第38話
気づけば終業式は終わっていた。
もらった通知表の評価もまずまずだったので、気持ちよく休みに入れた。
その夜開放感だけを享受して久しぶりにスマホゲームを深夜までやり続けるなど初っ端からだらけてみたりする。
なんて気が抜けたことをしていたからなのだろうか。
俺は夏休み初日にぶっ倒れた。
ピピピッピピピッ。
「熱はどのくらい?」
「ん~38度8分……かな」
「かな、じゃないわよ。かなりの高熱じゃない! 大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。熱を出すのが久しぶりだから慣れてないだけだよ。千春は俺のことなんて気にしないで出かけて問題ないよ」
寝ていればまだマシだけど、起き上がると頭痛がけっこう酷い。千春に言うつもりはないが。
「薬箱の鎮痛解熱剤だけじゃ駄目なんじゃないの? お医者さん行ったほうがいいと思うんだけど」
「どうせただの風邪だし、医者に行っても総合感冒薬と解熱剤が出るだけだから寝ていたほうが楽でいいよ。ほんと、お前は気にすることは無いからな」
今日は地区戦を勝ち上った柳井たちの県大会初日。トーナメントらしく、2~3日かけて決勝まで戦うらしい。まぁ、負ければそこで終わりらしいが。
なので、余計に千春は応援にちからが入っていたんだけど、関係ないところで俺が足を引っ張る事になっている。
「でも……」
「でもも何も無いよ。お前は柳井の応援に行く。俺は家で大人しく寝ている。それでなんの問題も無いだろう?」
「もしも、もしも結月になにかあったらどーするのよー」
「なんにもないって。ほんとどうにもならなかったら拓海かバイト先の誰かに助け呼ぶし。千春は愛しのカオルくんに精一杯の声援を送ってやれよ」
拓海はともかくバイト先の連中はバイトのシフトを変わってもらうのにグルチャに投稿したら、なにかあったら駆けつけるのも吝かでない旨の言葉を貰っている。なので、もしもの時も安心なのだ。
「拓海くん以外全員女の子じゃない! それもみんな魅力的な年上の女の子!」
「おいおい、そこかよ。まず呼ぶことは無いって。俺も寝ているわけだし。ほら、時間が無いぞ! 早く行ってやれよ」
「…………うん。でも、容態が急変したりしたら絶対に連絡してよね。バイト先の子じゃなくてウチに。ね? 約束して」
「わかった。わかった。何かあったらお前へいの一番に連絡するから。本当に遅刻しちまうぞ! ほら行った、行った!」
千春は何度も振り返りながらやっとのことで応援に出かけてった。大勢いるだろう柳井のファンの中で一番を取りにいかないとならないんだから俺に構っている暇はないだろうに。
まったくつくづく気のいいやつだよ。だけどもしもの時も考えてドアの鍵はフリーにしておく。というかもう最近は鍵なんてかけていないんだけどね。
「さて、解熱剤飲むにしてもなにか腹に入れておかないと。あと水か何か枕元に用意しておきたい」
あまり苦しそうにすると千春が余計な気を使いそうだったので、あれを持ってくれこれを持ってくれとは一切言わなかった。
「ううう。やっぱ水と薬くらいは持ってきて貰っておくべきだったかな……」
起き上がると割れんばかりの頭痛が襲ってくる。立ち上がるのはつらいので這ってキッチンまで移動する。
バナナがあったのでバナナを一本――は食べきらなかったので半分だけ食す。薬箱はキッチン横のシェルフにあったので、解熱剤を取り出しコップの水で流し込む。
やっとのことでベッドに戻ると毛布に包まれて寝ることにする。あまりにも寒いので真夏だというのにベッド下収納にあった毛布を引っ張り出したのだ。
「辛すぎ……」
いつの間にか気を失うように眠ってしまったのだろう。暫く経って意識がうすぼんやり戻ってきた。
覚醒には至らない微睡みというものなのだろうか。
誰かが俺の頭を優しく撫でている気がする。髪の流れに沿って優しく、ゆっくりと。
こどものころ熱を出すと母さんがこんな風に看病をしてくれたのを思い出した。
大丈夫だから仕事に行ってもいいよと俺が言っても決して俺を一人にはしなかった。俺が良くなるまでつきっきりで看病してくれた母さん。
「母さん……」
意識がだんだんとはっきりしてくる。
(あれ、本当に頭を撫でられているみたいだけど……。気の所為じゃない?)
発熱に拠るのか自分の熱い息を感じるようになって、急速に覚醒していく。
「だ、だれ?」
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