3-4 奇妙な住人たち

 マクベスとパルケはその後、宿屋を見つけては二人の所在を確かめようとしたが、


「なぁ、魔術師とシスターの二人がこっちに──」

「申し訳ありません、ただ今満室でして」

「わりぃけど部屋を取りに来たわけじゃねぇんだ。人を探して──」

「道を真っ直ぐ進んでいくと、別の宿屋があるのでもしかしたら空きがあるかもしれません」

「…………」


 どの宿屋でも、受付の人と噛み合わない会話を交わし、


「ふぅー、今日もいい天気じゃのう」

「なぁ爺さん。訊きてぇことがあるんだけどよ」

「明日もきっと晴れるのじゃろうな」

「おーい! 無視すんなー!!」

「お主はどう思う?」

「話を無視すんなぁぁああッ!!」

「そうかそうか、お主がそう思うならきっとそうなるじゃろうて。……ふぅー、今日もいい天気じゃのう」

「…………」


 広場でのんびりと街並みを眺めている老人に声をかけるが、疲労感しか得られなかった。

 手がかりはおろか、話しかけた者たちとの会話すらままならない状況が続く。全員が屈託のない笑みを浮かべているので、さすがにもの恐ろしさを抱かざるを得なかった。

 他にも気がかりなことはある。それはパルケが妙におとなしく、マクベスの後ろを素直についてきていることだった。


「パルケ」

「なんだ?」


 声をかけると、すぐに返事があった。彼は考え事をしているのであって、ぼーっとしているわけではないらしい。マクベスは次の宿屋を探しながら訊いた。


「何か気になることでもあったか? 会話が通じねぇこと以外で」

「うーん、少しだけ」


 顎に手を添え、首を軽く傾けて話す。


「この街……白紙の街だっけ? ここにいる住人って皆、魂が希薄すぎるんだよな」

「魂が希薄?」


 死神独自の感覚に、マクベスは疑問符を浮かべる。


「ああ。人が生きていくために必要な魂の量が少なすぎるというか、むしろなんで生きてるんだ? って感じだ」


 うーんとうなり、首を傾げたまま歩いていく。

 生きているのが不思議という住人たち。会話が通じない点も含め、その異常さは念頭に置く必要があるだろう──パルケもそう思っているようで、マクベスの隙を窺う様子は見られない。

 マクベスは気を引き締め、ソアンとクレディアを探す。その最中、二人が大通りの道を歩いていると、


「きゃあっ!?」


 女の短い悲鳴が上がった。


「ん?」


 が、マクベスに一つの疑問が浮かぶ。その声に聞き覚えがあった。つい最近聞いたような声が発せられた方へと顔を向けてみる。

 そこには見覚えのある倒れた女と、先ほど連行されたはずの盗っ人が、女物のバッグを片手に路地裏へ逃げようとダッシュしていた。


「おっ、また泥棒だ」


 のんきに状況の説明をするパルケを尻目に、マクベスは魔術で路地裏の入り口を氷の壁で塞いだ。突然のことに反応が遅れ、二人の盗っ人は顔面を強打し、一方はバッグを手放した。今度はパルケが拾い上げ、駆け寄る女に手渡した。


「! 取り返してくれたのね。ありがとう」

「助けてやったから金を寄越せ」


 屈託のない笑顔で謝礼を要求するパルケ。しかしマクベスはツッコミを入れることもパルケを止めることもしなかった。女は胸をなで下ろし、安堵した表情を一切変えることなく、返事もせずパルケを見つめ返していた。それは先ほど、マクベスがバッグを手渡したときと全く同じ動作だった。

 そしてすぐに同じ衛兵がやって来て、女が事情を説明し、盗っ人を捕まえて縛り上げる。


「ちぇっ、ケチな奴だな」


 子供のようにふてくされるパルケ。しかしマクベスは反応してやる余裕がなかった。


(どうなってんだ?)


 住人の様子がどこかおかしいのはわかっていたが、特に今回は異様だった。捕まって独房に入れられているはずの盗っ人が外に出ていることも、その盗っ人に同じ人が同じ荷物を奪われ、同じ衛兵が捕らえにやって来る。まるで、今初めて起きた出来事のように。

 あり得ないことが起きて、マクベスの頭に締め上げられるような痛みが襲う。


「旅の方、ご協力感謝致します!」


 敬礼し、衛兵たちは盗っ人を連行していく。


「ちょっと待ちやがれ!」


 マクベスは衛兵の肩を掴んで足を止めようとするが、無視された。


「どうせ無駄なんだろうけど、人の話を聞きやがれ!」


 今度はマントを掴むが、衛兵は歩行速度を一切落とすことなく歩いていき、それはマントが裂けてしまっても変わらなかった。

 なんとかこの異常の手がかりを掴もうと、衛兵と盗っ人の様子を窺う。そこで、衛兵の首鎧しゅがいの隙間に紙が挟まれていることに気づいた。よく目を凝らすと、全員が衣服の隙間に紙を挟んでいた。

 マクベスは破れたマントを捨てると、足音を消し手慣れた動きで紙をそっと抜き取った。折りたたまれた紙を開くと、街の入り口のアーチや辺りの看板と同じ筆跡の、決して上手くはない文字で数行ほど文章がしたためられていた。

 読んでいると、紙を奪われた衛兵はピタリと動きを止めた。マクベスが衛兵の後ろ姿に視線を移した瞬間、衛兵は文字通り、全てが真っ白になった。


「は?」


 髪や肌も、雪のような白に変わった。それだけでなく、体も身にまとう鎧も全て、紙へと変化した。人をかたどっていた紙はそよ風にさらわれていき、遠くへ運ばれていった。

 マクベスが手にしていた紙がわずかに震え、一瞬のうちにその姿をほのかに光る球体へと変えた。球体は垂直に空へ舞い上がり、直角に街の中心の方へと高速で飛んでいった。

 他の衛兵に目をやるが、彼らは何事もなかったかのように大通りを進んでおり、人混みに紛れて消えていった。


「おいおい、マジでどういうことだ……?」


 人と思っていたものが、ただの紙となった衝撃。脳裏によぎるのは、首鎧に挟まれていた紙の内容だった。

──衛兵は毎日街を巡回している。見慣れた白い街並みは、まさに平和の象徴であった。しかし事件は起きる。正午の鐘が鳴ろうとする頃に、バッグを盗んだ二人組が現れる。そして彼は──その先は線が何重にも引かれて読めなかった。

 指示書でもない、まるで物語のワンシーンのような文章。その紙を剥がして起きた不可解な現象に、何も思わないわけではなかった。

 何よりも、大通りを行き交う住人たち全員が人の形をした紙である可能性に寒気がした。


(さっさとクレディアとソアンを見つけ出さねぇと)


 自分たちも、この街の住人のようにならない保証はない──そうとなれば、一刻でも早く合流する必要がある。


「早く行くぜ」


 パルケに声をかけるが、気づいていないようで返事がない。


「…………」


 球体が飛んでいった方角を見つめるパルケが、小さく何かをつぶやいた。


「パルケ?」


 中心部へ向かうにつれ、緩やかな坂道になる白紙の街。なだらかな白い丘陵きゅうりょうに、高くそびえ立つ大きな時計塔。死神はそれを睨んでいた。もちろん、マクベスの声には気づいていない。


「パルケ!」

「!」


 ようやく我に返り、パルケは何度かまばたきをした。


「どうしたんだよ?」

「いや、えっと……なんでもないぞ!」


 目を逸らし、作り笑いを浮かべるパルケ。わずかに声が震えており、隠し事をしているのは明白だった。


「それより早く二人を探そうぜ! 俺たち、金が必要なんだからな!」


 問いただす前に、パルケは先に歩いていった。


「…………」


 宿屋へと向かうパルケの、赤いマフラーがたなびく後ろ姿を見ながらマクベスも歩く。


(アイツ……焦ってんのか?)


 足を止め、街の中心にある時計塔を見やった。紙で作られた人から飛び出した光球が向かった先。それを見てマクベスは溜め息をついた。


「……長居はしたくねぇな。まぁ、オレならなんとかなるか」


 街へ着いた直後に正午を告げていたはずの時計塔は、十一時五十分を指していた。

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