#2

『ありがとうございます。今回ですが、過往かおう十霜じっそうにおける非幻示ひげんじ収束律しゅうそくりつがらみの論文をお願い致します。四季の捻転ねんてん蝕像的しょくぞうてき残渣ざんさとの相制関係そうせいかんけいについての文献一覧、形式主義的媒介者による測定点侵入に関する現時点での確定情報かくていじょうほうもあわせて』


 秘跡的ひせきてき脆性ぜいせいの降るみたく慕わしい環繞かんじょうでした。わたしはわたしの諸要素を、いくつも選んで拾っては、並べられた燐光にべるさまを思いえがくのでした。

 隠喩じみた糸雨しうのとりどりが秩序だった連続を刻むなか、扉をひらいたむこうのむこう、惑うふうにたわむ層の乾ききった虹のようによこたわってこごります。

 あなたののぞみのぜんぶをかならずわたしはかなえてあげたかった。

 どんなにちいさなかけらであってもあなたがいるならかならずみつけたかった。

 わたしに知れない夕景に、たたずむあなたのてのひらの、熱、温度のなによりも、なにものにだってかえがたくいまだってつづかないでいない。

 書きつくせないで泣いてなんなのっていつにだってわらってほしかった。

 こたえないでどうせなんてすてるふうにこぼして、かすめもさせないつたえもしないでなんでなんてわたしだけを残さ──


『戻って』


 鉄筆。

 甲に神経は無い。

 視覚だけで足りた。

 貫通した箇所は靄のような瞬きにおおわれ、数秒のちには完全に修正されていた。

 はじめてだった。


『おかえりなさい』


 呑まれた。

 記述の途上、わたしがわたしになりえない、ぼやけた時間の溢れだして不意に毀れた。

 聞いてはいた。

 前任も、その前任もそのまた前任も、ただのひとりの例外もなくそうして散佚したと。


『こわかった』


 わたしはねこをなでると、色の抜けた液体をあおった。

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