第32話

「アンタって勉強はできるの?」

「藪から棒になんだよ。そこそこはできるけど、それがなにか?」


「期末テストじゃん。一緒に勉強でもできないかなって思ってさー」

「それくらいなら構わないぞ。中間でお前はどのくらいの順位だったんだ?」


 こいつのことだから平均よりちょっといいくらいかな――なんて思ったわけよ。


「中間は15位だったかな」

「……下から?」


「上からに決まっているでしょー‼」

「まじかよ……」


 俺より上じゃないか? 俺が中間で22位。たかが7つ差だけど負けは負け。

 千春みたいに好きな格好をするにはそれなりの成績を残さないと自由度は相当低くなるって話だもんな。金髪のままが許されているということはそういうことか。


「ナニ? もしかしてウチよりも順位下だったの?」

「煩いな。そんなことよりもいつからやるんだよ。あとテストまで10日くらいだぞ」


「今日からやろーよ。まずウチの苦手な英語からどうかな?」

「おっけ。じゃあ教科書持ってきてリビングでやろう」



 いざ勉強を始めるとお互いに黙々と教科書とにらめっこを始める。

 俺も大体いつも一人でいるのでこういった黙々と作業を熟していくのは苦痛でない。むしろこっちのほうがやりやすい。


「分詞形容詞って偶に訳わかんなくならない?」

「あれか。現在分詞と過去分詞のどっちがどっちだかわからなくなるやつ」


「そう、それ。分かる人にはなんてこと無いみたいなんだけど、ウチは迷っちゃうんだよね」


「修飾なのか進行形なのか。修飾なのか受動態なのかってやつだよな。腑に落ちるまでは迷うかもな」


 俺も英語は得意な方じゃないけど、なんとなくそこら辺は納得できている気がする。


「あれ? 教えてくれるわけじゃないんだ」

「教えてやれるほど俺もできないからな」


「じゃあ一緒に頑張ろう」

「ああ、一緒に頑張ろう」


 こういうとことで『どうしてよ?』とか『なんで教えてくれないの』ってならないのがいいよな。

 やってもらうのが当たり前じゃなくて、共にやっていこうという姿勢がとても心地良い。

 先日の試合応援みたいなわがままも偶にはいうけれど、それでも一方的な物言いじゃないからこっちとしてもイライラすることもない。


 なんていうか、とっても丁度いいんだよな。千春って。


「アンタって保健体育とか得意そうよね」

「自慢じゃないが、まったくできないぞ。平均点をやっと超える程度だ」


「なんで?」

「保体の座学なんてクソつまらないからな。だいたい授業中はスマホでゲームしてる」


「アンタってしっかり者なのかだらしない者なのかどっちなんだかわからない時があるわよね……」


 こんな調子で期末テストの前まで一緒に切磋琢磨していた。切磋琢磨……したかな。まあしたことにしておこう。



 テストの結果だけど、まあまあいいところまで行けたかと思う。

 順位は22位から17位まであげた。千春の方も調子良かったみたいで、順位を12位と上げていた。ちょっとだけあいつとの差が狭まったので俺は満足。



「気づいたら一月超えてしまっているんですけどー」

「そうだな。期末テスト直前だったし、他のことなんか考えている暇なんてまったくなかったもんな」


 結婚シミュレーションが始まって一月経つのはあっという間だった。気づくとその一月もとっくに過ぎていて、今日で一月と10日。


「やーだー‼ つまんない~お祝いとかしたかったのに~」

「お前だって忘れていただろ?」


「そーだけどー! なんかしたいー」

「ん~じゃあ、結婚シミュレーションの一月経過とテストの結果が良かったのを記念して外食にでも出るか?」


 千春とは昼飯をハンバーガーショップでとるとかは良くあったけど、夕飯はだいたい千春が作ってくれるし、バイトのときは俺だけが外で食ってくることになる。

 だから、夕食をちょっと良さげなお店で、なんていうのはどうかなと思って提案してみた。


「焼肉屋は嫌だよ」


「それはまた今度でいいよ。そういうんじゃなくてちょっと洒落たとこなんかどうかと思うんだが」


「洒落たとこってどういうの?」


「イタリアンとか?」


「さてはサイ◯リヤに連れて行く気だな?」


「ちげーよ。トラットリアなんとかとか、リストランテかんとかとかいう洒落たとこ言っているつもりなんだけど」


「なんとかかんとか言っている時点で洒落ていないんだけどー」


 ちょっと前までカップ麺が夕飯だった男だぞ。お洒落とは程遠い存在だったからな、難易度高いんだよ。

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