第2話

 程なく俺のところにも冊子が回ってきた。それは可愛らしい淡いピンク色の表紙に似つかわない仰々しくもいかめしい文字が並ぶちょっと厚みのある冊子だった。


 ”

 内閣府晩婚化未婚化特化対策ワーキンググループ特別施策

 内閣府特命担当大臣(人口減少対策担当)及び関係閣僚会議策定

 厚生労働省労働人口減少対策推進協議会基本方針準拠

 文部科学省少子高齢化社会対策審議会監督監修


【高等学校等における若年者の疑似的な婚姻環境を体験する特別学習プログラム】

 ”


 表紙の真ん中に描かれた教会の前で祝福されている新郎新婦のデフォルメされたイラストもこの字面のインパクトには勝てないらしい。


「漢字多すぎ。なんかとてつもなく胡散臭いよな。拓海もそう思わないか?」


「そんなこと言うなよ。もしかしたら運命の彼女ができるかもしれない夢の体験学習プログラムだぞ」


 拓海は普段から彼女がほしいと煩いのだが、そこまで彼女がほしいなら自ら周りにいる女の子たちに声をかければいいのではないかと俺は常々思っていた。


「そんなんフラれたら立ち直れる自信ないし」


「振られるのが怖いから声さえ掛けられないというのか? お前はヘタレなのか? そっか、ヘタレだったな。スマン」


「ぐぬぬ……。お前にだけは言われたくない」


 ヘタレについては実際にそうなので拓海も正面から否定はしてこない。だけど俺にだけは言われたくないってなんのさ。


「はぁ、俺はホントこんな体験学習には興味ないしめてほしいんだけどな」


「結月はマジで彼女とかいらないのか?」


「マジだ。仮だろうと疑似だろうと嫁どころか彼女だって遠慮したいところだな。俺はソロプレイが好きなんだよ」


 血の繋がった親族でさえ問題を抱えることがままあるというのに元々は他人である『彼女』や『妻』と何らトラブルもなく過ごしていくビジョンがみえないというのが今の俺の価値観。

 さっきまでやっていたゲームもソロプレイ。MMOが隆盛の中あくまでもソロプレイに拘っている。独りが気楽でいい。


「そんなんだから結月は女の子どころか男子の友だちも少ないじゃないのか?」


「うっさいわ拓海。それだけはお前に言われたくないぞ。どのみち俺にはおまえぐらいいれば十分なんだよ」


「えっ⁉」


 見つめ合う俺と拓海。世界が止まる感覚……。頬を染める拓海は――


「うわぁ、結月のデレなんて需要ないからな? オレは要らないし‼ のーせんきゅー」


 呆れる拓海。こちらこそお断りだけど悪いが俺もいちいち意に介さない。いつも通りである。



 実際、俺には友だちが少ない。


 だからといって――孤高を貫く者は他者との関わりを断つことが多いが、俺はそこまで極めたタイプでもない。

 また、いわゆる本職の陰キャのように殻に閉じこもるがために他者から隔絶されるようなこともない。


 拓海のように気のおけない親友は他にはいないが、グループ行動をするに当たってあぶれるようなこともない。つまり最低限の協調性やコミュニケーション能力は持ち合わせているってこと。


 広すぎず狭からず振る舞うのが俺の定位。来るものをあえて拒むことは余程のことがない限りしないが、去るものをわざわざ追うこともしないのが俺の原則だ。

 拓海に言わせると、誰かと深く繋がるのを避けているだけに見える、らしいけどね。よって俺は仮性陰キャだってさ。意味わかんね。


「人のこと友だちがいないように言うけどさ、拓海だって友だちいないだろ。おまえが俺以外のやつと楽しそうに話しているの見たことないぞ」


「あぅ……。それはいいっこなしだぜ。オレだって話しかけようとは思っているけど、何を話したらいいのかわかんないんだよ」


 実は拓海こそ本職の陰キャなコミュ障だったりする。本人は改善する気があるみたいなので俺も応援はしているところ。


 ただこんな調子で彼女が欲しいと言われても現実味がないっていうのも事実だと思う。

 拓海が悪いやつじゃないことは自分が親友として付き合っているのだからよくわかっている。ただ、これで本当に結婚シミュレーションがうまくいくかは別の話。


「拓海の世話を焼いているほどの余裕が俺にあるかわかんないけど、なにかあれば相談には乗るからな。なんとかおまえがいい人とマッチングできるように祈ってやるからさ」


「えっと。なんかありがとう?」


※―※

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