10 切り株の仙人
翌朝。
ライ麦パンと野菜スープで朝食を済ました後、クリが時間を上手くやりくりし、薪拾いの名目でお屋敷を後にした。
「ちゃんと薪も拾って、お昼前には帰らなくちゃね」
「うん、わかった」
「今から行くところは、森の者たちが切り株の広場って呼んでる場所よ」
「それは昨日、ボクが」
「そう、昨日キイロが偶然行った場所よ。広場の真ん中に大きな切り株があったでしょ」
「うん、大人の人が二、三人ぐらい手を回さないと届かないぐらい大きいのが。いやもっと、四、五人かな」
「そうね。樹齢何百年のクスの木だったらしいんだけど、嵐で倒れてしまって、それで切ってしまったそうよ」
そんな大きな木が立っていたから、そこだけガランとしてたんだ。
「ほら、見えて来たわ」
クリと歩くと最短距離を歩くからか、意外と時間はかからずにその広場へと着いた。
クリが何かを探すようにして森に向かい、「カルラさまー」そう呼びかけた。
カルラ様?
しばらくクリが様子を伺って、もう一度、
「カルラさまー」と繰り返した。
すると大きな白い鳥がバサバサと木の上から飛んできて、ボクたちの前に着地し、二度三度羽根を震わせて静かに畳んだ。
「カルラ様、お連れしましたよ」
「ふむふむ、来たか」
鳥がしゃべった。
それにしても大きな鳥だ。ヒマリぐらいはある。
「クリは元気にしとったかの?」
「はい、クリはいつも元気です」
「よしよし、それはいいの」
またミランダ様に変えられてしまった人間なのかな。
「ふむ?」
ボクを見てその鳥は首を横に振った。
「キイロ、紹介するわ。こちら、この森の主で、皆の相談相手。どんな話でも聞いてくださるわ。お名前はカルラ様よ」
「ヌシじゃと?もっと他に言い方はないか?カッカッカッカッカー」
大きな口を開けて笑ったカルラ様と紹介された鳥は、全身が真っ白で、くちばしとその周辺がピンク色、円らな両目は赤い色をしている。珍しい鳥だ。
「キイロと申すんじゃろ。名前はそう決まったと、クリから聞いておる」
「あ、はい。キイロです」
ボクの呼び名を知ってる。自分から名乗れずに少し気まずかった。
それにしても全身が見事なほどに真っ白だ。
「ワシが珍しいか?まあそうじゃろうな。白いカラスはそうそうおらんからな。ちなみに元は人間ではないぞ。生まれつきの白カラスじゃ」
うっ、人間かなと思ったことがわかったのかな?
「もう何年生きとるかワシにもわからんわい。カッカッカッカッカー」
その高らかな笑い声を聞いてクリがクスクス笑った。
森の主と呼ばれるほど長く生きているのか。
なるほど、堂々としているというか、威厳と風格のようなものがあって、全身からオーラが出ている。まるで仙人のようだ。
「カルラ様は物知りで、皆のいろんな相談に乗ってくれるの。ワタシも時々、話を聞いていただいているわ」
「キイロは少しは屋敷の仕事に慣れたかの?」
「あ、なんとか。クリが親切にしてくれてますし」
「ほほっ、クリは良い子じゃ。ワシが保証する」
カルラ様にそう言われてクリがはにかんだ。
「そらそうと、キイロよ。昨日ここに来ておったの」
「あ、はい。道に迷って」
なんで知ってるんだろう。
「上から見ておったぞ」
そうか、本を読み終わった時に羽音のようなものを確かに聞いた。あれ、カルラ様だったんだ。
「変な声が聞こえて逃げました」
「ほほっ、変な声か。ふむ。それはこんな声だったかの?おい、出ておいで」
するとあの声が聞こえてきた。
「チリチリ」
少し間があってまた。
「チリチリ?」
「チリチリチリ」
びっくりした。
足元の草むらから突然小さな影が三つ跳び出てきた。
目をこらして見ると、赤い三角帽子を被り赤い靴を履いている。
わあ、小人だ。
「驚いたかのお。この者たちは何も悪さはせん。森で自由気ままに暮らしておるだけじゃ。そして時々森の中の出来事をワシに教えてくれよるんじゃ」
身長十センチぐらいの小人だ。
「キイロよ、お前さんがこの森に来た日からワシは知っておるぞ。この者たちがすぐに伝えてくれた」
そう、あの時もさっきの声を聞いて逃げ出した。
「この者たちは自分たちの言葉しかしゃべれんがの」
顔はほとんど人間みたいだが、年齢はよくわからない。皆同じ黄緑色の上っ張りを着て、三人でペチャクチャおしゃべりしている。
その声が「チリチリ」としか聞き取れない。
「ありがとうよ。もう行っとくれ」
三人の小人はササッと草むらの中に消えていった。
「あの三人はああやって、自由に森の中を走り回って、ワシに何かと情報を伝えてくれるんじゃ。キイロもこの先、何か手助けてしてくれることがあるかも知れんのお」
危険な動物とかじゃないとわかって、少しほっとした。
そうか、昨日追いかけられたように思ったけど、ひょっとしたら彼らが帰り道に導いてくれたのかな。
「ところで、クリよ。泉の水を汲んで来てはくれんか。ワシの行水用じゃから大して量はいらん」
「はい、カルラ様」
「すまんのお。いつも助かるわい。ありがとうよ」
行って来まーすと、クリは森へ入って行った。
「あの子はいつもああやって、ワシの身の回りの手伝いを進んでやってくれおる。優しい心の持ち主じゃ。こればっかりは持って生まれたもんじゃろうのお」
持って生まれたものか。
ボクは自分でもすごい怖がりだと思うし、何か持って生まれたものってあるのかな。
こんなところでこんなことをしていて、この先どうなるんだろう。
しばらく考えないようにしていたが、そんなことが頭をよぎった。
「クリはの、栗の木の妖精なんじゃ」
「えっ?妖精ですか?」
妖精って本当にいるんだ。
「栗の花から生まれ落ちたところをミランダが連れて行った。屋敷の使用人にちょうどいいとでも考えたんじゃろ」
「でもボクには、捨てられていたのをミランダ様に拾われて、育ててもらったと話してましたよ」
「ふむ。ある時、事実を話してやった。自分の素性を聞いて驚いておったが、それでも育ててもらった恩義は恩義だと言って、もうしばらくは屋敷で働くと言っておる。ほんに律儀というか、不憫でいじらしいわい」
そうだったんだ。妖精だったら、自由に暮らしていいだろうに、クリは召し使いの仕事を一生懸命やってるんだ。
「妖精じゃから、不思議な能力を持っているはずじゃがの。どこまで開発されとるかのお」
不思議な能力か。そう言えば、クリ見たい夢が見れるって言ってたな。
カルラ様の話を聞いて、ボクはクリの味方になってあげたいと思った。
生まれたはがりの何もわからないクリを、自分の目的のためだけに、お屋敷に連れていったミランダ様のことが許せなくなった。
「ミランダ様ってそんなに悪い人でもないのかなと思ってました。お屋敷の使用人たちには一応のことはしてくれているし、ユメカイ屋も話を聞くだけでお金を払って、それで助かっている人もいるみたいだし。でも、クリの話を聞いて許せなくなりました」
「ユメカイ屋のことか、ふん……」
カルラ様は少し困ったような素振りを見せて黙りこんだ。
「カルラ様、昨日、切り株の上に本が置いてあったんですけど」
「ほほっ、あれか?あれはワシが書きかけておる物じゃ。
まあ、もうワシもいつどうなるやも知れん。いろいろ考えての、この森の歴史を書き残しておいた方が良いと思うたんじゃ」
「すいません。ボク、勝手に読んでしまいました」
「ああ、別に構わん。構わんがまだまだ完成しとらん。しかし最近もの忘れがひどうての。昨日も昔のことを思い出しておったら、片付けるのを忘れて、うたた寝してもうたんじゃ。ワシももうろくしたわい。カッカッカッカッカー」
カルラ様の笑い声は気持ちいいぐらい豪快で、大きな心の持ち主のように思えた。
この人にもっといろいろ聞いてみたい気にボクはなっていた。
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