第26話
その男はゆっこのシフトが入っている日には必ず来店していたようだ。俺が出勤していない時の話も他のバイトから聞いていた。
で、ある日。その男がゆっこのことを外に誘ったみたいだ。
ゆっこにはそんな気がなかったみたいで、即刻誘いを断っていた。あくまでもゆっこからしたらその男も仲のいい常連さんのお客の一人でしかなかったわけだ。
ゆっこも陽キャ女子だし、そういうこともよくあるんだと思う。その頃の陰キャな俺にはよくわかっていなかったけどな。
その日のバイトも恙無く終了し、締めをその頃から任されていた俺はバイトのみんなを送り出してから、最後の片付けをしていた。
一人暮らしだし、まかないも貰ったので腹も満足状態だったからいつもよりのんびり締め作業をしていたと思う。急ぐ用事も皆無だったしな。
そのとき「なんですか‼ 止めてくださいっ」って声が聞こえた気がした。
気の所為だと思って、スルーしていたんだけどそのうち悲鳴も聞こえてきたのでただ事じゃないって慌てて声の聞こえた店の裏口に向かったんだ。
裏口を開けて外に出ると、声の聞こえる方に足を向けた。
店の裏口の先は雑居ビルがあって、ちょっと薄暗い感じなんだけどそこまで危険な感じはなかったんだ。でもその日は違っていた。
「ほんと止めてください! 人呼びますよっ」
「呼べるものなら呼んでみなよ。ゆっこちゃんのスマホはほら、おれが持っているしね。ぐふふ」
その会話で、迫られているのがゆっこで迫っているのが誰だかわからんが男だって理解した。これはチンタラしていられないって急いだ。
「おい! あんた何してるんだ⁉ ゆっこ、こっち来られるか?」
「うん、ゆっきー助けて」
ちなみにゆっこは俺のこと『ゆっきー』と呼ぶ。ゆずきだからだと。どうでもいい話だった。
「さて、あんた。だれ? ゆっこになんの用事?」
「煩い! ガキは黙っていろっ」
俺は黙ってゆっこの手を引き店に戻ろうとした。
「てめぇ、どこ行くつもりだ⁉」
「黙っているろってあんたが言うから、黙してゆっこを連れ戻してんだけど? なにか?」
「っっざけんなぁ‼ こっちは食いたくもないスウィーーツ食ってまで通い詰めたんだ。誘いにくらい付き合っても文句はないだろうがっ」
Sweetsの発音が妙に良くてちょっと笑いそうになった。
「あ、あんたあれだ。ゆっことよく話していたフルパン男子だな!」
フルパンとはフルーツパンケーキのことで、季節のフルーツをふんだんに使って生クリームでデコレーションしている俺もホイップするのに手を貸す極上のスイーツの一品だ。
「だから何だというのだ」
「え? 店の防犯カメラにバッチリ写っているだろうからけーさつに被害届出すの簡単だなーって思ってさ」
「うっ……。け、警察に言うのか?」
「あんたがここで引いて、二度と現れないって言うなら言わない。あと、ゆっこのスマホ返せ」
「ちっ」
「ち?」
「チクショー」
そいつはゆっこのスマホを俺に投げつけて走って逃げてしまった。
ゆっこのスマホは俺の額に見事に激突して、俺のおでこには暫く赤い一文字の跡がしばらく残っていた。すごく痛かったけど、お陰でスマホは壊れずに取り返せた。
「いててて……。ったくよー、ムカつくな。ゆっこ、平気?」
「……うん。ゆっきーありがとう」
「じゃあ気をつけて帰ってね」
「え? ここは家まで送ってくれるところじゃないの?」
「なんで? 今俺締めている最中だし、こんなので残業つけたらママに怒られちゃうじゃん」
「……じゃあ、待っているから早く締めてきて。で、送りなさい」
さっきの男よりも怖い目してそんなこと言ってくるから、断るに断りづらくて仕方なくゆっこを家まで送って帰った。
俺んちとは反対方向だったのですごく嫌だったけど、嫌だって言うと不機嫌になりそうだったんで我慢する。
「ゆっきー、上がっていく?」
「いや、帰るしいいよ」
「あたし、一人暮らしなんだ」
「へー奇遇だね。俺も一人暮らし。一人って気楽だけど全部自分でやるようだから大変だよなー」
「そういう意味じゃないんだけど……」
「どゆこと?」
なんてことがあった後のクリスマスのちょっと前に告られたんだったよな。
クリスマス前のくっそ忙しい時期に何つまらない冗談を言ってくるのかとちょっと呆れちゃったのを覚えている。
※
今年はこれまで。
お読みいただきありがとうございます。なかなか読んで頂く機会が得られず若干凹んでますけど、なんとか終わりまでは続けられるように頑張ります。
新年度は少し更新が遅れるかもですがご容赦ください🙏
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