1-2 VS死神

「おっとわりぃわりぃー、話のなげぇ知り合いを思い出してついカッとなっちまったぜー。頭は冷えたか? 死神だがなんだか知らねぇが、腕試ししてぇなら闘技場にでも行きやがれ」


 泡が弾ける水面に向かって、マクベスは抑揚のない平坦な声で、なんの気持ちもこもっていない謝罪を述べた。

 しかし、なかなかパルケは水面に顔を出さなかった。


(上がってこねぇな。ひょっとしてカナヅチだったか?)


 助けてやろうかと思い、氷の縁まで近づき覗き込んだ瞬間だった。


「!」


 水中からわずかに感じ取った魔力に、咄嗟とっさに足元の氷をせり上げさせた。傾斜になった箇所を蹴って後方へ回避する。それはまるで軽業師のような身のこなしだった。

 マクベスが氷に降り立つ直前に、ついさっきまでいた場所に刃の軌跡が走った。氷を断ち斬った大鎌の赤黒い一閃は、直前までそこにいたマクベスの命を奪おうとしていた一撃だった。

 突然、水の中から何かが垂直に飛び出す。太陽光を受けて煌めく水飛沫の中で、魔力で形成した赤黒い翼を生やしたパルケがいた。彼はすぐに氷に降り立つ。


「冷てぇー! 本物の水ってこんなにひんやりしてたっけ?」


 ポタポタと水滴を落としながら、パルケは場違いなことを口走った。犬のように顔を左右に振って水気を飛ばし、魔力の翼を消すと大きくくしゃみをした。


「ん、どうした? ひょっとして今の攻撃で怖気づいたか?」


 パルケは大鎌を肩に担ぎ、赤と青の双眸で睨むマクベスに問う。


「んなわけねぇだろ。心優しいこのオレが、アンタを殺さずに無力化する方法を考えてやってんだ。感謝しろよな!」


 風と冷気の魔力を帯びた剣──魔剣を構えて、マクベスは氷を蹴った。滑ることなく地上と同じような動きで一気に距離を詰め、魔剣を振った。


「おっと!」


 接近を許してしまったパルケだったが、大鎌の刃やグリップで受け流し、斬撃を入れるタイミングを計る。

 互いの武器に込められた魔力がぶつかり合い、火花となって散っていく。マクベスは間髪を入れず攻撃を続け、反撃のチャンスを執拗しつように潰す。

 マクベスは戦いの最中さなか、パルケが自分と同じように、靴の底に魔術をかけて滑らないようにしていることに気づいた。


(へぇ、魔術の腕も確かなようだな)


 目の前の青年が、ただ無闇に喧嘩を吹っかける小悪党とは訳が違うと判断し、警戒を怠らずに攻撃を続ける。

 剣戟けんげきの音が鳴り止まず、港には何事かと人が集まり始め、遠くてよく見えないが二人の戦闘を見物していた。

 双剣を振り続けるマクベスだったが、わずかな隙を突かれて大鎌の振り下ろしを許してしまった。双剣を交差させ、大鎌の刃を受け止める。マクベスを襲うはずだった魔力の炎は、冷気と風に阻まれた。


「お前、結構やるな!」

「そう言うアンタもな!」


 互いが力任せに武器を押し合い、二人とも後ろへ跳躍して距離を置いた。


「そろそろ終わりにしようか、ナントカカントカーノ・マクベス!」

「天下無双のマクベス、だ! まぁ次で終わらせるのは同意するぜ。早く飯食いてぇんだよこっちは!」


 マクベスとパルケは武器を構え直した。突然、マクベスの双剣から暴風が吹き荒れ、刃が鋭利な氷に包まれる。パルケの大鎌はグリップまで魔力の炎が伸び、渦を巻き始めた。魔力の翼を再度出現させるとそれは大きく広がり、更に炎の渦が巨大化した。


「ギャハハ! 単純な魔力のぶつけ合いちからくらべは好きだぜ。手っ取り早いし負ける気がしねぇからな!」

「大した自信だな。どれほどのものか見せてもらおうか!」


 二人は同時に武器を薙ぎ払い、大鎌からは火炎の渦を、二振りの魔剣からは氷嵐を飛ばして激突させた。逆巻く嵐と渦が周囲を吹き荒らし、魔力と魔力が共振して爆発を起こした。爆風と荒波が野次馬たちを襲い、塩水にまみれる。

 魔力の氷が魔力の炎で蒸発し、水蒸気で遮られた視界の中。わずかに見えた人影が、衝撃で大きくバランスを崩しているのをマクベスは見逃さなかった。

 瞬時に下した判断と行動は、パルケの不意を打つことに成功した。振り上げた一撃目で大鎌を弾き、二撃目の振り下ろしで氷の刃を飛ばせば、大鎌を真っ二つに切断した。左手の魔剣を手放し、胸ぐらを掴んでパルケを氷上に叩きつける。

 魔力の翼が消え、くぐもった唸り声が上がる。組み伏せられて身動きの取れないパルケは、何故か楽しげに笑っていた。


「ははっ! 足場を維持したままあれだけの力が出せるなんて、めちゃくちゃ強いなお前! 俺が最後に負けたのはいつだったっけ?」

「アンタの連勝記録なんでどうでもいいっての。それで、なんでオレを襲ったんだ? 自称死神のパルケ・ライファントさんよぉ」


 勝敗が決し、マクベスは最も知りたいことを質問した。しかし予想外の返事をされる。


「いいか、正義は必ず勝つんだ」

「は、はぁ?」


 予想していた答えとは大きくれた、そもそも質問の答えにすらなっていない突拍子もない発言に、マクベスは腕を掴む手の力が思わず抜けそうになった。


「ケルちゃんが冥界に連れてきた男が、何十人も殺した極悪人だったから裁こうとしたが……お前に命令されて人を殺したって言うんだ。本当かどうかわからないし、マクベスって奴に直接会っても嘘をつかれる可能性だってある」


 掴まれた腕を背中に回された状態で、パルケは人差し指を立てて左右に振った。


「だからお前と戦い、俺が勝てば正しい。負けたら俺が間違っている。そう判断しようと勝負をしかけたんだ。世の中は正義が必ず勝つんだから、確実な方法だろ?」

「…………」

「そして俺はこうして敗北した。つまり、あの男は嘘をついていたってわけだ。いやー、危うく無実なお前の魂を奪い取るところだったぜ。危ない危ない」


 完璧な説明を終えたと勘違いしているパルケは、それ以上何も言わなかった。

 今のマクベスにとって、目の前の青年が本物の死神なのか、それともただの狂人なのか──そんなことなどどうでも良かった。ただ言いたいことがあり、それを伝えるためにマクベスは大きく息を吸って吐き、呼吸を整え、


「バカじゃねーの?」


 真顔で言い放った。


「馬鹿じゃないぞ」


 それに対し、やはり笑顔のままパルケは返事をした。

 マクベスはこれ以上理解の及ばない者との会話をする気にはなれなかった。手を離して自由にしてやると、魔剣をホルダーに戻して氷の魔術で道を再形成し、桟橋へと戻る。

 パルケはマクベスの背中を見ながら、手放してしまった大鎌のグリップを握るが、重量が軽いことに驚いて得物に視線をやった。そこには刃部分を失った、寸断された棒があるだけだった。首を傾げ周囲を見渡せば、少し離れた場所にグリップが短い鎌となってしまった物が転がっていた。


「あー疲れた……どこの誰だか知らねぇが、面倒なことさせやがって!」


 そんなパルケの様子を知ることなく、マクベスは自分に罪をなすりつけようとした何者かに悪態をつく。


「おい、今の騒ぎは何事だ!?」


 桟橋を渡りきったところで、港からそんな怒鳴り声が聞こえてマクベスは舌打ちした。


「ちっ、もう嗅ぎつけてきやがったか」


 マクベスは未だ氷上にいる青年に向かって叫ぶ。


「おいパルケとやら! これで満足したならさっさと帰れよな!」


 兵士にこっぴどく叱られるのは面倒なので、早急に立ち去っていくマクベス。しかしその声はパルケの耳には全く届いていなかった。

 パルケが桟橋まで歩くと、氷は瞬時に砕けて初冬の海と一つになった。魔力の翼を生やして倉庫の屋根に降り立つと、遠くからやって来ていた衛兵から姿を隠す。そして屋根上で、壊れた大鎌を交互に見やった。


「……うーん、困った」

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