第3話
「こんにちは。」
「こんにちは~。」
間延びした声で、随分穏やかそうな女だなあ、というのが第一印象だった。
「利久、お茶淹れてくるね。」
利久の、家に行くのは高校以来だったと思う。あいつは自分で店なんかやっているのに、いやだからこそ金に対する不安が常に付きまとうのか、実家から出ていない。
僕は、家は近いけれど、会社の近くに部屋を借りて住んでいる。
通勤なんて、馬鹿らしくて付き合っていられない。
「サンキュ。」
利久は、さらにイケメンになっていた。昔は、服装など気にすることなく、何時までも子供のままのような格好をしていたのに、最近はその時々に適した服装を意識するようになっていた。
例えば、店の中ではいかにもバーの従業員って格好をしていて、でも利久が着ると様になるからそれ目当てでやってくる女性客などが、このごろは多いなと感じている。
そして、今はいかにも夫、みたいな感じでトレーナーにチノパン、という出で立ちである。
「りほ、お菓子もよろしく。」
「はい、分かったぁ~。」
「悪いな。」
「うん。」
って感じで、このりほという女はやたらと声を伸ばしがちである。
語尾が、いつも間延びしていて、だがそこが憎めないところとなってしまっている。
「お前、結婚するのか?何で?」
「…何でって、タケだって早苗ちゃんと結婚してるだろ?」
「それは…そうだろ?だいたい、早苗のこと振ったの、付き合えないって言ったの、お前だろ?」
いささか、憤っている。だって、早苗が利久のことが好きだっていうのは知ってたし、だから僕は我慢していたんだ。諦めていた。
けれど、お前に振られたから、僕と付き合ってもいいって、言ってくれたんだ。
「お前…。」
「そんな怒るなって、俺、前に行っただろ?恋愛感情無いって、ごめん。今も無いんだ。でもさ、結婚したくて、店だけじゃ足りないんだ。俺、家庭が欲しい。」
そうだ、こいつは強欲な奴だった。
何か、何の良くもなさそうな顔をして、この店もそうだし、自分がしたいことをはっきりと実現させていく強さを持っていた。
「分かった、もういいよ。」
だから僕は、それきりしばらく利久と会わなかった。
そして、結婚式を終え、今初めてしっかりと、利久の妻、りほさんを紹介されている。
のほほんとした出で立ちが、印象的で、それ以外には何もなかった。
僕はここ最近、ふさぎ込んでいる。
何か、憤ることもないし、仕事が辛いはずなのに、最近はどうでもよくなってしまった。
ただ、
「ねえ、タケ。」
「何?」
「りほさん、キレイだったね。」
「そりゃそうだろ、利久の妻なんだし。」
「…だよね。」
早苗のことが、手に余っている。
早苗はここ最近、多分利久が結婚してからずっと、ふさぎ込んでいる。
僕は、だから対して意欲もないのに、早苗の手を強く握った。
そうしたら、早苗もちょっとだけ、その手を握り返してくれた。
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