社総本社では、新しいメンバーに続々と恵まれた一年でもありました。ハクビシン型雷獣の尾張姉弟や半妖銀狐の揚羽ちゃんも新たに赴任してきました。気が付いたら夜葉がめっちゃ成長してもいました。
ですが、そうしたこと以上に大きなニュースがあります。それは稲尾家三十五代目・稲尾桜花が今年の夏に生まれた事です! 稲尾家の狐たちはもちろんの事、俺たちも他の神使たちや氏子たちも、新たな幽世の住民にメロメロです』との事でした」
「確か兄さんとサニーはさ、絵描きつねさんたちだけじゃなくて桜花君にも向こうで出会ったんだっけ」
蕾花のお便りを読み上げた所で開成が問いかけてくる。彼は穂村とミハルが思いがけず幽世に出向いた事を知っていて、そしてその事で心配してもいるのだ。穂村の配信に参加するようになったのも、大人たちから穂村たちの様子に注意するようにと言われているのも関与しているのだから。
「そうそう。桜花君は七月の下旬生まれだったからね。ああ、でも、僕たちが出向いた時には、もうちゃんと走ったり簡単な言葉をしゃべったりも出来たんだよ。人間で言えば二、三歳くらいだったかな」
「それにペガサス兄さん。元々からして桜花君っておっきく生まれたのよ。生まれた時から既に三キロ台だったそうだし。私やキメラ兄さんと、生まれた時の桜花君の重さってそんなに変わらないのよね」
「そう思うと凄いよなぁ……」
兄妹の説明に、開成は素直に驚きの声をあげていた。ここでもやはりコメントが流れる。
『燈籠真王:ちなみに今は人間で言えば五、六歳くらいに育ってます』
『ネッコマター:しれっとサニーちゃんが桜花君と体重を比較するのがなんか草』
『サンダー:そう言えばキメラ君たちの世界の雷獣って、生まれた時はどれくらいの重さなの?』
『トリニキ:アカギツネの赤ちゃんは五十~百五十グラムぐらいだゾ。妖狐の場合もそれくらいの大きさらしいゾ』
『きゅうび:そう思うとやっぱり桜花君はデカかったんやなぁ……ちなみにワイは誕生時一〇〇〇グラムぐらいでした』
『オカルト博士:雷獣の赤ちゃんの体重の話なのに、何で狐の赤ちゃんの話になっとるんや(呆れ)』
『MIKU♡:うちの子供らは百五十グラムぐらいだったかな。今は一キロ前後だったはず』
『しろいきゅうび:だいたいあってる』
『絵描きつね:やっぱり世界が違うと妖怪の大きさとかも違うんやなって思いました』
「あ、絵描きつねさん。実は僕たち、妖怪に関するコラム的な配信も年始にやろうかなって思ってるんですよ。ええ、やっぱり僕も妖怪配信者ですし、皆さんに妖怪の事を知って欲しいなぁって思いましてね」
そもそもの妖怪についての配信を行う。この配信の何処かで話そうと思っていた事柄について、穂村はごくごく自然に口にしていた。雷獣という設定で配信を行っている穂村であるから、妖怪がどんなふうに生きていて、人間とはどんな風に関わっているのか。それは何処かで話したいと常々思っていたのだ。
もちろん、視聴者の中には普通の人間も少なからずいるであろうから、あくまでも「ぼくのかんがえたせってい」を皆に明かすという体を保ってはいるが。そもそも、キメラフレイムやその仲間たちが妖怪であるというのも、設定の枠を超えないものだと見做されているし。
『オカルト博士:妖怪設定配信はキメラ君好きそう』
『見習いアトラ:私、こういうの好きなんだ……』
『よるは:私も普通に興味あります』
『絵描きつね:しれっと恐ろしいお方が興味持ってません?』
流れてきたコメント欄を確認し、開成がニヤリと笑って言い足した。
「ちなみになんですが、この妖怪配信って、あの梅園六花さんにも同席してもらうみたいなんすよ」
「同席って言うか、所謂コラボ配信……になるのかな」
「年末年始は六花姐さんに会えますからね。それで依頼したらすんなりオッケーしてくれたんですよ」
なので年始の配信は豪華ですよ。いつの間にか次の配信の宣伝になってしまったが、その事にツッコミを入れるような視聴者はいない。むしろ六花の名がまた出てきた事で盛り上がりを見せていたのだ。
『きゅうび:六花ちゃんはキメラ君の依頼なら何でもオッケーしそう(小並感)』
『ユッキー☆:頼まれたらセクシーショットでもやるからさぁ \800』
『おもちもちにび:まずいですよ!』
『だいてんぐ:セクシーショットはダメです(圧)』
『トリニキ:見事に封殺されていて草』
『絵描きつね:俺も仲間に入れてくれよ~(無邪気)』
『サンダー:俺たちもそう現世に遊びに行けないからなぁ』
『MIKU♡:俺はサンダーニキにまた会いたいんだけど』
『りんりんどー:誰ですかしれっとデートしたいみたいなノリでコメントを入れてるのは』
『隙間女:ヒント:MIKU♡ニキの性別』
『ラス子:そもそも既婚者でしょ』
『オカルト博士:あーもうめちゃくちゃだよ(呆れ)』
ここから先も、穂村たちのトークと視聴者たちのコメントの掛け合いによって、面白おかしい配信が十数分ばかり続いたのだ。やはりここまで盛り上がるのは、オフラインでも見知った存在がいる事と、漫才的なノリを知る者が多いからなのかもしれない。
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