第6話 どっちに転んでも

絶望の縁に立たされるたびに、こう思う。「今がどん底だ」と。でも、そのどん底は状況によって容易に深さが変わる。これで終わりかと思ったら、もっと苦しい状態に置かれる。

全身の倦怠感はしつこく、仕事に行きたいと願う私をあざ笑うかのようにつきまとう。本当は学校に行きたくても、朝になれば行きたくないと思ってしまう。まるで大きな不登校児だ。

それで遅刻や欠勤がかさみ、私は仕事に行くのがますます嫌になった。そんな私に追い打ちをかけるように、県は私に処分を容赦なく突きつける。最初は警告だった。それが遅刻や欠勤を重ねるうちに、戒告、減給と重くなっていった。減給は、当時一人暮らしの私に大きな打撃を与えた。もともと多趣味だったけど、私は趣味を諦めた。口癖は「お金がない」になった。お金がないから遠出できない、お金がないから欲しいものが買えない、休みに計画していたことも諦めなければならなかった。でも、もともと休みの日だって倦怠感はあるので、私の休日の過ごし方は「寝る」が主体になってしまった。

しかし、県の処分はそれだけでは終わらなかった。

「分限免職」、巷のニュースでよく聞く「懲戒免職」とは違うジャンルの免職に処されるかもしれなくなった。

この、「分限免職」とは「職務を遂行するのが著しくできない」からクビにする、というものである。さらに、ただできないからではなく、その中でもいくつかの理由がある。

その中で、私に当てはまったものは「心身の故障」である。しかも、「心身の故障」は県指定の2人の医師による診察で判定される。

私は願っていた。今、何とかギリギリの状態で何とか働いてるし、心身の故障だけは免れたいーしかし、2人の医師が出した診断はどちらも「心身の故障」だった。

診察の帰り、私は人目をはばからず、号泣した。一生懸命、生きてきたつもりだった。それが、認められなかった。周りはどんどん成長して、それなりの財産や家庭を持ってますます大人になっていく。私は、いつまでも病魔に蝕まれて何もできずにいる。それが悔しかった。確かに、運が悪くて、周りより環境が劣悪すぎてこうなってしまったから自分のせいではない(と思うようにしている。じゃなければ自分を責め続けて自滅するので)。それでも、この仕打ちはひどすぎる。医師の中には、私が発達障害を持っているからという理由だけで、就労支援を受けるように強く勧めてきた人もいた。でも、そこまでではない。というか、「発達障害持ちだから」という理由だけで決めつけないでほしい。私は差別されたような気がした。

その診断を受けて、いよいよ私はクビを覚悟した。そして、前から少し興味のあった産業カウンセラーへの道を考え始めた、その時だった。

「分限休職」これが、私に下った最後の処分だった。

拍子抜けしてしまった。いや、管理職もまさかの展開に驚愕したらしい。なんとなく、ホッとしたような感じが見えた。

しかし、この分限休職は、解釈によっては「退職のための準備をせよ」とも取れる。現にこの処分を聞いた私の親は、私を激しく非難し仕事をやめるように迫った。でも、私に次の道へ進むための気力や意思はなく、それなら続けるしかないというのが私の結論だった。幸い、このまま辞めても未練垂れるだけ、という私の性格を理解してくれた母親のおかげで、私は仕事を辞めずにすんだ。しかし、私はそれと引き換えに、今まで住んでいたアパートを引き払わされた。私の好きなものだけで構成した大事な家だった。それが奪われた。しかも、親が私の部屋に入ってきて片付けまで始めたので、私のメンタルは崩壊寸前だった。親が私の荷物を片付けるたび、心が壊されて崩れ落ちる音がした。

でも、家を引き払うことは、悪いことばかりではなかった。今まで家を維持するために払っていた色んなお金が、若干ではあるが返ってくること、家具や家電、本やCDなどを売却すれば、自分で捨てる必要がなく、多少はお金になったこと。そして、もう家賃を払う必要がなくなったので、大幅に引かれるお金もなくなった。なので私は、「全くの文無し」ではなくなった。それでも、大切な我が家を失ったことは悲しかったし、縛りの多い実家暮らしはあまり気乗りするものではなかった。分限休職は一瞬、一筋の光に見えたが、引っ越しの影響でほとんど休めることなく終わってしまった。

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