第14話
「褒め過ぎだよ、ばか。でも、嬉しいかなー」
「少しだけ体験学習が楽しみになってきたよ」
「少しだけなんだ。ウチと一緒に暮らすのは食事のためだけっていうのは寂しいかな」
「ごめん。そういうつもりで言ったわけじゃないんだけどさ」
今日一日千春とともに時間を過ごして、存外に悪くないなって思ってしまった。
ただ、この気持ちを深めるには躊躇がある。
それはあくまでも俺次第。今の考えが改まるとは思っていないけれど、単にまだ答えを出すには早計なだけかもしれない。
「どうしたの、結月」
「ううん。なんでもない。ごちそうさまでした。すごく美味しかったよ。大満足だ」
「それは良かったよー」
「洗い物は俺がやるな」
「いいよ、あとでやるから放っておいていいよ。どーせ弟の分とかも後でやるんだし」
お言葉に甘えて、お願いすることにした。食って直ぐっていうのも申し訳ない気がするが、そろそろお暇の時間かもしれない。
弟さんが、ドアの向こうでソワソワしていてこっちも落ち着けない。
「じゃね。また明日」
「おう、ほんとごちそうさまでした」
「あ、そうだ。連絡先の交換をしておこうよ」
「おっけ。えと、どうやるんだこれ」
スマホのチャットアプリでIDの交換用二次元コードの出し方がわからない。前回ID交換したのは拓海とだいぶ前にしただけなので覚えていない。
「ウチのを出すから、結月は読み取りだけでいいよ。ほら」
「読み取りはこのマークをタップすればいいんだよな……できたな」
ほとんど空っぽに近い俺のアドレス帳に杜崎千春の名が登録された。
翌朝学校に行くと思いの外普段と変わらない光景だった。
あっちこっちで婚約者同士のいちゃつきがあったりするものだと思っていた。けど、よく考えたら殆どのカップルは昨日会ったばかりだろうし、そもそも拓海のように他校に相手がいる場合なんか、普段の行動はそう変わらないだろうな。
「おはよ。拓海」
「ん。おはーっす、結月」
拓海はスマホとにらめっこしていてこっちに一瞥も与えてこない。
「何をやっているだ? 新作のゲームか?」
「違う……」
「じゃあ何やっているんだ? そんなにスマホを眺めて――動画、見ているのか?」
音も出さずに動画を見ているのかもしれないと聞いてみたのだが、拓海の反応は芳しくない。
やけに難しい顔して、眉間にしわが寄っていたりする。
「まじでどうした?」
「彼女からのメッセージが………………こない」
カップリングした彼女か。昨日の今日でもう無視されているのか?
「拓海からはなんて送ったんだ?」
「オレからは送ってないよ」
「送れよ! じゃあ返信がなくても仕方ないだろ? まずお前からなにか送れよ」
何もしていないのに待ちの姿勢はやめろって。
「なんてメッセージを送ったらいいのかわからないじゃないか‼」
「知らねーよ。そんなことでキレるな。おはようでも昨日はありがとうでもなんでもいいだろ」
「あっ、そっか。おはようって送ってみるよ」
拓海がメッセージを送って1分後くらいには返信があった。その後はちょこちょこメッセージを送り合っている。
ホントこいつ、コミュニケーションが下手すぎなんだよな。
「結月、おはっ! 何してるのー?」
「おう。おはよ、千春」
陽キャなお友だちと朝の触れ合いを楽しんでいたみたいなので、声をかけるのを遠慮していたけど、千春の方から挨拶してきた。
「あのさ、あれ。拓海のお相手サンにメッセ送るのにすったもんだしているからちょっと尻叩いてやっていただけ」
「へ~すごいね。結月もそうゆうアドバイス的なのできるんだ」
仮性陰キャでも別にコミュ力ゼロなわけじゃないからな。拓海程度のやつの尻を蹴るのは造作もないさ。そう、ただ急かすだけなら誰でもできるからな。
「さすがにアドバイスまではできないさ。そこまで俺も経験値稼いでいないし」
「そうなの? 意外と結月ってコミュ力ありそうだけど。ウチともすぐ仲良しだし」
それは千春がコミュ力おばけでグイグイと引っ張るからだろうと思う。俺なんて大したことはないよ。
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