幕間 ??年前の追憶
パルケは荒れ果てた大地を駆けていた。手に大鎌を携えて、眼前の敵を
パルケの猛攻を止められる者など、その戦場には存在しなかった。彼が通り過ぎた場所は死体しか残らず、そんな凄惨な道を走る人影があった。
その者がパルケに追いついた頃には、二人以外に動く者は存在しなかった。パルケは死体から大鎌を引き抜き、返り血を浴びたまま得物の血払いもせずに、自分を追っていた者に笑顔で手を振った。
「よお、──。ちょっと遅かったな、もう終わったぞ」
パルケはその者の名を呼び、両腕を広げた。
「なぁなぁ、次はどこに行くんだ?」
まるでピクニックの行き先を訊くような口調で問い、返事を待つ。
「お疲れ様。今日はもう大丈夫だ、君は休んでくれ」
その者はパルケに微笑みかけ、踵を返す。パルケはわかったと返事をし、彼の後ろについていく。
「パルケ」
「ん?」
その者は立ち止まり、空を見上げた。曇天が広がっており、名前の知らない鳥が数羽、安住の地を求めて飛んでいく。
「…………」
彼が振り返ると、その顔はインクを溢したように真っ黒に塗り潰されていた。それだけではなく、周囲の景色が荒野から室内へと瞬時に変化していた。いつの間にかパルケは仰向けになって倒れており、体に力が入らず起き上がることができない。視界の隅には倒れた椅子と割れたコップがある。
訳がわからず、異様な事態に目を丸くして眼前の人物の名前を叫ぼうとした。
「すまない……僕は、僕は……」
しかし、パルケの声は謝罪の言葉で遮られた。彼は両膝を着いて、何度も同じ言葉を繰り返す。黒い涙が頬を伝い、無機質な床に落とされ──そこで夢は終わった。
* * *
マクベスの部屋でパルケは目を覚ました。頭痛の影響か、天井が霞んで見えていた。体調不良と微睡みのせいで、起き上がろうとしても重りがつけられているかのように体が上手く動かず、ベッドの軋む音がするだけだった。
仰向けになった状態で、体に力が入らない。そんな今の状況に既視感を覚え、パルケは首を傾げた。
いつ、どこで経験したのか思い出そうとしたが、部屋の扉がわずかに開いていることに気づいた。扉の奥にいた人物が流された視線に気づくと、パルケに声をかける。
「おっとわりぃ、起こしちまったな」
その人物こと、マクベスが部屋に入ってきた。手には水で濡らしたタオルがある。空いている方の手で、テーブルに置かれた水の入ったグラスを掴むと差し出した。
「喉渇いただろ?」
氷とグラスがぶつかり、カランと綺麗な音が鳴った。パルケの青い瞳にグラスとマクベスの手が映る。しかし、パルケが見ているのはそのどちらでもなかった。どこか遠い目をして、
「うーん……何か……」
「あ?」
「何か……前に、似たようなこと……が……」
パルケは重たくなるまぶたに抗えず、目を閉じるとすぐに寝息を立てた。
「ったく、なんだってんだ? 夢でも見てたのか?」
目を覚ましたと思えば、よくわからないことを喋って眠ったパルケ。マクベスはグラスを置くと頭を掻き、熱を帯びた額にタオルを添えてやった。
部屋を出て、つい最近まで物置きのような使われ方をしていた埃っぽい空き部屋へ向かう。
「……カーソルト、か」
マクベスは部屋に入る直前に聞いた、パルケのうわごとをつぶやいた。人の名前なのか、それとも別の何かの名前なのか、マクベスにはわからない。
寝室にしている空き部屋に入ると、一つに結んでいた赤メッシュの入ったクリーム色の長い髪をほどき、ドルファが用意していたマットレスを床に敷いて、シーツをかぶせると寝転んだ。
部屋にあるベッドを使わない理由は単純で、ベッドの上に積まれた数々の木箱を退かすのが面倒だからだった。パルケの風邪が治るまでの間だからと、そんな言い訳をして掃除をしなかった。
マットレスの上で足を組み、頭の後ろに手を回す。半分ほどしか閉まっていないカーテンから差し込む月明かりが、マクベスと部屋を優しく照らしている。
風邪が治った暁には、大鎌の修理費を早く稼いでもらおう──そう思いながら、マクベスは赤と青の目を閉じて眠りについた。
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