第23話 ターニングポイント

自分の命に関わるレベルまで追い込まれた初任校をあとにし、私は次なる学校へ派遣された。

その学校は岐阜県にあり、さらに私の配属は念願の機械科だった。そして、この学校こそ私が今岐阜県に勤めるきっかけとなった学校でもある。

知っている人は誰もいなかったけれど、ハラスメントやいじめの無い、ましてや自分のホームグラウンドに居させてもらう幸せはこの上ないものだった。上司もとても良い人で、私にしかできない仕事(学科の女子生徒対象のミーティングのセッティング)を任せてくれたり、困った時は分かりやすいアドバイスをくれたりと今までの環境では考えられないほど幸せな環境だった。その中で、私は1年間機械設計と原動機の授業を受け持つことになった。

その授業で私は、昨年の失敗や経験、自分のやってみたいことなどありとあらゆることを行った。時には試験の平均点の低さに驚愕したり、修学旅行帰りで浮かれていたクラス全体と喧嘩したりと色々なことがあったが、私はこの幸せな環境にどうしても恩返しがしたかった。それでがむしゃらに走りまくった。しかし、制度とは残酷なもので、講師は任期満了となれば(契約更新にならなければ)その学校を去らなければならないのが通例である。

私は当然のように学校を出ることになり、次の就職先を探したが、その年は運悪く求人が少なく岐阜県での就職はできなかった。そのため私は泣く泣く愛知県の、今度は名古屋市内の工業高校の建設科の常勤実習助手として出戻ることになった。

しかし…就職が決まったとて私は嬉しかったかといえばそんなことはない。

私は、継続ができないと知らされた時から悲しみと絶望の渦中にいた。なぜなら、この学校には学科問わず私を慕う生徒たちがたくさんいた。中でも思い出深いのが部活の生徒たちである。私は写真部の副顧問だった。もともと写真には興味があったし、生徒たちも私によく懐いてきた。でも、その生徒たちはただの生徒たちではなかった。クラスや学科では認知されているのか分からないレベルで影が薄かったり、発達障害を持っていたり、マニアックすぎる趣味を持っていたりする物好きたちの集まりだった。そんな彼らは私にとって大切な仲間だった。また、機械設計を受け持っていたクラスには、生意気で性格も捻くれたクラス一の嫌われ者がいた。しかし彼の趣味は意外にも写真で、私の授業に茶々を入れながらも時々写真の話をする仲になった。

そんな愛おしい生徒たち一人一人に感謝を届けるつもりで、私は離任式に臨んだ。

その終わり、私は退場の道を歩みながら、機械設計を受け持ったクラスの生徒の列を目で追った。一人一人に思い出があったが、性格が捻くれた彼は、そっぽを向いて私のことを見ないようにしていた。

そんな彼もまた、愛おしい仲間だった。

優しい上司や職員の皆さん、大切な生徒たちに泣く泣く別れを告げ、私は岐阜県と機械科を去ることになったのである。

そして、私は心に誓った。いつかまたこの学校に帰ろう、と。

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