1月10日(4)

 チャイムが鳴り、お昼休みに突入した。同時に、クラスメイトの半数以上が教室を後にする。

 星華学園には、食堂があるし、また購買もある。学食を利用する生徒は食堂へと移動するが、お弁当を持ってきている生徒も一定数いるため、教室に人がいなくなる、という事態にはならない。

「ねえねえ、芽衣ちゃん、一緒にお昼ご飯食べない?」

 紅さんはクラスの女子数人にお昼の誘いを受けていた。

「うーん、ごめん。今日は用事があって……。また今度誘ってくれる?」

「あー、残念。それなら明日はどう?」

「うん、明日なら大丈夫」

「おっけー、それじゃあ、また明日誘うね」

「うん、ありがとう」

 彼女は申し訳なさそうに誘ってきた女子たちに手を振っていた。

「紅さん、あいつらとはお昼食べないのか……」

 人当たりのいい彼女のことだったため、お昼の誘いを断るのは少々意外だった。まあ、何か用事があるとのことだったけど。

 紅さんを誘っていた女子たちは、昨日のドラマについて話しながら教室を後にする。どうやら食堂でお昼を食べるらしい。

「さて、俺もそろそろ移動するか……」

 鞄の中からお昼を取り出し、席を離れる。

 開きっぱなしの扉をくぐり教室を出た。

 学食は全生徒から人気であるため、この時間から向かっても座れる席はないだろう。しかし、俺の目的地は食堂ではない。


 ――――いつもの場所だ。


 喧噪がとりまく廊下を一人歩いていく。

 一人、というところから察してほしいが、琢磨や武は他の友達といつもお昼を食べている。というわけで、今日もぼっち飯だ。

 お昼時の教室は、独り者にとって居心地の悪い場所でしかない。まず、周囲の視線が気になる。食べているときは食事に集中するので幾分か気にならないが、終始無言なので早く食べ終えてしまう。そして、食事後からお昼休憩終了まで、やっぱり周囲の視線が気になってしまう。

 誰も自分なんかを見ているわけではないのだが、ぼっちからしたら、がするのだ。あの人、ぼっちだ、という視線が自分に突き刺さる感覚を味わうのだ。

 そんなわけで、俺はいつもお昼休憩に入ると、いつもの場所に移動するのであった。


「……ん」


 廊下を歩いていると、背後に視線を感じたので振り返る。

「……」

 しかし、騒いでいる生徒が数人いるだけで、普段と変わったところはない。彼らの視線からして、おそらく彼らは俺の存在にすら気が付いていない。

「気のせいか……?」

 気にしすぎかと割り切り、再び歩きだす。

 中高一貫校である星華学園には、中等部のクラスがある東棟、高等部のクラスがある西棟、そして音楽室、美術室といった特別教室がある中央棟がある。俺がいる場所は西棟で、目的地はその屋上だ。

 教室を出てから数分。屋上への扉についた。

 星華学園の屋上も他の学校と同じく、屋上への立入りは禁じられている。当然、この扉にも鍵がかかっている。

「さて……」

 右手でズボンのポケットをまさぐる。すぐにお目当てのものを取り出した。

 それは、一本の鍵。そう、ここの扉の鍵だ。

 この鍵は、職員室から拝借したものではなく、スペアとなるものだ。しかし、どういうわけか学園に保管・管理されているものではない。おそらく生徒の誰かが無断で作成したところだろう。

 俺は一年ほどまえにこの鍵を偶然拾ったので、以後この屋上のお世話になっていた。

 鍵を穴に差し込みひねると、かちゃり、という音が鳴る。その音を聞くと、鍵を穴から取り出して、ドアノブを回した。

 最初は扉を開く、ギギ、という音が他の人に聞かれないかと心配だったが、この屋上は立入禁止なので、三階から屋上への階段にはいつも人がいない。そのため、多少の音がなったところで今まで屋上への侵入が見咎められることはなかった。

「……、やっぱり少し寒いな」

 一月の寒風が頬を撫でる。春や秋は、風が心地よいのだが、この時期はどうしても風が冷たい。とはいっても、ここでお昼を食べるのはやめられないのだが。

 屋上には人が来ないとはいえ、万が一に備えて扉の反対側へと回る。ここが、いつものお昼スポットだ。

 誰も来ない屋上。

 ここなら周囲の視線を気にすることもない。階下の教室やグラウンドからは生徒たちが戯れる声が聞こえてくるが、距離が離れているため、うるさすぎることもなく、昼食時のBGMにはもってこいとなる。

 星華学園が丘の上に建てられているということもあり、屋上からの眺めもいい。自分たちが住む街を一望できるし、乾燥している日であれば海だって望める。

 ここは俺にとって特別の場所だ。

「さて、そろそろご飯にするか」

 ようやくお昼にありつける、と腰を下ろしたその時だった。

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