11 夢買うルール
昨夜は満月だったが、月は厚い雲に隠れていた。
ユメカイ屋への来客は日によって数に違いはあるが、毎日途切れることなく続いていた。
キクゾーとキロクの話によると、雨が降る前後にお客さんの数が増えて、気圧と関係があるのではないかとのことだった。
「理由はわからん、長年の経験だ」と言っていたが、本当のところはわからない。
その日朝一番でホールの掃除をしていると、コンコンコンとかなり激しくノックが鳴らされた。
「夢買います」の札はまだ表に出していない。
キクゾーがチラッと時計の針を見たが、「入れてあげて」と言いたげにボクを見てうなずいたので、鍵を外して扉を開けた。
「おう、朝早く悪りいな。ちょっくら夢買ってくれや」
やせた男がズカズカと中に入って来た。
「夢の話、聞かせりゃあ金くれるんだろ。幾らでも話してやるよ」
男はそう言ったかと思うと勝手に椅子にどっかと座り、腕組みをして足を組んで、威嚇するような目つきでキクゾーとキロクをにらんだ。
「お客さん、ここはユメカイ屋ですよ。ご覧になった夢の内容を、聞き取らせていただいてます」
「そんなこと知ってらい。そう聞いたから来たんだよ。金がちょっと入り用でよ。フン」
男は面倒そうにあしらう。色褪せたブカブカのアロハシャツを着て、目つきが悪い。
キクゾーとキロクはいぶかしげな表情を見せたが、やれやれという感じで、渋々テーブルの定位置に着いた。
「随分と乱暴な言い方しますなあ」
「おう、生まれつきだ」
悪びれる様子もない。
「それで、一体いくらくれるんだ」
「夢ひとつにつき金貨一枚でございます」
「ちっ、そんだけか。仕方ねえ、まあそれでいいや。どうしたらいいんだ。とっとと始めようぜ。俺っち、忙しいからよ」
キクゾーとキロクが眉間にシワを寄せた。
「くれぐれも作り話はいけませんよ。時々いらっしゃいますんでね、そういう方が」
男の全身を点検するように見て、キクゾーが言った。
「ふん、そうかい、そうかい、わかった、わかった。だけどよ、人の夢の話なんてそいつのオツムの中のことだろ。それが嘘か本当かって、なんでお前らにわかるんだよ。
ったく、わかるもんかい。
ふふん、まあいいや。俺っちが夢で見た話をすりゃいいんだろ?真実をお話ししまーす!へへへ」
えらく人をおちょくったような言い方をする。男はキクゾーとキロクを交互に睨んだ。
「お客さん、くれぐれも作り話はダメですよ。いいですか、忠告しましたよ」
「あいよー」
男はキクゾーの顔も見ずに、明後日の方を向き苛立たしげに椅子を揺らしている。
「それでは、どんな夢のお話で?」
仕方なさそうにキクゾーが聞き取りを始め、キロクも嫌そうにペンを手にした。
「おう、そうだな。えーと、町を歩いてたよ」
「町を歩いていた?」
「おう、そうよ。町を歩いてたよ」
「どんな町でした?」
「ど、どんな町だと?はあ?町は町だろ、普通の町だよ、普通の」
「普通の町?」
「うるせえな。普通と言ったら普通の町だ」
「お一人で?」
「なに?何だと?え、えーと、そうだな。アニキも一緒だったかな。いや、違う、俺一人だ。そうよ、俺っち一人だった」
「ふーん?一人なんですね?」
「そうだ、俺一人だよ。一人で町を歩いてたんだよ」
思いつきで適当に話しているように聞こえるが、キクゾーは我慢して聞いている。
「で?」
「そしたらよ、前からでっけえ野郎が歩いて来たんだよ。あーそうだな、あー、つるっぱげのでけえのが。こう、肩をいからせてな。へへん。そんでよ、そいつが俺にケンカ売って来やがったからな、買ってやったんだよ」
男は勇ましそうな口ぶりであごを突き出した。
「ほお、で、どうなりました?」
「決まってんだろ。俺が一発で倒してやったよ。一発だぞ、一発。へへへ」
「はあ、一発で?」
「俺っちはつえーからな、へへん」
男は細い腕で精一杯、力こぶを作った。キクゾーが疑るように尋ねた。
「どんな風に?」
「どんな風にだと?そ、そりゃあ、おめーよ、この右の拳でパーンとだ。パーンと一発だ」
男が右手を前に打ち出す仕草をする。様になっていないのはボクにもわかった。
キロクは手を止め、わざと音を立ててペンを置いた。
男はそれをチラッと見たが、気にすることもなく言葉を続ける。
「俺様は町で一番ケンカがつえーんだよ。夢の中の話じゃないぞ。これは実際の話だぞ。その辺のやつらに聞いてみな。へへん」
男の言葉を聞き流し、キクゾーが続きを促す。
「で、夢はその後どうなりました?」
「何?お、おう。そのーなんだ。あー、そうだ、夢はそれでおしまいだ。おしまい、おしまい。そこで目が覚めたんだよ。そうそう、目が覚めた。パチッとな。おう、早く金をくれ。早く出せ」
その時、壁の鳩時計がポポーと一回鳴った。キロクが憮然と腕を組んだ。
「うーん、お客さん、今の話、作り話じゃありませんよね」
キクゾーが男の目を覗き込むように問い掛ける。
「てめえ、この俺を疑うってのかよ。作り話だって言うんなら証拠を出してみろよ。証拠をよ!」
男は開き直ったかのような態度で、横を向き床にツバを吐いた。
「ふん。証拠というものはありませんが」
「だったら文句を言わず早く金を出せ。金貨を出せよ。ここはそういう店なんだろ。早く出しやがれ!俺様は忙しいんだよ!」
男が大声を上げた時、鉄の扉の向こうで「ブルルルッ」と大きな音がした。
それを聞いたキクゾーとキロクが、目で何かを合図し合ったように見えた。
「左様ですか。ではお客様、金貨は奥の部屋でお渡ししますので、そちらへどうぞ」
「おう、そうかい。早くしてくんな」
大きな鍵で鉄の扉を開けたキクゾーの後に続いて、男が肩をいからせながら続く。
重い扉がガチャリと音を立てて閉まった。
別の扉を開け閉めするような音がしてすぐに、さっきより更に大きい音が響いた。
「ブルルルッ、ズルルルルーッ」
しばらく間があって鉄の扉が開くと、キクゾーとミランダ様が入って来た。
「あれだけ忠告したんですがねえ」
「ふん、金しか考えていないヤツは仕方ない」
「今回も鳩時計が作動しましたね」
「前より強めの術をかけたからね。いろんなことを知らせてくれるよ」
「ミランダ様のお部屋にもちゃんと通知がいったようで」
「ゾーイも欲しがったから丁度良かったよ」
ボクは鉄の扉の向こう側にはまだ入ったことがない。
男は戻って来なかった。
その時は、奥に別の出口があるのだろうと思っていた。
ミランダ様に続いて十人ほどの少女たちがホールに入って来て、入り口の近くに整列した。
皆、十代と思われる少女たちだ。
少女たちに向かってミランダ様が口を開いた。
「いいかい、お前たち。今初めて見た者もいるだろうが、ここはそういうルールなんだ。ちゃんと説明して念まで押したんだから。言ったことを守らないヤツが悪いんだよ」
何があったのかはわからないが、少女たちの中には震えて泣いている子が何人かいた。
ほとんどの少女が金髪や赤い髪をしていたが、一人だけ黒い髪の子がいて、ボクと目が合った。
「それより今日はこれから薬作りの試験だよ。材料となるキノコ三種と薬草三種を探して採って来るんだ。時間は正午まで。間違ったら承知しないよ」
少女たちは手にしたメモ帳に目を通している。震えていた子も横の子に支えながらなんとか立って、メモ帳をめくっている。
「さあ、じゃあ行っといで。特にナットウモドキタケを間違って採って来るんじゃないよ。ワタシはあの臭いが大っ嫌いなんだから。さあ、行った行った」
ミランダ様に促され、少女たちが森へと出て行った。
ミランダ様は「あのキノコの臭いは本当大っ嫌い」と言い残し、鉄の扉の奥へと戻った。
「今の女の子たちは?」
「魔女見習い中の子たちだよ」
ボクの問いにキロクが答えた。
「魔女の見習い?」
「そうだ。いろんなところから集めてくる。中には自分から来る子もいるけどね」
「見習いってどんなことをするんですか?」
「そうだな。魔術の使い方や薬の作り方。それに星占い。最終試験はホウキに乗って空を飛べるかどうかだよ」
そうなんだ。魔女って訓練してなるんだ。ミランダ様が育てているのか。
「でも魔女になれる子なんて、百人いて一人いるかどうかさ。ほとんどが途中で辞めていくよ」
キロクはあまり興味なさげにそう言った。
さっき目が合った黒い髪の少女のことが気になった。
しっかりとしていそうに見えたが、寂しげな横顔だった。
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