1月10日(5)

「ふーん、ここが笹瀬くんの隠れ家なんだ?」


「ッッ⁈」

 とっさに声がした方向に顔を向ける。

 そこにはついさっきまで同じ教室にいた紅さんが立っていた。

「……」

 つい彼女を睨め付ける。

 彼女はふっと笑った。

「もう、そんな怖い顔しないでよ。別に誰かに言いふらしたりしないよ?」

「どうやって、ここに……?」

「ん? それは笹瀬くんが屋上の方へ歩いていったからだよ。気になってついてきちゃった」

「……つまり、俺の後をついてきたのはあんただったってことか」

「そうそう、わたし、わたし」

 彼女はケロケロと笑う。

 あのときの気配については解決したが、まだ疑問に思うことはあった。

 あのとき、自分は彼女の気配を見失った。

 おそらく、彼女は俺の視線に気がついて自分の気配を消したのだ。

 俺は怪異を討伐する魔導師で、他人の気配には敏感なはずなのに、全く彼女を見つけることができなかった。


 ――――彼女は何者なんだ?

 

 彼女に対する疑問が頭をもたげる。

「笹瀬くん警戒しすぎ。本当にここのことは誰にも言わないって」

 俺は別の意味で彼女に警戒していたのだが、彼女は俺が屋上を追われるのを恐れているように見えたようだ。

「それじゃあ、俺がここにいるのを見つけて、あんたは何をするんだ? これをネタに脅すとか?」

「あはは、そんなことしないって。わたしのこと、なんだと思ってんの?」

 声を上げて笑う紅さん。なんだと思っていると言ったって、あなたとは今日初めてあったばかりですが。

「じつはねー」

 彼女は持ってきた鞄の中に手を入れる。そして、中から取り出したそれを俺の目の前に差し出した。

「これ」

「……お弁当?」

 彼女が差し出したのはお弁当が包まれているであろう風呂敷。

 困惑する俺に彼女は再度、笑みを浮かべる。

「一緒にここで食べない?」

「は?」

 突然の彼女からの誘いに思わず声を上げる。

「ん、だから一緒にお昼を食べない?」

「いやいや、なんでそうなるんだ? そもそも、あんた、何か用事があるんだろ?」

「用事ってのは、笹瀬くんと屋上でお昼を食べることだよ。楽しそうでしょ?」

「意味がわかんねぇ、って、おいっ」

 俺の言葉に聞く耳を持たず、紅さんが隣に腰を下ろしてくる。

「いいじゃん、いいじゃん、一人より二人で食べる方が楽しいよ~」

「ここは俺の特等席なんだよ。あっち行ってくれ」

「今日からわたしにとっても特等席だよ~」

「なに意味わかんないこと言ってんだよっ。しかも、今日から、って今日だけじゃないのか⁈」

「当然じゃん、こんないい場所。それにいいのかなぁ?」

「は、なにが?」

「わたしは笹瀬くんがここに出入りしていることを知っているんだよ? きみがここを独占しようとするなら、誰かにここのことを言いふらしちゃうかも?」

 彼女は人差し指を唇に当てながら、横目で俺を流し見る。

「ぐっ」

 それは困る。他の人、特に先生にここのことがばれたら、確実に鍵は回収される。俺のお気に入りの場所が取り上げられる。

 俺は強く彼女を睨みつけた。

 しかし、彼女はそんなのどこ吹く風と言わんばかりに、笑みを崩さない。

「……はあ、分かった」

 彼女にここがばれた時点で俺の負けなのだ。素直に負けを認めるしかない。

「やった~、それじゃあ、わたしもここでお昼を食べるね」

「ただ、絶対、他の奴にここのことをばらすなよ?」

「わかっている、わかっている。わたし、割と約束は守る方だよ」

「なら、いいけど」

 彼女に見つかってひと悶着あったので、いつもより遅くなってしまったが、まだ昼休憩の時間は十分残っている。さて、ようやくお昼を食べよう。

 持ってきたビニールから焼きそばパンが入った袋と紙パックのジュースを取り出す。どちらも登校途中のコンビニで購入したものだ。

 紙パックにストローを指し、乾燥した喉を潤す。

「あれ、笹瀬くんってお昼はコンビニなの?」

 紅さんが手をついてのぞき込んできた。

「ああ、俺のお昼はいつもこの組み合わせ」

「コンビニだけじゃ栄養が偏るよ?」

「ほっとけよ」

 彼女に構わず、焼きそばパンをほおばる。

「もう……、あっ、そうだ」

「ん?」

 彼女は包んであった風呂敷を解き、お弁当の蓋を開ける。中からは栄養バランスが考えられた色とりどりのおかずと白ご飯が顔をのぞかせた。そして、彼女はおかずのうち、煮物を箸でつまんで、こちらに差し出した。

「はい」

「……」

「はい」

「……どういうつもりだ?」

 突然差し出された煮物。

 本当に彼女は何がしたいのか分からない。

「わたしのお弁当を少し分けてあげようと思って。だから、はい」

「いらねー」

 視線をもとに戻し、再びパンにかぶりつく。直後、彼女がムッとしたのが、見なくても分かった。

「いいから食べてみてっ」

 彼女はさらに箸を近づけてくる。どうやらどうしても食べさせたいらしい。

「だからいらないって」

「……、ここのこと、誰かに言うよ?」

「……」

「いいの?」

「あんた、ほんといい根性しているな」

 それを持ち出されればどうしようもない。彼女にここのことがばれたのは最悪だった。

「ちっ、分かったよ」

 彼女の右手首をつかみこちらに手繰り寄せる。

「えっ、ちょっ」

 彼女が驚くそぶりを見せたが、俺はそのまま煮物を口の中に放り込んだ。

 素材の味を生かした優しい味付け。それに形は保たれているのに、しっかり中まで味が染みついている。彼女の料理スキルの高さを物語る一品だった。

「ん、うまっ」

 正直な感想が口からこぼれる。すでにつかんでいた彼女の手首も離していた。

「……それはどうも」

 彼女の小さな声を拾う。

 あれ、それだけか? 今までの彼女の言動からして、ほらー、とかなんやかんや言われるものと思っていたので拍子抜けだった。

 彼女に視線を移動させる。

 彼女はうつむいており、その表情を窺うことはできない。ただ、その耳は少し赤みを帯びているような気がした。

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