クリスマス前の雑談回:2
ラーテルとはアフリカのサバンナに生息するイタチ科の獣である。和名ではミツアナグマと言い、事実アナグマとは近縁種である。
マントのごとき白い毛皮と黒い毛皮のコントラストは鮮烈であるが、ラーテルの最大の特徴はその気質にある。かの有名なギネスブックには「世界一怖いもの知らずの動物」として登録されているのだ。百獣の王ライオンも、毒蛇のコブラさえも恐れずに立ち向かう。それも、二十キロたらずの小柄な獣が、である。
皮膚が分厚く天然の装甲になっている事、コブラの毒に対する耐性が高いなどと基本的な防御力も高いのだが、それでもラーテルが果敢な戦士である事には変わりはない。
そしてこの事は、雷獣少女の雷園寺ミハルも知っている。おのれの元々の姿がアライグマに近い事もあるが、ラーテルの気質にあやかるべくラーテルのアバターをチョイスした事は言うまでもない。
もしかしたら、二人の兄がライオンにあやかろうとしている事もまた関係しているのかもしれなかった。
※
「――とまぁ、そんな訳で、ラーテルというのはとっても勇敢で、ライオンにも負けないような獰猛な獣という事ですね。サニーも、そんなラーテルの強さにあやかろうと思って、今回ラーテルの姿にイメチェンしたのかな」
「その通りよ兄さん。やっぱり、アナグマの姿のままだったら、どうにも可愛いとかユーモラスとかってイメージが憑きまとっちゃうでしょ。兄さんたちはそれぞれライオンとかキメラとかペガサスとか勇ましいイメージを持ってるから、妹である私もそれにあやかろうと思ってイメチェンしたの」
『見習いアトラ:可愛いが武器にならないってこっちにもダメージが来た!』
『トリニキ:巫女様でないと世界は可愛くないんでしょ(適当)』
『ラス子:可愛さを武器にするには用法・用量を守らないと難しいのだー』
『きゅうび:ラス子ちゃん世知辛い……世知辛くない?』
微妙な所にツッコミを入れる視聴者に対し、ミハルは堂々とした様子で言い添える。
「あ、でも皆さん。ライオンに立ち向かうラーテルにイメチェンしたからと言って、別にライオン殺しのプリンセスを名乗ったりしませんので安心してくださーい!」
『見習いアトラ:うまい、座布団二枚あげたい』
『ユッキー☆:スパチャして、どうぞ \500』
『トリニキ:サニー姉貴絶対弾幕シューティングやり込んでるゾ』
『きゅうび:そもそもキメラ君の弟がペガサスだってところで個人的にはうーむ、と思ってたんですよ。ギリシャ神話ではキマイラってペガサスに乗った男に射殺されていたので』
『燈籠真王:狐は博識』
『オカルト博士:言われてみればそうやな』
『しろいきゅうび:三つ巴の闘いでも始まるのかもしれない』
『ユッキー☆:兄妹での殺し合いはマズいですよ(迫真)(血涙)』
「…………」
寄せられたコメントたちに、穂村も開成もミハルもしばし無言となった。キマイラとペガサスの因縁については流石の穂村も失念していた所である。ミハルだってライオンをも斃すというラーテルのアバターを選んだのも、兄らに敗けぬほどの強さが欲しいという、実にピュアな動機によるものに過ぎない。
もちろん、他の候補もあるにはあった。ギリシャ神話繋がりでテウメッサの狐だとか、それこそユニコーンなどである。だが結局、一番しっくりくるのがラーテルだったに他ならない。
『絵描きつね:それはそうと、ラーテルってメジャーなの?』
『トリニキ:某教育番組の着ぐるみキャラに、ラーテルをモチーフにしたやつがいた時があったんだゾ』
『絵描きつね:それじゃあその着ぐるみキャラを参考に……?』
「私が参考にしたラーテルのキャラは、ある青年漫画の
蕾花の問いかけに対し、ミハルは即答した。何処か誇らしげな表情なのは気のせいでは無かろう。
「人工的に改造された獣人が、雇い主の指示に従って殺し合い闘い合う話だったんですが、その漫画の女主人公がラーテルの力を持つ女の子だったんです」
その娘とっても凄いんですよ? そういうミハルの顔には恍惚とした笑みが浮かんでいた。
「善からぬ輩に拉致られて連行されるシーンから物語は始まるんですが、彼女はラーテルの力を発揮して、悪い奴らを全員八つ裂きにしちゃうんですよね! 私もリアルでそんな事をするつもりは無いですけど、そうでなくとも彼女の強さにあやかりたいなぁって思ったんです」
年頃の少女らしく(?)キャピキャピした態度を見せつつも、口ではさらりと物騒な事をミハルは言ってのけたのだ。開成は無邪気に「兄さんたち強いもんなー」などと言っているが、穂村はどうした物かと悩んでいた。
まぁ幸いな事に、放送コード的なものに引っかかるようなセリフは口にしていない。ミハルもその辺りはきちんと解っているのだ。だが悪事を働いたとはいえ、敵を八つ裂きにしたようなキャラにあやかりたいという発言はいささか過激だったのではないか。
案の定というべきなのか、コメント欄も沸騰していた。
『ユッキー☆:ちょちょちょ、ミハル! お兄ちゃんの知らない所で何変な漫画を読んでるんだ! お前はまだ子供なんだから、そんなのはまだ早い! 焚書だ焚書!』
『隙間女:ユッキー☆君が実名ポロリするほど荒ぶってて草』
『きゅうび:君がサニーちゃんくらいの歳の頃は、ヤリたい放題だったでしょ』
『おもちもちにび:まんがはまんがだから、ね』
『サンダー:妖怪だし、強さを求めるのは良いと思いました(小並感)』
『見習いアトラ:サニーちゃんは畜生界の出身かな?』
『トリニキ:兄者たちがせっせと強くなっている傍らで、サニーちゃんは動物霊とかを従えて組長になってそう(小並感)』
「流石に動物霊は従えませんけど、人工知能の電子生命体をお供にしようかなって目論んでます」
「何それ?」
「ミハ……じゃなくてサニー。お前もしかしてずぅっと部屋に籠ってたのって、そういう……」
人工知能の電子生命体。ミハルの口から飛び出してきた聞き慣れぬ言葉に、穂村も開成も素で驚いて声をあげていた。まぁ確かに雷獣は電化製品や電子機器の類には縁深い存在である。この夏も穂村はミハルと共に電子の海に飛び込んだ事もあった訳だし。
「兄さん。ラーテルにはミツオシエって鳥が一緒にいるらしいのよ。リアルに小鳥を飼うのは難しいだろうけれど、人工知能由来の電子生命体ならワンチャンイケるかなって思ってね。それに今、ネット上でもAIらいたーで小説とか色々作るのが流行ってるのよね」
作品なら動画で見たもん。穂村にとっては不思議だな、と思うミハルの最後の一言にも、コメント欄は一気に沸き立ったのだ。
『月白五尾:よりによってAIらいたーを選んだのがほんと草』
『だいてんぐ:チャットATPは使わないんでしょうか』
『トリニキ:動画で作品を見たって事は、サニーちゃんにも怪文書MODがインストールされてるゾ』
『見習いアトラ:やりますねぇ!』
『ユッキー☆:ちょっとお兄ちゃんAIらいたーについて調べてみるわ』
『きゅうび:大丈夫かなこの配信』
「サニーってば本当にどんなものを見てるのさ。僕はてっきり新しいモデリングに没頭していたのかとばかり思っていたんだけど……」
「そりゃもちろんモデリングもやってたわよ」
穂村の問いかけに、ミハルは臆せずに応じる。
「でも途中でモデリングのコツとかをネットで調べたり、モデリングも下調べも嫌気がさしたりしてネットサーフィンをやってるときに、AIらいたーの動画を発見したの」
『絵描きつね:ネットサーフィンで時間を潰すってあるあるやね』
『ネッコマター:あれってなんで面白いんだろうね』
『オカルト博士:パソコンで真面目に仕事しようと思ったら、機内モードにするのが一番だぞ♡』
『だいてんぐ:機内モードでも結局すぐ解除しちゃうでしょうから、初めからオフラインのパソコンをもう一台用意して、それで作業すればいいんです』
『きゅうび:二台持ちが前提かよ……』
『トリニキ:それはそうと、サニー姉貴の視聴していた動画にも突っ込んで、どうぞ』
『しろいきゅうび:敢えて触れなかったんでしょ』
コメント欄の合間を縫って、開成が小首を傾げつつミハルに問いかける。
「ねぇサニー。俺もそのAIらいたーの動画ってのが気になるんだけど、それって何処で見れるの? やっぱりウィーチューブとか?」
兄の問いかけに、ミハルは少し戸惑った素振りを見せてから答えた。
「ウィーチューブよりもポコポコ動画の方かな」
『トリニキ:想定通り(ニヤリ)』
『ネッコマター:し っ て た』
『見習いアトラ:サニーちゃん四十歳児やし、ミーム汚染されてない訳ないやん』
『きゅうび:やべぇよやべぇよ、誰かユッキー☆ニキを確保しないと』
『月白五尾:ユッキー☆君は蕾花の動画も蕾花自身も好きだし、別に大丈夫なんじゃないの?』
『絵描きつね:どうでもいいけど俺をミーム汚染の元凶みたいに言うなし』
さて色んなコメントが流れてきたり、数分ばかり雪羽がコメントを投げなかったりと色々あったものの、とりあえずミハルに人工知能の電子生命体とやらについて解説させる事で尺を持たせる事にした。
ミハルの話によると、AIらいたーにて文章を書かせていると、時折「インジコ弓弦」と名乗る謎の小説家のキャラクターが登場するのだという。そしてミハルは、そのインジコ弓弦をおのれの使い魔にするつもりとの事だった。
ちなみに雪羽は数分後に再びコメントを投げてくれた。幸いな事に、今回はそんなに取り乱してもいなかった。
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