7 夢売る人びと

 コンコンとノックの音がして、一人の男が入ってきた。

「いらっしゃいませ」

 キクゾーがうやうやしく声を掛ける。

 顔をのぞかせた男はぴょこんと頭を下げて、ホールの中を見回した。神経質そうな表情をした中年の男の人だ。

「お客さん、こちらへどうぞ。今ならすぐにお話をお伺いできますよ」

 キクゾーは男をテーブルへと促し、向かいの席に座らせた。

 さっきまでとは打って変わって、丁寧な言葉使いに営業スマイルだ。


 男がボクをチラリと見たので、邪魔にならないようテーブルから離れた。

 キクゾーもキロクも何も言わなかったので、部屋の隅でしばらく様子を見させてもらうことにした。


「お客さん、ここのご利用は初めてですね」

「あ、はい。知り合いに教えてもらって」

「そうですか、それはそれは」

「見た夢の話を話すだけでいいと聞いたんですが」

「左様でございます」

 男はふんふんとうなずいて、少し安心したような顔をした。


「簡単に当店のシステムをご説明いたします。当店は夢の話を聞かせていただくユメカイ屋でございます。

 お客様は実際にご覧になった夢の内容をお話しいただくだけ。一話につき金貨一枚を差し上げます。

 お名前を名乗る必要はございません。誕生日の星座だけお聞かせください。

 私がお話を聞き取らせていただき、この者がお話を記録しますので、ご了承くださいませ」

 キクゾーに続いて、ペンを持ったキロクも軽く会釈した。


「では、さっそくですが、どんな夢の話でしょうか、お話しください」

 キクゾーが聞き取りを始めた。

「はい、えーと、本当に、見た夢の話でいいんですよね?」

「左様ですよ」

「あ、はい。何度もすいません。あの、ですね。海に浮いてたんです」

「海に、ですか」

「そうです。海に浮いてました」

「どんな感じに?」

「どんな感じ?えーと、はい、ぷかぷかと、というか、泳ぐでもなく、海に立ち姿でこう顔だけ出して。波は結構あるんですけど」

 男が両手を横に広げる格好をした。

「昼ですか、夜ですか」

「え?どうだろうな。暗いかな。真っ昼間って感じじゃなかったな。暗い海ですね」

「そこに浮いてるんですね」

「そう、溺れてるわけではないんです。手をこう動かしながら浮いてます」

 広げた両手をゆっくり動かした。

「その時の気持ちはどんな感じです?何を考えてますか?」

「気持ち、ですか?うーん、自分は一体どこにいるんだって、なんで海にいるんだって、周りをキョロキョロ見てます」

「他に誰かいますか?」

「いや、いない。誰も。暗い海にたった一人。魚や鳥も何もいない、です」

「一人で暗い海に浮いてるんですね」

 キクゾーは慣れた口調で話を上手に聞き出していく。さすがだな。


「はい。それで、しばらく波に揺られてるんですけど、このままじゃいけないって思い始めるんです。すると遠くに島が見えてきたので、その島に向かって泳ぎ始めます。とにかくあそこへ行かなきゃって」

「島を目指して泳ぎ始めた」

「はい。それで泳いで泳いで泳いで、何とか島に上陸しました」

 男はクロールでかき分ける動作を見せた。

「どんな島ですか」

「えー、特に特徴のない島というか、砂浜があってヤシの木が生えてて、そこは明るかったなあ。昼になったのかな」

「明るくなった」

「はい、それでジャングルの中に入っていきました。海から見た時は小さな島だったんですが、そのジャングルはとても広くて、奥へ奥へ入って行くんです」

「ジャングルにね。その時の気持ちは?」

「気持ち?えー、やっと上陸できたって嬉しい気持ちと、ジャングルに入ったらまた不安な気持ちになったかな。人の姿はないし、何か出てきたらどうしようって」

 考え込むように腕を組んだ。

「嬉しい気持ちと、不安な気持ち。ですね」

「はい。で、草木をかき分けて歩いてると、いきなりライオンが目の前に現れました。たてがみの立派なオスライオンです。そいつがガーッて大きな口を開いて襲いかかってくるんです。ボクに向かって」

 顔の横で爪を立て、口を開けたライオンのような仕草をした。

「ライオンが襲ってきた。それは大変ですね」

「はい。ボクは食べられちゃいけないって、必死になって逃げました。ライオンがずっと追いかけてくるので、とにかく逃げました。走って逃げて逃げて。薮の中や川の中を転げ回りながら、なぜか足が空回りして、うまく前に進めないんですが、とにかく必死で逃げました。

 ライオンは本当にすぐそこまで来てて、今にも追いつきそうです。何度もライオンの伸ばした手がボクに届きそうになりました。

 でも、なんとか間一髪で逃げ切りました。そこでハッと目が覚めたんです」

 男は小さく二度うなずいた。


「なるほど。怖い思いをしましたね。ご覧になった夢の話は以上ですか?」

「そうです。以上です。こんな話で良かったですか?」

 男が心配そうにキクゾーの顔をのぞき込む。

「はい、十分です。最後にお客さんの星座を教えてください」

 コチコチと音を立てている壁の鳩時計に目をやってから、キクゾーがそう答えた。

「生まれは一月なんで、山羊座ですかね」

「山羊座ですね。はい、ありがとうございました。それではこちらを」

 差し出された木の皿に乗った金貨を男は手に取り、じっと見つめてフンフンとうなずいてから上着の内ポケットにしまった。


 男は少し嬉しそうな顔をして、こう言った。

「夢の話をしただけですけど、なんかいいですね。人が話を聞いてくれるってだけで嬉しい気持ちになる」

「そうですか、そうですか」

「今、仕事のことでちょっと……いろいろありまして」

 キクゾーが相槌を打った時、鉄の扉の向こう側で何か音がしたように思ったが、それっきりだった。

「少し気が晴れました。また頑張ろうかな」

 男はそう言い残しペコリと頭を下げて帰っていった。


「よし、これでまとまった、と。一丁上がり」

 キロクがそう言ってペンを置き、最後にハンコのようなものをポンと押して、記録した紙を引き出しに入れた。


 鉄の扉の向こうはシンと静かだった。

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