第35話

「は、はじめまして。杜崎千春と申します。結月くんにはいつもお世話になっております。よろしくお願いします」


 ガチガチに緊張している千春。俺にお世話になっているってなんのこと言っているのやら。こっちの方こそ世話になりっぱなしだろ?


「あら、ご丁寧にありがとう。こちらこそよろしくお願いしますね、結月の姉の沙月さつきです。ゆっちゃんのことお世話してくれてありがとうね」


 俺の姉の相馬沙月が深々と頭を下げて千春に礼を述べる。


「いやいやいやいや! 頭を上げてください! ウチなんて大したことしていないです。いつも結月に助けられてばっかりですから」


 助けられたことならいくらでも例を挙げられるけど、千春を助けたことなんか俺にあったっけ? 覚えていないな。


「まあ兎に角ふたりとも落ち着いて。まだ三者面談まで時間あるし、ジュースでも飲む?」


 二人してジトッとした目で見てくるんだけど、なんで?




 使いっ走りさせられて、姉ちゃんにはコーヒー、千春と俺はフルーツオレを買ってきた。


「おまたせ。ほい、姉ちゃんはコーヒー。千春はこっちな」


「ありがとう。前はぜんぜん自分で動かなかったくせに買ってきてくれるようになるなんてびっくりだわね」


「そうだっけ? ま、俺も大人になってきたってことじゃね?」


「そういうことにしておいてあげるわよ。さっきゆっちゃんがいないときに千春ちゃんと話したんだけど、お盆休み二人で東京にいらっしゃいな」


 話をするのが早いな。もう東京行きの話をしたのかよ。千春はちょっとがっつきすぎじゃね?


「テヘッ」


 まあ、話してしまったことを咎めても仕方ないので構わないけどさ……。


「でも姉ちゃんのあの部屋に3人はきつくないか?」


 姉ちゃんが住んでいるのは1DKロフト付きの東京らしい狭い部屋だ。布団だってそう何組も持っているわけじゃないだろう。


「初日は仕方ないとして、二日目からはあなた達二人だけだから問題ないでしょ?」


「? 二人だけって姉ちゃんはどこに行くんだよ」


「私はかずくんのところに行くのが決まっているから大丈夫。そのあと和くんのご実家にも行くから盆明けまで帰ってこないわ」


 和くんというのは姉ちゃんのカレシ。来年には結婚するっていうから婚約者でいいのかな? めでたいな。俺にも兄貴ができるってことだよ。


 って、話をそらしている場合じゃない。一日だけ一緒にいて出かけちゃうだと?


「俺らのこと放置かよ」


「あなたたちは高校生ですもの。多少のことは自分でなんとかできるでしょ? あ、お仏壇の世話は忘れないでやってちょうだいね」


「うわぁ~ウチらだけで本当に東京で暮らしているみたいな事ができるんですね!」


「なに喜んでいるんだよっ? 地理もわからんのにどうすりゃいいんだよ?」


 まあ、その他いろいろと言ってはみたものの暖簾に腕押しで姉ちゃんには軽くあしらわれてしまう。


「スマホ持っているでしょ? それで地図でも開いてナビゲーションしてもらえばどこにでも行けるわよ」


「それを言われると何も言えなくなるけどさ」


 仕方ない。

 そう決められてしまったら後はなるようになるだけ。

 東京でも千春と二人暮らしになるとは考えてもみなかったけど、今同居している延長だと考えればただの日常でしかないな。




 三者面談だけど、幾つかのお小言はユミちゃんに頂いたが、成績も優秀な部類にあるし、問題行動はお小言の範疇に収まっていたので案外とすぐに終わった。

 おおらかな校風に助けられた形かな。授業中のスマホゲームについてだけ次はないと思っておきなさいとユミちゃんにきつく言われたけど。


「授業中もゲームとはね。ゆっちゃんはまだゲームばかりしているの? お家でも千春ちゃんのこと放っておいてゲームばかりしているんじゃないでしょうね?」


「ん~最近は殆どゲームなんてしていないかな。スマホゲーをちょこっといじるくらい? テレビにゲームを繋いでもいないくらいだよ」


 引っ越す前はリビングの大型テレビでゲームする気満々だったのだけど。

 実際に千春と暮らし始めたらゲームしているより、千春とくだらない話でゲラゲラ笑っている方が面白いんだもんな。

 自らの変わりようには呆れというか驚きというか、お口あんぐりとしか言いようがない気がする。

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