6 夢は金貨一枚

 ここに来て数日が経った。


 召し使いの仕事にも少しは慣れてきたように思う。

 今はまだクリに教えてもらいながらだが、要領もわかってきた。


 ここでの生活はというと、食事は決してご馳走は出ないけど、パンやスープは焼き立てや出来立てで充分な量もある。

 寝室も一人一部屋を与えられて、少し狭くてベッドがギシギシ音を立てるけど、夜もしっかり眠ることができている。

 早く家に帰りたい気持ちが強いが、ここにいる間はなんとか一人でもやっていけそうな気になっていた。


 その日、仕事の合間にホールを覗いた。

 お客さんの姿はなく、キクゾーとキロクがテーブルに座り、退屈そうに二人でトランプをしていた。

 壁の鳩時計がコチコチ音を立てている。


 二人はボクの姿を見て、慌ててトランプをテーブルの下に隠した。


「お、おう。キ、キイロかいな」

「ち、ちっとは仕事できるようになったか」


 まずいところを見られた子供のように、二人とも焦ってる。

 ボクは笑いをこらえながら、「はい、なんとか」と答えた。


「働くっちゅうのは大事やからな。なあ」

「そ、そうよ。勤労ってのは大切なんだぜ」


 取り繕うとしている二人の様子が益々おかしい。


「前から聞いてみたかったんですが、ひとつ質問してもいいですか?」

「おう、何でも聞いてや」

「何だって答えてやるぜ」

 二人とも変に威勢がいい。

「この店のことですけど、夢買いますって、どうやって買うんですか?」

「なんや、この店のシステムのことかいな。そんな質問なら簡単なこっちゃ。ワシが説明するまでもない。おう、キロク、説明してやり」

 キクゾーがアゴで指図するように言った。

「偉そうに俺様に指図すんな。こいつ他人の前では急に偉そうにしやがるからな。小心者のくせによ」

「何やと、またそれ言うたな、お前」

「あの崖で足滑らした時もよ、足元でカエルがゲコッて声出しただけじゃねえか。それをよ、腰抜かすくらい驚きやがって。俺の腕掴みやがったから二人して谷底よ」

「何を言うとる。ワシは別にカエルが怖いわけちゃうねん。いきなり鳴きよったから、ちょっとびっくりしただけや」

「ははーん、お前の肝っ玉なんて、こんくらいだろ」

 キロクがそう言って、親指と人差し指をきゅっと小さく丸めて、キクゾーの顔の前に突き出した。


 小っちゃ。


「何を言うとる。アホ言うたらあかんわ。これぐらいはあるわ」

 キクゾーは親指と人差し指を目一杯広げて丸め、キロクの目の前に突き出した。


 大して変わんないけど。


「いや、こんくらいだ。てめえは」

 キロクが丸めた指を片目に押し当てた。

 前が全く見えていない。

「ちゃうちゃう。これぐらいはあるて」

 キクゾーも慌てて丸めた指を片目に押し当た。のぞいた目玉を目一杯見開いてる。


「こんくらいだ」

「これぐらいやて」

 二人でグイグイと顔を付き合わせてる。

「こんくらいだって」

「ちゃうって。これぐらいはあるんやて」

 お互いに引き下がらない。意味のない言い合いと変な格好のにらめっこを続けている。

「あのー」

 声を掛けるが二人の耳に入らない。

「ぜってー、こんくらいだ」

「ちゃう言うとるやろ、これぐらいはあるんや。見えんか、これが」

 まだやり合ってる。


「二人とも、いい加減にしてください!」


 ボクは大声を出していた。

 二人が同時に「え?」と振り向いた。

「いい加減にしてください!」

 もう一度繰り返した。

「わりー、わりー」

「すまん、すまん」

「熱くなっちまうんだよ、俺たち二人」

「そやねん。悪気はないねん、ホンマゴメンやで」

 顔を合わしたらケンカするし、かと言って二人でトランプしてるし。仲がいいのか悪いのか。でも憎めないな、この二人は。


「えーと、この店のシステムが聞きたかったんやなあ」

「そうだ、そうだ。だったら俺から説明するよ」

 キロクが話し出してくれた。

「ここはな、人の夢の話を集めてるんだよ。夢とは寝てる時に見る夢だ。ミランダ様が夢の研究をなさってるんだ」

「夢の研究?ですか」

「そうだ、夢の研究だ。何の為か、目的は俺たち知らない。知ろうとも思わない。余計なこと聞いて、また怒らせたくないからな」

 そうか。また魔術でも使われたら、次どうなるかわかんないもんな。

「余計なこと聞いて地雷でも踏んでみろ。たまったもんじゃない。下手したら一巻の終わりだぞ」

「そうみたいですね」

 石にされちゃう、のか。

「だろう。だから俺たちはできるだけ多くの夢の話を集めるのが仕事。それに徹している。余計なことは一切しない」

「なんかカッコいいですね。プロの仕事人みたいです」

 お世辞を言っちゃった

「おお、なんだって、プロの仕事人だって?嬉しいじゃねえか、なあ兄弟」

「ほほお、ワシらがプロフェッショナルってかいな。そらええな」

 二人が顔を見合わせて豪快に笑った。

 ふふ、単純だな、この人たちは。


「夢の話の内容はどんな話でも構へんねん。実際に見た夢の内容やったらな。それと誕生日の星座を聞いてるわ」

 キクゾーが口をはさんだ。

「星座?ですか」

「そうや、星座や。なんでも夢の内容と星座の関係を調べてるっちゅうて、ミランダ様から一度聞いたことがあるわ」

「夢と星座の関係?」

「そうや」

 二人が大きくうなずいた。

「夢の話、一話につき金貨一枚だ。だが作り話は絶対ダメだぞ。ミランダ様は総てお見通しだ。

 金貨欲しさの末路を過去何人も見た。石にされたり……あー、その、なんだ、他にもいろいろ、ひどい目にあっちまうからな。おそろしや、おそろしや」

 キロクが首を強く振りながら言った。いろんなひどい目か、それは怖いな。

「忙しい日は待合室に順番待ちが出るぐらい来るんやけどな。今日はさっぱりやなあ。こればっかりは予測ができん。待つのもワシらの仕事やねん」

 キクゾーがそう言って、キロクは出そうになったあくびを噛み殺した。


 ふーん、そうだったんだ。夢の話で金貨一枚か。

 お金出してまで夢のこと研究して、ミランダ様って一体何をしようとしてるんだろう。


 その時、コンコンと玄関のドアノックが叩かれた。

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