雷獣たちの鍛錬風景:3(終)

 穂村はしばし動かずにじっとしていた。呼吸を整えながら、どうやって的を破壊するか思案を巡らせていたのだ。ついでに言えば、消費した妖力が回復するのを、回復せずとも妖気の流れが落ち着くのを待ってもいた。

 吹き飛ばされつつも綺麗に着地した穂村であったが、それでも結界に弾かれた衝撃をその身に受けてはいた。


 呼吸を整えた穂村がまず思いついた攻撃術は、焔系統のものだった。雷獣であるものの、自分と焔とは切っても切れない関係にあると穂村は信じて疑わなかった。ギリシャ神話に伝わるキマイラは火焔を吐く怪物だとされ、穂村は今、そのキメラの姿を模しているのだ。それに何より、穂村の名は焔に通じるではないか。であれば、先達に倣って焔を吐くのも自然な事である。

 青白い焔が火焔放射のように広がり、板を貫くドリルのようにひたむきに進んでいく――そのシーンを思い浮かべながら、穂村は口を開けた。焔はすぐには姿を現さなかった。だがそれでも念じていたら、ようやく焔が穂村の口から姿を現してくれた。

 だがそれは火焔放射のごとき焔とは縁遠い。むしろ冬場に吐き出す白い息のような、儚くも何処か頼りなさそうなものだった。

 そこから数分ばかり粘ったものの、蜃気楼のような焔が穂村の口許で揺らめくだけだったのだ。しかもそれほど殺傷能力も無さそうであると気付いてしまい、思わずがっくりと項垂れてしまう。穂村の口許をくすぐる焔は、暖められたタオルのような感触でしかなかったのだ。


 体当たりは論外として、焔系統の攻撃術もままならぬとは。雷獣としての能力がままならないからより強いキメラの姿を借りているというのに、この体たらくとは何事なのか。穂村は床の木目を眺めながら自問自答していた。弟たちや監督役の葉鳥も、穂村の様子が気になるのか何事か話し合っているではないか。

 だが、思案に暮れる穂村の脳裏に、ある考えが舞い降りてきた。自分はキマイラという怪物の名と姿にあやかろうとしている雷獣であり、しかしその本質は鵺に近いのだ、と。

 穂村は種族的には雷獣に属する。父母も共に雷獣であるから、純血の雷獣ともいえる。だが彼は先祖返りを起こしており、それ故に鵺に近い特性を多く持ち合わせていたのだ。雷獣と鵺は近縁種であり、鵺の一部から雷獣が派生した事は研究によって明らかになっている。雷獣の一族から鵺に似た個体が産まれるのは先祖返りに過ぎず、取り立てて珍しい事でもないのだ。

 いずれにせよ、穂村は鵺としての能力を使う事を思い至る事が出来たのだ。

 鵺としての特性、武器とは何か。穂村は自問し、即座に回答を導き出した。

 それからやにわに首を巡らせる。敢えて見ないようにしていた弟たちと、自分たち兄弟の鍛錬を見守っていた葉鳥に対して声を張り上げる。


「開成に時雨、そして葉鳥さん。これから少しの間、聴覚を遮断して下さい。いや……可能なら開成達の周囲に簡単な結界も貼って頂きたいんです」

「ん。解った。うちに任せとき」


 心得たとばかりに葉鳥が頷く。穂村は的の方に向き直り、翼を広げながらおのれの術を行使した。


 首尾よく的へ攻撃をぶつける事が出来た穂村は、そのままずるずると本来の姿に戻っていった。彼の本来の姿は、全体的にレッサーパンダに似ている。しかし毛並みは赤黒く、その四肢や尻尾のあちこちにはウロコを覗かせていた。雷獣の姿は他の種族に較べて個体差が大きいというが、その中でも穂村は異形めいた姿と言えるだろう。もっとも、体格自体は小ぶりなので残念ながら恐ろしさを具える事は出来なかったが。

 さて穂村が本来の姿に戻ってしまったのは、やはり攻撃術を振るったからに他ならない。そしてその妖力の消耗度合いと攻撃術の烈しさは、的を見れば明らかな事であろう。的に傷をつけたというレベルなどではない。的自体が真っ二つに割れてしまったのだから。

 果たしてどのような術でもって的を真っ二つにしたのか。穂村が操ったのは音波による攻撃だったのだ。鵺には暗雲を操る事の他に、啼き声によって敵を苦しめるという特性がある。穂村はその事を思い出し、今回の鍛錬に応用したのだ。おのれの出す啼き声にて的を共振させた。端的に言えばそういう事を彼は行ってみせたのだ。

 だがやはり、硬い的を二つに割り裂くほどの共振をもたらすには、相応の妖力を消耗した事もまた事実である。逆に言えば、穂村の妖力の保有量が少ないという事でもあるのだが。

 この後少し眠った方が良いだろうか。全身を包む重さと気だるさをひしひしと感じている丁度その時、フワフワとしたものがおのれの身に触れるのを知覚した。

 フワフワしたものの感触の主は、開成と時雨だった。弟たちもまた、何故か変化を解いて雷獣本来の姿でもって穂村の許に近付いていた。ちなみに開成は黄褐色の毛並みの狐めいた姿であり、時雨は青みがかった灰褐色の毛並みの猫又に似た姿である。

 開成はそのまま長い鼻面を穂村の肩のあたりにくっつけた。開成の鼻先からおのれの肌の表面に、微弱な電流が走るのを穂村はしっかりと感じた。とはいえ不愉快な感触ではなく、むしろ疲れや身体のこわばりがほぐれていくような心地よさがある。時雨は二尾をくねらせながら思案顔を浮かべていたが、とりあえず開成の傍らに身を寄せていた。


「開成に時雨君。どうして君らまで本来の姿に戻っているんだい?」

「どうしてって、穂村兄さんが本来の姿に戻っちゃったからかな?」


 穂村の問いかけに、開成はあっけらかんとした様子で応じていた。開成の隣に寄り添う時雨がここぞとばかりに口を開く。


「穂村兄さん。やっぱり穂村兄さんは凄かったね。大きなバケモノみたいな姿にも変化してたし、僕や開成兄さんの雷撃とは違う術で、的を真っ二つにしちゃったんだからさ」

「……兄さんはちょっと雷撃の術は苦手だからね。だから闘うとなると別の技を使わないといけなくなるんだ。ただそれだけさ」


 無邪気な時雨の言葉に、穂村は気恥ずかしさと多少の切なさを感じながらそう言った。

 もっとも、三匹の若い雷獣たちの間に漂っていたしんみりとした空気は、そんなに長続きした訳でもない。葉鳥が飲み物やお菓子を用意してくれたためにすぐに場が和んだためだ。


 ちなみにこの鍛錬には、穂村の妹であるミハルは参加していない。ミハルはミハルで部屋にこもり、兄と共に行っている配信の下準備を行っていたのだ。実の所ちょっとした騒動や一悶着などもあるのだが、それはまた別の話である。

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