14 見えない檻に
魔女見習い中の少女たちは、今日は森にトカゲを捕まえに行った。
トカゲは魔術に使う干物にするらしい。
十人いた少女たちは四人減って六人になっていた。
先日、キノコと薬草を採りに行った翌日に、四人が一斉に辞めたらしい。
そりゃそうだ。ゾーイが人を飲み込むところを目の当たりに見たのだから、余程ショックだったに違いない。
あの時、ひどく怯えていた赤毛の子もいなくなっていた。
今日森へ出かける時に、「トカゲは触れない」と泣いていた子がいたから、この分だとまた数が減るかもしれない。
ボクはクリと久々一緒に森へ出た。
今日はツバキの実を拾うために、生えている場所をクリに教えてもらう。
ツバキの実の油は料理に使ったり、石鹸の材料にもなるそうだ。
よく目立つ赤い花はほとんどが散ってしまっていたが、実はたくさん拾うことができた。
集めた実をリュックに詰めて、お屋敷へと戻る途中、森の中であの黒髪の少女にばったり出くわした。
「ルナ!」
「クリ!」
「久しぶり!」
「久しぶりだね!」
やっぱりこの黒髪の子がルナなんだ。
二人が嬉しそうに肩を叩き合った。
「すれちがうことはあっても、なかなかおしゃべりできなかったもんね」
「そうそう、クリも毎日忙しそうにしてるもん」
「そうでもないよ。ルナも大変でしょ。毎日いろいろと」
「まあ、なんとかやってるわ。大丈夫よ」
嬉しそうに話すその目の輝きから、二人の親しさが伝わってくる。
「あ、ちょうど良かったわ。ルナ、こちらはキイロ。少し前からワタシと一緒にお仕事してもらってるの」
「キイロ、こちらが話してたルナよ」
クリがルナを紹介してくれた。
「こ、こんにちわ」
「こんにちわ、新しい人が入ったのは知ってたわ。よろしくね」
紹介されたルナは、あの時感じた寂しげな印象はなく、しっかりとした芯の強そうな顔つきをしていた。
「キイロって呼んでいい?私のこともルナって呼んで」
うん、と返事したが、ルナのハキハキとした勢いにボクは少し気後れしてしまった。
「ルナ、今日は森へ何しに?」
「へへ、ジャン」
ルナは肩に下げていたカバンからガラス瓶を取り出し、自慢げにクリの顔の前に差し出した。
「フフ、トカゲ?」
フタをしたジャム瓶には、トカゲが四匹入っていた。
「ミランダ様からの宿題。三匹でよかったんだったけど、四匹とれちゃった。とれなかった子にあげようと思って」
「ルナ、トカゲ、へっちゃらだっけ?」
「そうね、へっちゃらになっちゃったかな。虫も何もかも。アハハハ」
「こっちに来た頃は、服にとまったテントウムシで泣いてたのに」
「えー、そうだったかな?忘れたわ、フフ」
元々は小さな虫も苦手だったのか。それがよくトカゲなんて触れるようになったな。
何がルナを変えたのだろう。
「キイロはトカゲ大丈夫?」
クリが聞いてきた。
「うん、大丈夫。捕まえるの得意だよ」
「男の子は虫とか好きだもんね」
小さい頃から虫とか小さな生き物が大好きだった。捕まえて帰って、よく母さんに怒られたっけ。
「見つけたら、気づかれないように注意して一気に掴んじゃう。パッて」
「そうそう、パッと一気にね。ふふ」
ルナが右手を素早く動かした。
三人で木陰に腰を下ろした。
「あっちの世界というか、元の世界っていうか、そこからある日突然こっちに来ちゃったんだよね?」
クリからそう聞いていたので、ルナに尋ねてみた。だとしたらボクと同じだ。
「そうよ」
「ボクもそうだよ」
「えっ、そうなの?」
ルナは驚いてボクを見た。
「私、家族で川遊びしてたの」
「どこの川?」
「名前は覚えてないわ。皆で車で行ったの」
家族と一緒か。それもボクと同じだ。
「よく覚えてないけど、林の中だったのかな。先に行ったお姉ちゃんを追いかけて……
その辺の記憶は途切れ途切れなの。キイロは?」
「ボクはキャンプ場で、妹を追いかけて足を滑らせて。気づいたらこの森にいた」
「私もそう、そんな感じ。そう、気づいたらこの森」
うなずき合ってる二人を、クリが交互に見ている。
「あれから随分と時間も経ったし、パパやママやお姉ちゃんも、私のことなんか忘れたんじゃないかなぁ」
「そんなことないよ、絶対ない」
そんな簡単に忘れて欲しくない。絶対に忘れて欲しくない。
「そうよ、キイロの言う通り。皆、ルナの帰りを待ってると思うわ」
「ありがとう。私もね、最初はそう思ってた。でも……」
「でも、なに?」
クリが優しく聞く。
「でも時間が経つにつれてね、家族のこと思い出すのがどんどん辛くなっちゃったの。
毎日、心がバラバラになっていくような感じで、本当にしんどくて、しばらくの間寝込んじゃったことあったでしょ。心と体が悲鳴を上げてたのね、きっと」
そう話す表情からは、ルナが体験した辛い時間が想像できた。その時のルナの気持ちがわかる。
「だから無理して召し使いの仕事を一生懸命やろうとしたわ。余計なこと考えずにすむから。そうすることでなんとか自分を保とうとしてたのかな」
「ルナのそんな話聞くの初めてね。知らずにごめんね」
クリの言葉にルナが微笑んで首を振る。
「うううん。別に私は魔女なんかになりたいわけじゃないけど、ここじゃミランダ様に逆らうわけにいかないじゃない。
だから、今は魔女の見習いをしっかりやるしかないのよ」
そう自分に言い聞かせるように言ったルナが大人に見えた。現実を受け入れて、ここでしっかり生きようとしている。
歳は聞かなかったけど、多分ボクより二つか三つ上だ。
「いつか家に帰ることを諦めたわけじゃないわ。それは諦めてはないけど、今はフタをして心の中にしまってる」
フタをしているという言葉が心に沁みた。
ボクも元の世界に戻ることを諦めていないし、いつか必ず帰りたいと改めて強く思った。
「魔女の見習いって辛くない?」
疑問に思ってたので、ボクはルナに聞いてみた。
「うーん、辛いって思ったことはあまりないけど、そもそもなんで魔女になるのかなって、自分でもよくわからなくなる」
「なりたくないってこと?」
「うーん、そうはっきりとは言いたくないわ」
ルナが答えにくそうにしているのがわかった。
「望んだわけじゃないんだもんね」
「この先ずっとこんなことしていくのかなって、時々考えちゃう」
ルナのさっきまでの明るい表情に影が射した。
「でもね、やる限りは一生懸命やろうかなって思ってるよ」
思い直すかのように、ルナが表情を変えた。
「ねえ、見て見て」
ルナはそう言って落ち葉を一枚拾い、左の手の平に乗せ、頭を下げて神経を集中するような仕草をした。そしておもむろに右手の指をパチンと鳴らした。
するとどうだ。
手の平に乗せた落ち葉が、ポンと小さな音を立てたかと思うと、一瞬でアマガエルの姿になった。
アマガエルは「クルッ」と小さく鳴き、せわしそうに喉を膨らませたり萎ませたりしている。
じっと動かず五秒ほどその姿だったが、再びポンと音を立てると落ち葉に戻った。
「すごーい、ルナ!今の何?何の術?」
クリが驚いて拍手をする。
ボクも驚いた。すごいものを見た。
「術って呼べるほどのものじゃないけど、今の私の力じゃここまでね」
ルナが少し自慢げに笑った。
「キイロ、◯◯◯って今はどうしてる?」
ルナが突然、男性アイドルグループの名を言った。
「私、大ファンだったの」
そのグループはティーンエイジャーを中心に大人気だったが、突然の解散宣言で一年前に解散していた。
「う、うん、今も活躍してるよ」
ルナの輝いた瞳を見て、咄嗟に嘘をついてしまった。
そうか、その解散を知らないってことは、ルナはそれよりも前からこっちにいるのか。
とても長い時間を過ごしてきたんだ。
ということは、ボクも最低一年以上こっちにいる可能性があるっていうことか。
一年……
一年かあ、長いなあ。
「檻の中の悲しい子はゾーイだけじゃない。見えない檻に繋がれている子も皆、自由にならないといけないわ」
クリは誰に聞こえるでもなく小声でそう呟いて、しばらくずっと森の方を見つめていた。
ルナがその横に並んで座っている。
手に持ったジャム瓶の中の四匹のトカゲが、チョロチョロと舌を出しながら外を見ていた。
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