第15話
2週間なんてあっという間に過ぎてしまった。
千春とはデートしたり、買い物したり、デートしたり、ちょっとだけ中間テストの勉強をしたり、デートしたり。
デートばっかりじゃないか!
悪いが、俺も女子とのデートくらいではあたふたはしないからな。バイト先の同僚と偶にでかけたりしてデートだの何なのと宣われたことは何度もあるから慣れている。
中間テストでバイトがない日の放課後といえばデートやら勉強会に誘われて、その後に千春の手料理をいただく。
休日もゆっくりすることなく、バイトの空き日に千春が我が家に来てしまったり、または俺が千春の家に行ったりと休む暇もない。
僅かな空時間にするスマホゲームが唯一の暇時間かもしれない。
そして先日の日曜日はとうとう千春の親とエンカウントしてしまった。これだけの回数を訪問していれば何時かは顔を合わせるだろうと思っていたので意外と慌てなかった。
「は、はじめまして。相馬結月と申します。えっと、千春さんとは今度の結婚シミュレーションで夫婦をやります。挨拶遅れましたが、よろしくお願いします」
「まぁまぁ! ご丁寧にありがとうね。こちらこそよろしくお願いしますね。私はママの千景で、こっちのムスッとしているのがパパの由伸です」
お父さんは怒っているわけではないらしいが、やや拗ねた感じでどうも俺の存在は面白くないらしい。シミュレーションとはいえ男が娘のもとに来れば男親なんてこうなるんだろうな。
お母さんは最初見た時、まじで、千春の姉ちゃんかと思った。それくらい見た目が若い。一昔前に美魔女なんて言葉が流行ったらしいが、まさにそれだと思ったぐらい。
そのことをお母さんに言ったらとても機嫌がよろしくなったので、言って間違いではなかった模様。
ちなみに弟さんは晴くんという。すごく恥ずかしがり屋なそうで、ちょっと挨拶したらすぐにいなくなってしまった。うん、いいな。かわいいぞ、弟。
今度住むマンションにはシミュレーションの始まる3日前に俺が他の入居者に抜きん出て先に入室した。そもそも引っ越しの都合上、ひと足お先の入居となったのは仕方のないことだった。
この俺たちのうち――正式名称は高等学校等における若年者の疑似的な婚姻環境を体験する特別学習プログラム専用住戸――は、地上10階にあるのでなかなかの眺め。
俺の自室は窓もないので眺望はゼロだけどね。リビングから見た夕日は圧巻だったな。誰かと勝負もしているわけでもないのに勝ち組って感じがした。
「さて飯は、交差点の角にあった定食屋でいいかな。もう、インスタントラーメンも作る気力ないし」
引っ越しというものはべらぼうに疲れるものだよな。俺は今回で2度目の経験だけど、もうしたくないと思ってしまう(年末には絶対にまた引っ越しなんだけど)。
住所変更とか本当に煩わしい。こういうのをスマートにこなせるのがオトナなのかもしれない。なら俺はコドモで結構だと思うよ。
夕日もだいぶ傾いてきたのでさっさと飯にありつくことにする。定食屋まで徒歩5分なのはとても便利。
今日の夕飯のメニューは豚の生姜焼き定食。もちろんご飯は大盛り。
「いただきます。ん、美味い……な。濃いめの味付けにガツンとくる生姜の風味、いいね。いいんだけど……物足りないな」
ここ2週間の俺の食生活はだいぶ、否、かなり改善されていた。
朝は、いつもどおりのトーストとコーヒーなのは仕方ないとして、平日の昼は拓海に『愛妻弁当』と揶揄された手作り弁当で、夜は週4で千春が手ずから作る食事をいただいていた。
そうなると俺の舌は完全に千春の味を覚えてしまい、それ以外に違和感を覚えてしまうほどになってしまっている。
「これが世にいう【胃袋を掴まれる】ってやつなんだろうか?」
週3あるバイトの日に出るまかないもかなり美味いのだけど、やっぱ違いを感じてしまう。
毎日カップ麺だった男が何をいっているんだ、と思われるかもしれないが事実違和感があるのだから否定できないだろ?
ピコン♪
メッセージ着信。
こまめにメッセージを寄越してくるのは千春しかいない。拓海なんて月に1回あるかどうかのレベルだし、俺も似たようなもの。
『ウチも明日入居するね! 放課後、引っ越しと片付けは手伝ってくれる?』
どうせ旅行鞄幾つかだって言っていたから余裕で手伝うつもりでいた。
俺は「OK」とだけ送り、残りの生姜焼きの処理に取り掛かった。
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