8 射手座の少年

 キロクが引き出しを閉めるのとほぼ同時に、再びノックの音がした。


「ほらな、続く時は続くんよ」

 キクゾーがそうつぶやくとドアが開いて、今度は少年が一人入ってきた。


「こんにちわ」

「おう、今週も来たなあ。射手座の少年」

「はい、今週も夢の話を持って来ました」

「そうかいな、そうかいな。こっちに座り」


 キクゾーに「射手座の少年」と呼ばれた男の子は、どうやら顔見知りらしい。歳はボクより二つか三つ下のようだ。

「なんかもらって来てやるよ。待ってな」

 キロクがそう言ってホールから出ていった。

「ああ、キイロにも紹介しとくわ。この子は射手座の少年。週一回来てくれる常連さん」

「少年、こっちはお屋敷の新入りさんや。名前はキイロ」

「こんにちわ、キイロさん」

「あ、はい。こんにちわ」

 賢そうだな。

 紹介された射手座の少年は挨拶もしっかりとし、ボクの方が気後れしてしまった。


「あいよ。今日は野イチゴのジュースだとさ」

 キロクが戻って来て、ジュースの入ったコップを少年の前に置いた。調理場でもらって来たようだ。

 えらく対応が特別だ。

「ありがとうございます」

 少年は礼儀正しく礼を言ってから嬉しそうに一口飲み、「甘酸っぱくておいしいです」そう言って笑顔を見せた。

「元気だったかい」

「はい」

 少年が元気良く返事をする。キロクが嬉しそうだ。


「さてさて、今日はどんな話かいな」

「おう、聞かせてくれるかい」

 テーブルの定位置に着いたキクゾーとキロクが少年の方を向いた。

「はい、えーと昨日見た夢を話します」

 少年はコップをテーブルに置き、姿勢を正して背筋を伸ばした。


「えーと、ぼくは学校からの帰り道を歩いていました。いつもの道です」

「ふん、それは昼間かな?天気はどうやった?」

「はい、えーと学校から帰る時間なので、昼間です。周りは明るい感じ。雨は降ってません。空は晴れてるっぽい」

 少年はハキハキした口調だ。

「ふんふん、それで?」

「歩いていると、町に、怪獣が現れたんです。全身真っ黒で、トゲトゲが身体中にいっぱいの。とってもでっかいやつ」

「そうか怪獣が出よったか」

 怪獣の夢か。小さい子供が見そうな夢だ。

「はい、えっと、その怪獣が暴れて建物とかを壊してる。いっぱい暴れてます。それで、えっと、ぼくの家の方に行こうとしてるのに気づいて、お母さんと弟が心配になりました。急いで家へ戻って一緒に逃げようと思った。それで、えっと、家まで走って帰ろうとするんですけど、人がいっぱい前から逃げてきて、なかなか前に進めないんです」

「ほお、そりゃ大変やないか。その時はどんな気持ちやった?」

 キクゾーが優しく聞いてあげる。

「えっと、焦ってた。焦ってました。泣きそうになってたかも」

「それは焦るよなあ」

「はい。それで、えっと、なかなか進めず困ってたら、また現れたんです。ヒカリのヒトが」

 ヒカリのヒト?

「ほう、また出てきてくれたんや。ヒカリのヒト」

 一体何だろうと疑問に思ったボクの反応に気づいたのか、キクゾーが説明してくれた。


「この少年の夢に時々出てくるねん。いつも少年が困ってる場面に現れて助けてくれるねん。ヒカリのヒトってのは、少年がそう名付けたんや。なあ」

「はい、そうです。いつもってわけではないけど時々。時々、出て来て僕を助けてくれる。全身がまぶしく光ってて人の形をしてる、不思議な存在です」

 少年が嬉しそうに目を輝かせた。


「で、どうなったんや?」

「それで、えっと、ポンポンって肩を叩かれました。後ろを向いたらヒカリのヒトがいました。いつものように顔ははっきりと見えません。でも男の人っていうのはわかる。体はがっしりしてます」

「いつも顔が見えへんなあ」

「はい。顔のところが煙りみたいにぼやっとしてる。それで、えっと、ヒカリのヒトが背中に乗れって言いました。口は見えないけど、はっきりそう聞こえました。

 それでボクはヒカリのヒトの背中にしがみついた。ガシッて。そしたらビューンって空を飛んで家まで帰れて、お母さんと弟に会えた。よかったーって喜んだら目が覚めました。夢はそこまでです」

 少年は身振り手振りで嬉しそうに話を終えた。


「ほう、無事に家に帰れたんか」

「うん、怪獣の上を飛び越える時、怪獣がびっくりしてぼくたちを見てた。それが面白かった」

 少年が笑った。

「怪獣もびっくりしたやろうなあ」

「うん、ちっちゃな目をパチパチしてました」

「ほほ、そうかそうか」

「ヒカリのヒトと空飛んだか」

 キクゾーもキロクも嬉しそうに少年の話を聞いていた。

 その時、鉄の扉の向こうで、ジャラッと音が聞こえたが何の音かはわからなかった。


「今日もありがとうございました」

 少年はもらった金貨を大事そうに両手で持ち、丁寧に頭を下げて帰って行った。

「あの子はな、ああやって毎週金貨を一枚だけもらいに来んねん。病気がちの母親と弟のためにミルクや食べ物を買って帰るんやて」

「全く、いじらしいじゃねえか」

 キクゾーの説明に続いて、キロクがそう言って鼻をグスッといわせた。


「いろんな人が来るんですね」

「そうや、いろんな人が来るんやで。ミランダ様からはな、天秤座の話をいっぱい集めろて言われてるんやけどな」

「天秤座?」

「そや。理由は教えてくれんけど、天秤座の話が欲しいみたいやねん。そやから言うてやで、あなた何座ですか?えっ天秤座違うんですか?ほんならいりまへんわ、て言われへんやろ」

「だよな。客の選り好みはできねえよな」

「夢買います、て看板出してる限りはどんなお客さんでも話を聞く。ワシとキロクでそう決めたんや」

「俺たちの意地みたいなもんだな」

「ビジネスポリシーっちゅうやつや」

「ハハ、そりゃいいや」

 キクゾーが胸を張り、キロクはボクに向かって親指を立てた。


 ボクはそれまで、ユメカイ屋の存在を少しうさんくさい目で見ていた。

 大体、人の夢の話を集めて、なんでそれが商売になるんだろうと意味がわからなかった。

 今でもミランダ様の目的はわからないけど、それでも、これはこれで誰かの役に立っているんだなと、少し温かい気持ちになった。


 夢を買うから、ユメカイ屋か。

 なるほど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る