第4話

 泥まみれになりながら、空を見上げている。

 一歩外へ出ればこんなに気持ちがいいのに、どうして僕らはいつも、中に中にと行ってしまい、取り返しがつかなくなるのだろうか。

 「なあ、利久。」

 「…あ?」

 口汚くそう言っているあいつは、ちょっと強がっている。どうして、利久は、辛かったんなら辛かったと言ってくれればよかったのに、僕は、お前を、邪険になどしなかったのに。

 「放っとけよ、悪かったな。早苗ちゃんのことは、悪かったって。これ、俺と早苗ちゃんの中で終わってる話だと思ってたから、でもお前、早苗ちゃんと結婚しただろ?俺、味方いなくなったって思ったんだ。俺、本当に誰のことも好きじゃない。そういう感情が、分からない。多分ない。でも一人が嫌だったから、俺だけ、どこか分からない場所に置いてけぼりにされるのが嫌で、りほを傷付けてしまった。」

 そこまで分かってんなら、するなよ。僕は、利久のことを捨てないって、分かるだろ?そもそも捨てるって何だよ?そんな発想もねえよ。頭がおかしくならない限り、何の疑問もなく僕らは友達でいられたはずなのに、どうして、なのだろうか。


 「ピンポーン。」

 「はい。僕、出てくるね。」

 「ごめん、よろしく。」

 早苗は、最近疲れていたから僕が、できる限りのことはやっていた。

 けれど、誰だろう。こんな夜遅くに、まさか、利久?

 「来ちゃった。」

 「…は?」

 おどけているつもりなのか貼り付けたような笑みで笑っていた。が、心の奥底からむき出しになっている、憔悴が見てとれた。

 「どうしたの?」

 しばらくして、様子がおかしいことに気付いたのか、早苗がやって来た。

 そして、

 「…あっ!」

 と、変な声をあげ顔を歪めた。

 「とにかく、入れよ。」

 「悪いな。」

 タオルを渡して、とりあえずできることをした。が、利久はボロボロだった。全身が汚れ、傷だらけだった。青あざ、のようなモノまである。

 「ねえ、利久君。聞いていい?」

 「…ああ。」

 早苗が、利久の目を見た。

 利久が大好きだった早苗なのだ、心配でたまらないのだろう、きっと。

 僕はこんな状況でもくだらないことを考えている自分が嫌だった、だって、利久は明らかにおかしいし、とても普通ではいられない程、疲れていた。

 「俺、りほに悪いことしちゃった。」

 子供のように下を向いて話している。誰も叱ってなどいないのに、利久は何かを恐れているかのように、ひたすらだった。

 「俺、家事も適当だったし、りほのこと、本当の意味で好きじゃなかったし、だから全部が適当だったし、でも一応頑張ったんだけど、見抜かれてた。まあ、そりゃ分かるよな。あいつ、すげぇ、不満ためてたんだって。はは、俺、馬鹿だよな。」

 「それで、殴られたの?」

 「まあ、そんなとこ。」

 話を聞けば聞くほど、りほさんの利久に対する不満はすさまじく、もう関係を修復するのは難しいってことが伝わってきた。

 「じゃあ、どうすんの?」

 僕は、利久に対して遠慮をしたことがあまりない、だってそんな必要なかったから。

 「うん、まあ別れると思うよ。あいつも、りほも実家に帰ったし。」

 「………。」

 僕も早苗も黙っていた。

 そしてしばらくして、利久は客間で眠ってしまった。


 だけど、僕は知らなかった。

 早苗と、利久の間に会った事柄を。

 早苗、利久。僕は、誰も、責めたくなどないのに、心はもやもやとしていて、悪意のようなものが渦巻いている。

 そして、殴ってしまった。

 僕は早苗のことを発端に、利久との関係を壊してしまった。

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