クリスマス前の雑談回:3

 ユッキー☆こと雪羽から「AIによる反乱を起こす要因を作らないように。お兄ちゃんからのお願いだゾ☆:\3000」というコメントを貰った所で、AI云々の話題は収束した。またしても雪羽はスパチャしている。計算が正しければかれこれ一万円近く投げているのではなかろうか。

 だがその事を考えていても話は進まない。そろそろ視聴者兄貴・視聴者姉貴から寄せられたお便りを紹介しようと考えを切り替えていた。


「それじゃあそろそろ視聴者兄貴・視聴者姉貴からのお便りタイムに入りましょう! まずはきゅうびさんのお便りからです。

『キメラフレイムさん、今年も動画配信のみならずリアルでも何かとお世話になりました。さて私事ですが、長年交際していた女性とこの度結婚いたしました。大好きな彼女と同じ部屋で暮らしているっていう事が嬉しくて幸せでどうにかなってしまいそうです……自慢話になってしまい恐縮ですが、キメラさんにもお伝えしたくて今回のお便りといたしました』との事です」


 穂村が真面目な調子で読み終えると、しばしの間鎮静化していたコメント欄がまたしても沸騰した。


『トリニキ:どうにかなりそうって初めからどうにかなっとるやろ』

『オカルト博士:自慢話って意識している所がほんと草』

『見習いアトラ:リア充爆ぜろって言われない?』

『絵描きつね:きゅうび君も彼女さんも相思相愛だって知ってるから普通に祝福します』

『ユッキー☆:きゅうびの兄貴もよかったな!』

『きゅうび:世界は優しく出来ているんやな(しんみり)』


 結婚報告だからまるきり自慢話ではないか。きゅうびこと源吾郎はそんな懸念を抱いていたが、他の視聴者たちは源吾郎に対し好意的なコメントを残してくれるだけだった。上品な視聴者たちが多いからなのかもしれないし、そもそも既婚者や恋人持ちが視聴者の中に多いからなのかもしれない。

 穂村たちにしてみても、源吾郎の結婚は素直におめでたい出来事だと思っていた。源吾郎の恋人だった米田玲香(現在は島崎玲香だが)とも面識がある。源吾郎は彼女と行動を共にする事を好んだからだ。強くて凛としたお姉さん。そんな印象を穂村は彼女に対して抱いていた。

 とはいえ、穂村も米田さんの事を詳しく知っている訳では無い。源吾郎が彼女にぞっこんでメロメロという事と、米田さんもそんな源吾郎に対して満更でもないという所くらいである。


「ひとまずきゅうびさん。ご結婚のほどおめでとうございます。それに、自慢話かもしれないと心配していましたけれど、きゅうびさんが良い妖だって事は僕たちもよく知ってます。だから、きゅうびさんの事をやっかんだり悪く言うヒトなんて僕の配信にはいないと思うんですよ」

『きゅうび:キメラ君優しい……本当にありがと \300』

『ユッキー☆:多分これ画面の向こうでドヤ顔キメてそう』

『だいてんぐ:調子に乗りやすい子だから、あんまり褒めると天狗になるんですよね』

『オカルト博士:申し訳ないがだいてんぐニキの発言がその通りで草』


「兄さん。そろそろきゅうびさんに質問してみようよ。俺、よく考えたらきゅうびさんの結婚相手の事ってあんまり知らないし」

「きゅうびさんの結婚相手は米田先生よ! あやかし学園でも京子ちゃんが思いを寄せてるって話だったし」

「確かに京子ちゃんが好きなのは米田先生だって、設定集にも念押しするかのように書いてあったよね。それもまぁ那須野監督の意向によるものなんだろうね」


 開成の発言を皮切りに、ミハルや穂村もあれこれと言葉を紡ぐ。いつの間にかあやかし学園の話にシフトしてしまったが、そこはまぁご愛敬だろう。ちなみに那須野監督というのは島崎源吾郎の変名でもある。


『絵描きつね:京子ちゃんの想い人は米田先生だって太字で書かれてたの思い出したわ』

『オカルト博士:ドラマにも私情を持ち込んでいたのか(呆れ)』

『ネッコマター:清楚な男装麗人で人妻って、京子ちゃん属性盛りすぎやで』

『きゅうび:京子ちゃんの中の人が既婚者ってだけなのでセーフ』

『トリニキ:実際京子ちゃんは人妻感が凄いからなぁ。これはマジ』

『絵描きつね:それはそうと、サニーちゃん的にはどうなの? 京子ちゃんマジで人妻になっちゃったけど』


 蕾花に問いかけられ、ミハルはちょっとだけ驚いた。問いの内容よりも、問いかけそのものに驚いていると言った雰囲気である。


「私もキメラ兄さんと同じく京子ちゃん、じゃなくて京子ちゃんの中の妖が結婚した事は良い事だって思ってます。彼女さんも強くてしっかりしていたお方ですし」

『燈籠真王:サニーちゃん大人やなぁ……』

『おほほなみ:声優とか推しの子が誰かとくっついたとかで大騒ぎする民たちも彼女を見習ってほしいと思いました』

『オタク君:僕はそんな事ないです』

『絵描きつね:俺だってそんなみっともない真似はしねーし』

『トリニキ:そもそもワイは既婚者やし、超絶可憐な京子ちゃんの中身がゴリゴリの漢って知ってるし』

『りんりんどー:きゅうびさんの結婚話なのに何で京子ちゃんの話になってるの(哲学)』

『ユッキー☆:きゅうびニキは女装がライフワークだから仕方ないね』


 頃合いを見計らって、穂村たちは画面の向こう側にいる源吾郎に問いかけた。


「きゅうびさん。折角なので今の奥様との馴れ初めを教えて頂けませんか?」

「よく考えたら、俺たちってきゅうびさんのかみさんの事は少ししか知らないから……」

「それはペガサス兄さんだけでしょ。あやかし学園でもクールビューティーな先生として登場してたじゃない」

「サニー、もうあやかし学園の話からは離れよう、ね?」

『きゅうび:妻との馴れ初めですね。良いですよ』


 若干話がもたついた感はあったが、源吾郎は馴れ初めを話す事を快諾してくれた。但し、長々と語ると尺がもたないだろうから、簡潔に話すという事であったが。


『きゅうび:妻と出会ったのは六年前の話です。職場の宴会の手伝いを一緒に行っていたのですが、とある悪ガキ雷獣に絡まれてしまった所を助け出して……それで恋に落ちたって感じですね。馴れ初めについては以上です』


 先の宣言に違わぬ、割とシンプルな馴れ初め話であった。悪ガキ雷獣という所には思い当たる節しかなかったが、概ねロマンチックな話ではある。

 コメント欄での反応はどのような物であろうか。


『隙間女:悪ガキ雷獣という悪意ある表現』

『ユッキー☆:事実陳列罪に遭った。訴訟』

『だいてんぐ:ユッキー☆君研究センター異動の真実』


 やっぱり悪ガキ雷獣って雪羽兄さんの事だったんだ。穂村は口には出さずに思った。そしてやはり、研究センターの面々はそこを指摘するのだ。

 そんな風に思っていたまさにその時、話題の流れが変わるコメントがやって来たのだ。


『トリニキ:おい、待てい。肝心なコト言い忘れてるゾ』

『ユッキー☆:きゅうびニキは今の奥さんに出会った時、京子ちゃんの姿に女装してたんだよなぁ』

『見習いアトラ:し っ て た』

『ラス子:なお絡まれたのは京子ちゃんで、米田ネキがそれを助けた模様』


 流れの変わったコメントを受け、開成が興味深そうに尻尾を揺らす。


「俺、てっきりきゅうびさんの奥さんが兄さんに絡まれていて、それをきゅうびさんが助けたのかなって思ってたんすけど、本当は逆だったんすか」


『隙間女:そうだよ』

『きゅうび:京子ちゃんは危うくホテルに連行される所だったのです』

『ユッキー☆:連行されるも何も、会場自体がホテルだっただろう!』

『だいてんぐ:正体現したね(ニヤリ)』


「あーはいはい。兄さんもあんまり怒らないでください。まぁその……絡むのはマズかったと僕も思いますし、一応きゅうびさんの馴れ初め話になりますんで……」


『トリニキ:そうはいっても米田ネキの出会いときゅうびニキの女子変化は切っても切れないからしゃーない』

『絵描きつね:ついでに言えば彼女の方がイケメンだしさ。いや、きゅうびくんも十分可愛いけどね』

『月白五尾:きゅうび君もしっかりした所があるけれど、彼女さんも随分と芯の強そうな感じがしたわ』

『燈籠真王:あれは絶対尻に敷かれるでしょ(断言)』

『きゅうび:(別に尻に敷かれては)ないです』


 尻に敷かれている訳では無い。妙に力強く断言した源吾郎は、更にコメントを透過した。所謂連投である。


『きゅうび:実は俺、旦那に傅く清楚な新妻とかが好きなんだよね。可愛い新妻が『あなた……』とかって甘えてきたらサイコーじゃない?』


 穂村たち三兄妹は、しばし互いの顔を見合わせて沈黙してしまった。源吾郎の新たなコメントに、多少なりとも驚きの念を抱いていたのだ。

 新妻が夫に甘え、傅く。そんな事は普段の源吾郎が言いだしそうな事ではなかった。雪羽の親友である彼の事は穂村もよく知っているし、何度も顔を合わせた事もある。源吾郎は誰かを力づくで従わせるような気質の持ち主では無かったはずだ。兄のような存在だと穂村は思った事はあるが、それはあくまでも穂村が一方的にそう思っただけに過ぎない。

 更に言えば、夫と言えども女妖怪が誰かに傅き言いなりになるような姿を、穂村は上手く思い浮かべる事は出来なかった。女妖怪というのは我が強く、ただ親しいというだけの相手に大人しく従うような存在ではない。穂村の中の女性像はそんなものである。二人の母――早世した実母と、父の後妻である継母だ――がその典型であったし、妹であるミハルにもその片鱗が見受けられるのだから。

 そんな風に考えを巡らせてフリーズしてしまった穂村であるが、コメント自体はその間にもバンバン流れていた。


『トリニキ:だから人妻の京子ちゃんになって旦那に甘えているんやな』

『ユッキー☆:イケメン女子な旦那に甘える人妻なきゅうびニキの姿が見える見える』

『月白五尾:性別反転の違和感はログアウトしました』

『おもちもちにび:せいべつなんてごさのはんいない』

『よるは:それはそう』

『絵描きつね:妹分とその恋人が言うと説得力が凄いな』

『オカルト博士:人妻じゃあないにしてもきゅうびは主夫でしょ』

『きゅうび:兼業主夫だけどね』

『見習いアトラ:否定せずにサラッと受け止めるのがほんと草』


 ある程度コメントが流れてきたのを見届けてから、開成が再び口を開く。


「皆さんのコメントから察するに、きゅうびさんは可愛い奥さんって言う理想を具現化するために、自分で可愛い奥さんを演じてるって事でFA?」


 地味に懐かしいネタを使うじゃないか。穂村は弟の発言に素直に感心していた。


『きゅうび:そうです』

『ネッコマター:サラッと白状していて草』

『サンダー:若いうちは素直な方が良いんだよ』

『トリニキ:なお妻も女子変化を許容している模様』

『オカルト博士:むしろ女子変化した時の方が可愛がられてるまであるんだよなぁ……』

『りんりんどー:きゅうびさん大丈夫かな』

『だいてんぐ:大丈夫じゃあ無さそうだったらこっちで策を考えるので大丈夫です』

『絵描きつね:だいてんぐニキの発言が怖い』

『ユッキー☆:女子変化キャンセルの呪いでも発動するんかな(にっこり)』

『きゅうび:女子変化キャンセルの呪いだけはやめてください! 何でもしますから!』

『見習いアトラ:何でそこで戸惑う必要があるんですか(正論)』

『オカルト博士:ライフワークだからでしょ(適当)』


「何か女子変化とか京子ちゃんの話に偏った気もしますが、ひとまずきゅうびさんが幸せそうだって事が解ったので良かったです! きゅうびさん、今回はありがとうございました!」


 穂村はそう言って一旦話題を仕切り直す。次は誰のお便りにしようか。そんな事を考え始めていたのだ。

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