12 捨てるな希望

 召し使いの仕事にも慣れてきて、簡単なことはクリがいなくても、一人で出来るようになってきたように思う。

 多分元いた世界では絶対にやらなかったことばかりで、それはそれでいろんなことを経験するのも、意味があるのかなと思い始めている。

 その日は料理に使うハーブを採って来るよう、料理番から頼まれた。

 ハーブの生えている場所ならクリから教わっている。一人で大丈夫だ。


 ハーブを摘んだ帰りに、切り株の広場に寄ってみた。

 カルラ様に聞いてみたいことがあったからだ。

 広場への道順ももうすっかり覚えたので、迷うことなく行けた。

 ふふん、足取りが軽い。


 カルラ様が切り株の上で、羽根を広げて気持ち良さそうに日光浴をしていた。

「おう、キイロか。今日は一人か」

「はい!」

「よく一人で来れたのお。顔つきも少ししっかりしたようじゃ」

「今日は一人でハーブを摘んで来ました」

 誉められて照れくさかったが、めちゃくちゃ嬉しかった。

「そうかそうか。ハーブ茶は体が温まるのお」

 カルラ様が目を細める。


「カルラ様に聞きたいことがあって寄ったんです」

「ほお、何じゃ。言うてみなされ」

「前に読んだ物語のことです」

「ほお、書きかけの本のことか。あれから全く書けてはおらんわ。記憶を整理しとっての、ペンがなかなか進まんわい」

 伸ばしていた羽根をたたみながら、首を左右に振った。

「あのー、あそこに書かれている、お妃になれなかった娘って、ひょっとしてミランダ様のことですか?」

 前から思っていた疑問をぶつけた。

「ふん?なぜそう思った?」

 興味深そうにカルラ様がボクを見た。

「いや、うまく説明できないですけど、なんとなくです。ひょっとしたらそうかなあって」

 ミランダ様は魔術で人を石に変えたりひどいことをしているが、夢を買うことで助かっている人もいるし、根っからの悪人ではないのではないかと思うようになっていた。

 よほどの理由があって、変わってしまったんじゃないのかな。

「そうか。キイロは勘の良い子じゃの」

 カルラ様はその小さな赤い目をまた細めた。


「キイロもミランダの屋敷で働いておるから、話しておいてもいいかのお」


 カルラ様がボクの顔をまっすぐに見て、ひとつひとつを思い出すように話し出した。


「キイロが言った通り、妃になれなかった娘とはミランダのことじゃ。

 そしてそのことがミランダをきつい性格に変えてしまったんじゃ。

 結婚の約束をしたわけでもなく、大勢いる妃候補の一人でしかなかったんじゃが、本人は裏切られたと思い込んでしまってのお。

 それまでの優しさがすっかり消えてしまい、終いには魔女へとなってしもうた。

 それでものお、ミランダは魔女の身となっても、夢の中でもいいから王子に会いたいと考えよった。

 しかしどんなに願っても夢で会うことができん。そこで見たい夢を見る方法を、どうしても知りたいと考えるようになったんじゃよ」

 カルラ様はなんとも言えない表情だ。


「見たい夢を見る方法?」

「そうじゃ。それで夢の研究のために始めたのがユメカイ屋じゃ。占星術と夢とに関係があると考えたんじゃな。生まれ月の星座と夢の内容の関係を今も調べておる。

 なんでも、王子が天秤座、ミランダは確か水瓶座で、星座の相性がいいらしい。そこにすがったんじゃろう」

 夢と星座って関係あるのかな。

「そう言えば、クリは見たい夢が見れるって言ってました」

「ほほ、そうか。クリは妖精じゃからそんな力もあるじゃろう。しかし皮肉なもんよのお。屋敷の主人が喉から手が出るほど欲しい力を、使用人が持っておる。おまけにそのことを互いに知らんのじゃからな」

 そうなのか。クリはユメカイ屋の目的は知らないって言ってたもんな。使用人同士、仕事の話はするなって、ミランダ様から言われたって。

「ミランダも一途と言えば一途なんじゃ。ひね曲がってしまったがのお」

 カルラ様は悲しいような困ったような顔をした。


「ところで、キイロよ。お前さんは元の世界に戻りたいんか?どうなんじゃ?どう思うとるんじゃ?」

「戻りたいです!」

 えっ!戻ることができるの?

 しばらくそのことは考えないようにしていたが、一刻も早く元の世界に戻りたい気持ちはずっと忘れていない。

「元の世界に戻りたいです!」

「そうか、わかった。キイロのように何年かに一人、あちらの世界からこちら側へ来てしまう者がおる。

 中にはこっちが気に入って残る者もいるが、戻りたがる者には力になってやりたくてのお」

「戻れた者はいないと聞きました」

 キクゾーたちがそう言ってた。

「戻れた者がいないわけではないが、これがどうしてなかなか難しくてのお」

「ボクは絶対に戻りたいです。家族のところへ帰りたいです」

「ふむ。出来る限りそうしてやりたいと思うておる。しかしこればっかりはのお、ワシ一人の力じゃどうもならんのじゃ。

 時の狭間から落ちた者を元の世界に戻すには、こちらとあちら双方からの力が必要なんじゃ。こちら側はワシがやるとして、さて、あちらにそれだけの力量を持った者が、そう簡単に見つかるかどうかじゃ」

 時の狭間?力量を持った者?

「前にも探したがその時は見つからんかった。呼び掛けを続けてはみるから、望みを捨てず、それまでは屋敷の仕事をしっかりやるんじゃぞ」

「はい、そうします」

「自分がどうしたいという気持ちを、しっかり持ち続けることが肝心じゃ。何事も諦めてはいかん。

 本人のその強い気持ちが、最後の最後に細い糸をたぐり寄せることもある。

 望みを捨てればそれは叶わん。捨てずにおれば叶う時がくる」

 カルラ様の言葉に俄然希望がわいてきた。

 言われて気づいたが、ボクはその希望ってやつを諦めかけていたかもしれない。

 カルラ様の言う通りだ。絶対に思い続けなきゃいけない。


「それと、屋敷に帰ったら、ルナとゾーイのことをクリに尋ねなさい。あの子らもかわいそうな子たちじゃ。キイロも仲良くしてやっとくれ」

 ルナ?ゾーイ?あの子たち?

 ゾーイという名前は確かミランダ様も口にした。誰のことだろう。



「カルラ様が?」

 お屋敷に帰るとクリが梯子を立てかけて窓拭きをしていた。

 今カルラ様と話してきた内容をクリに話した。

「カルラ様が、ワタシにルナとゾーイのことを聞きなさいって言ったのね。

 そう、わかったわ。じゃあ、キイロはそのハーブを調理場まで届けてきて。ワタシもこれを終わらせておくから」

 クリが梯子を片付けながらそう言った。


 調理場からホールに戻ると、クリが大きな鍵を持って鉄の扉の前に立っていた。

「キイロはまだこっち側には行ったことがなかったでしょ」

 鉄の扉の向こうには行ったことがない。

「鉄の扉から向こうはミランダ様の部屋にも通じてるから、誰でも入れるわけじゃないの。鍵も限られた者しか持っていないわ。

 キイロはワタシと同じ召し使いだから、入っても問題ないわ。こちらの仕事もいっぱい教えるし」

「う、うん」

 なんだか知らない場所へ入るとなるとドキドキした。


「その前に、ルナのことを話しておくわ。今は森に行って、いないの」

 森に行ってる?

「ルナはね、キイロと同じ。キイロが元いた世界から来た子よ」

「え?」

 ボクと同じ境遇の子がいるの?

 一体どんな子だろう。

「ルナはこっちに来て随分と日が経つわ。最初はワタシと一緒に召し使いをしていたんだけど、ある日ミランダ様がね、素質がありそうだって言って、今は魔女の見習いをやってるの」

 あの時見た黒い髪の女の子のことを思い出した。

「ひょっとして黒い髪の子?」

「そうよ。見たことある?」

「うん、多分」

「ルナはね、最初来た頃は毎日泣いてばかりいたわ。お家に帰りたい、家族に会いたいって」

 そうか、ボクと同じように、何かの拍子でこっちに来ちゃったのかな。

「泣き虫だったけど、ある頃から涙を見せなくなったわ。思いやりがあって優しい子よ。月夜の森でミランダ様が見つけたから、名前がルナになった」

「月夜の森?」

「ルナって月って意味よね」

 ルナは月か。

「今度、ちゃんと紹介するわね」

 クリはそう言うと、くるりと向こうを向き、持っていた大きな鉄の鍵で扉を開けた。


 ギギギギギーっと、重い大きな音がした。


 扉の向こうには長い石畳の廊下が続いていた。右側には別の鉄の扉が幾つか並んでいる。

 左側の小窓から外の光りが射し込み、壁にランプも灯してあるが、昼間でも薄暗い。空気が冷やっとしている。

「こっちよ」

 クリがそう言って一番手前の扉をまた別の鍵を使って開けた。

 中は暗くて何も見えなかったが、徐々に目が慣れるとぼんやりと鉄格子が見えた。


 お、檻?

 何か飼われているのか、動物の臭いがした。


「ゾーイ、来たわよ。姿を見せて」


 クリが優しい声で檻の中に呼び掛けると、暗い奥の方で「ブルッ」と音が聞こえ、ジャラッ、ジャラッとゆっくり鎖を引きずる音をさせて、何か大きなものがこっちに近づいてくる気配がわかった。


 ボクはちょっと緊張し、全身で身構えた。

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