第36話
俺と我が姉君との再会は4ヶ月ぶり程度なのだが、これと言って感慨深いものにはならない。
この世にたった二人きりで遺されたとはいえ、既にあれから何年も経っているし元よりベタベタした姉弟関係でもなかったからね。
それに一応は狭い周期でお互いの近況ぐらいはメッセージでやり取りしているので、お互いの状況くらいはおおよそ把握している。
つまり何が言いたいかというと、せっかくうちに招いたというのに俺をほったらかしで千春とばかり喋っているのでとても手持ち無沙汰になっているということ。
べ、別に構ってほしいとは思わないけど、ガン無視に近いくらいに俺が空気化しているのは解せないってだけだからねっ。
「ねぇ、千春ちゃん。このアイシャドウってどうやって入れればいいの?」
「これはですね、沙月さん」
「ちょっと待って、私のことは沙月お姉ちゃんって呼んでくれたら嬉しいかな」
「え? お姉ちゃんって呼んでいのですか?」
「いいに決まっているじゃない。今は仮にでも千春ちゃんは義妹なんだから!」
「えへへ、お姉ちゃん!」
「うわぁかわいい! こんな可愛い妹か欲しかった~」
悪かったな! 可愛くない弟で!
「あら、ゆっちゃんが拗ねているわよ」
「あれって結月が拗ねている時の行動なんですか?」
「そうなのよ。ほら、片手でスマホを忙しなく弄っているでしょ? 普段はあの子、スマホは両手で操作するのに拗ねているときは片手だし、指も忙しなく動かすの。覚えておくと便利よ」
「へーべんきょーになります!」
「煩いな。俺のことは放っておけよ」
だんだんイライラしてきた。
「放っておいてほしくないから、拗ねているくせに。あなたは小さい頃から変わらなのね。うふふっ」
ぐぬぬ……。ここで自室に籠もったらそれこそ拗ねていることを認めるみたいで嫌だ。千春にこんな姿を見られるのもこの上なく恥ずかしい。
ちくしょう。だから姉ちゃんをうちに呼ぶのは嫌だったんだよ。
7つも違うとどんなに反発しても俺のことを手玉に取ってうまいことコロコロコロがしてくる。そして俺は反抗することも出来ず姉ちゃんの手のひらから逃げられない。
もう子どもの頃から染み付いた習慣なのかどうにもすることが出来ない……。
「はぁ……。もういいよ……。俺のことも構ってください、話しかけてください、一緒にいさせてください……。これでいいだろ? もう参った。降参、白旗パタパタ」
そう。いつまでも意地を張るともっと深みにハマって弄りまくられるのだ。
早々に認めて諦めて辱めを受けるのが手っ取り早いんだ。情けないけど。
「まったく。ゆっちゃんは相変わらずかわいいわね。男らしいゆっちゃんも好きだけど、可愛らしいゆっちゃんも大好きよ」
「……ぐぬぬ」
姉ちゃんは今風呂。
今夜の寝床は千春が自室で、姉ちゃんは俺の部屋で、俺はリビングのソファーで寝ることにした。姉ちゃんと一緒の部屋で寝るのには流石に同じベッドはありえないし、かと言って余分な布団も無いからな。
「お姉さんってすごく面白い人だよね」
「ああ、否定はしない。一見ポワポワした雰囲気なのに冗談を言ったり人の言葉に突っ込んだり。要するにお前と一緒の陽の人なんだよ」
「結月もいじられていたもんね」
「……」
できればその話題には触れたくない。自分の情けない姿の話なんか誰が喜んでするものか。
暫くは千春にも弄られおちょくられることなんだろうな。ものすごく気が重い。
姉弟である姉ちゃんにやられるのと仮でも妻な千春にやられるのではダメージの差が大きすぎると思うんだ。
「安心して。ウチはお姉さんみたいな弄りはしないからね。あれは姉弟だからいいんであってウチみたいな他人がやっては結月に失礼だもんねー」
「えっ?」
「なになにー⁉ ウチにもおんなじよーに弄られると思っったのかなぁ―? ウチは良い子なのでそーゆーことはしないです! えへんっ」
「あーえっと……。さんきゅ」
こういう懐の深いところが長女の余裕ってやつなのだろうか? 悔しいかな、こんなところも姉ちゃんと千春の共通点だったりする。
こうして騒がしくも楽しかった姉ちゃんの訪問は終わり、翌朝姉ちゃんは東京に帰っていった。
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