第16話
「そーいえば拓海ってどこ住みになるん?」
「鳴坂下の駅から5、6分歩いたところにあるアパートだよ。メゾネットタイプだから意外と広いし、戸建てみたいだぞ。昨日見てきたんだ」
「へー。高等学校等における若年者の疑似的な婚姻環境を体験する特別学習プログラム専用住戸にもいろいろあるんだな」
「よくその名称覚えたな。ふつうシミュハ(ウス)とかシミュ家とか略してないか?」
そっちのほうが俺には初耳だな。
俺も千春もあの家のことは『住むとこ』とか単純に『うち』て呼んでいるもんな。
「じゃ、自転車通学で今までと一緒なんだな」
「そーだな。結月はどこ?」
「ああ、あれ。グラウンドから駅の方を見るとでっかいマンション建っているだろ? あれの10階」
「なにげにいいところに住むんじゃないか。朝の目覚めは朝日でってか?」
「俺の部屋は窓ないから朝日なんかじゃ目は覚めないぞ。そっちは千春の部屋だな」
そもそも南南西向きの部屋だから朝日は差し込まないんじゃないか? わかんないけど。
「なになに。杜崎にいい部屋強奪されたのか?」
「そんなことねぇよ。ちゃんと話し合った結果だ」
千春は自己主張が強く、強引で自分勝手なイケイケのビッチギャルという印象を一部の人間から持たれているみたいなので、せめて拓海だけでもと真実を伝えてある。
なので、この強奪云々は拓海の冗談に過ぎない。
「話の最中にごめーん。結月、ちょっといい?」
「ん、千春。だいじょうぶ、なに?」
千春は珍しく眉尻を下げ申し訳無さそうな顔をしている。
「あのね。今日の引っ越しだけど、思いの外荷物が多くてね………。一往復じゃ終わりそうにないの」
「だから?」
「二往復は確実で、もしかしたら三往復もありうるから、ちょっと迷惑かけちゃうかなーって」
「そんだけか? 気にするなよ。どうせ徒歩10分程度だし問題ないだろ? 気にするな」
深刻そうな顔してきたからなにかやばいことでも起きているのかと思ったよ。なんだ、ホント大したことじゃなかった。
「ありがとう……」
「どってことないさ。もしどうしても荷物が多いなら、用務員のおっちゃんにお願いしてリヤカー借りてきてやるぞ?」
グラウンドの隅に植わっている木の落葉なんか集めるのに使っていた気がするんだよな。あれ借りれば一発なんじゃね?
「結月っておまえ、なにげに優しいよな。なんでそれでモテないんだろうな」
「うるさい拓海。これくらいは当たり前だろ? 一緒に暮らすんだから協力するのは当然だろ」
俺は俺、アンタはアンタで知らぬ顔。なんてことは俺にはできないね。本当に嫌なら最初から断る方向でしか動かないよ。
「ほんとありがとー。じゃ、また放課後ね」
「おっけ。リヤカーいるなら先に言ってこいよ。おっちゃんのとこ行ってこないとだからな」
「やっぱリヤカーあって正解だろ?」
「だねー。思っていた以上に荷物あったよー」
千春のお家で荷物をリアカーに積み込んで、二人でマンションまでリアカーを引いているところ。
街中をリヤカー引いて歩くのはやや目立つが、どうせ一回コッキリなんだからいちいち気にしないことにする。
「結月ってさ、この学習プログラムに乗り気じゃなかったじゃない? 今もそうなの?」
「んー確かに乗り気では無いかな。でもやるからにはきっちりしたいと思うし、お前ににも迷惑はかけるつもりは無いよ」
「そうなんだ。でも嫌だったらはっきり言ってね。言わないで我慢するなら言ってもらったほうがウチも嬉しいかな」
「おっけ。そこはそうさせてもらうさ。でも、まあ。嫌って言うのとはちょっと違うから大丈夫だと思うよ」
「そうなんだ。やっぱり言えないことなの?」
なんだか秘密主義みたいで自己嫌悪入りそうだけど、話すと逆に聞いた側が落ち込むパターンが多いからな。
「もう少し慣れたら話すよ。それまで待って」
「うん。わかった。あ、着いたね。やっぱり1回で運べたほうが楽でいいね!」
「だろ? リアカー様々だぞ」
「じゃあ、荷物を部屋まで運び込もうか!」
「あ……。これ、一つずつ持って10階まで上がるのか……」
千春の家から移動するのに15分だったのに対し、エントランスホールから部屋に荷物を搬入するのは70分ほどかかった……。
「台車も借りてくりゃよかったかも、な」
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