第13話 遊園地の迷子

 少~し不満だけど、やっとユウくんが私にしるしを付けてくれた。感極まった私から、ユウくんのくちびるにキスを返そうとした。けど、ユウくんに受けながされて、ユウくんのほほへのキスになってしまった。


 今日のところは『まあ、いいか』と思い、そのままユウくんのほほにキスした姿勢でいた――のだけど、次第にいたずら心が込みあげてきて。だから、ユウくんのほほを強く吸ってみる。


「ちょちょっ、リオちゃん?!」


――ポン!


 ユウくんに引きはがされると同時にイイ音がした。ユウくんの顔を見ると、キスしていた辺りのほほに真っ赤な跡が残っていて。それを見て私はニンマリしてしまう。私のその様子にユウくんは――


「え、何? 何が、どうしたの?」


 あわて気味に問いただしてくるユウくんに、ポシェットから手鏡を取りだし、私はユウくんに手鏡を向けて、ユウくんの顔を見せてあげた。真っ赤な跡が良く見えるように。ユウくんは手鏡をのぞき込むと、次の瞬間、音のない叫びを上げた。


『まもなく地上に接近いたします。席にお着きになり、係員がドアを開けるまで、そのままお待ちください』


 ユウくんがほほを手でゴシゴシしていると、不意に地上接近のアナウンスが流れたから、私は手鏡を仕舞い、ユウくんと二人座る姿勢をただした。ゴンドラのドアが開くまで、はずかしがり、むくれる、そんなユウくんのことを、私は横目に見ていた。とってもカワイかった。


   ◇◆◇


「う~~、ユウく~~ん」

「どうしたの、リオちゃん?」


 ついついユウくんに甘えた声をもらしてしまった。答えるユウくんも苦笑いで応える。今、ユウくんの両手を握るのは私……ではなくて、小さな迷子の女の子。


 観覧車近くのベンチで、ユウくんのほほにコンシーラーをぬり上げていると、泣き声が聞こえてきた。ユウくんと二人で周囲を見ると、泣いている女の子が歩いてきて――先に見つけたユウくんが、その子に近づいて行った。冷静に考えようと、私が声かける前に。ユウくんが話しかけると、女の子はもっと激しく泣きだしてしまった。


 そして宥めること三十分、なんとか泣きやんだ女の子を連れて、遊園地エリアの迷子センターを訪れようとしていた。ここまでの間、女の子を探しているような大人には出あわなくて。果たして無事、この子をここに連れてきた大人に引きわたせるのだろうか?


 疑問に思いつつ、三人で迷子センターの自動ドアを抜けると――


「あっ! いた!」


 入口正面のカウンターにいた、私と同い年くらいの少女が、自動ドアの開閉音に気づいてこちらを振りかえり、見つけたと大きく声をもらすと、急いでこちらに近づいてきた。そして迷子の女の子の前でひざを折り、女の子を抱きしめていた。


「かすみー。どこ行ってたのよー。勝手に走りだしちゃダメじゃんー」

「お゛ね゛え゛ち゛ゃ゛ーーん゛!!」


 少女は少しかすれた声で小さな女の子の名前を呼び、心配していたと声をかけている。小さな女の子は応えるように大きな音で泣きはじめた――発音ひとつ毎に濁点が付いてるように。その様子を見守っていると、カウンターから職員と思われる女性がやってきて――


「どちらで、こちらの女の子を見つけられました?」

「あ、えっと、観覧車の……降りた後の出口近くのベンチにいたら――」


 女の子を見つけた経緯を聞いてきた。それにはユウくんが返答をはじめ――その様子に気づいて少女があわてて立ちあがり、会話に加わっていない私に言葉をかけてきた。


「こ、この度は、妹を見つけていただいて、ありがとうございます」


 女の子の姉だと言う少女はお礼を述べつつ、ペコペコ頭を下げだした。見つけたのは偶然でしかないから、あまり頭を下げられても、照れくさいから話題を変えようとして――


「いえいえ、大したことはしていないので。ところで、そちらのパパやママは今はどちらに?」


 親という大人はどこでどうしてます?――そんな意味を込めて言葉を投げかけた。


「そ、そうでした。父と来てますので、連絡とってみます」


 連絡をとると言うのでうなずいて見せると、少女はスマホを取りだして、通話を始めた。未だ落ちつかないみたいで、通話がはじまると、かなりの回数、言葉につっかえていた。その様子を見ていたら、ユウくんはカウンターで迷子に関する書類にサインを終えて、こちらの様子をうかがっていた。


「あ、ユウくん、今パパさんに連絡をとってるって」


 少女の状況をユウくんに伝えて、カウンターに近よっていると、背後の自動ドアが開いて――


「花純はここかー?」


 血相を変えて中に入ってきた男性一人。どうやら本当にパパさんみたいで――


「パ゛パ゛ーー!!」

「おとうさーん!」


 少女の足元で泣いていた女の子は、今きた男性に跳びつくように、男性の太ももに抱きついた。そして、電話していた少女も駆けよって抱きついて涙を流しはじめた。パパさんは二人同時なことにとまどいつつも、泣きやむようにあやし始めた。


「うん、お姉さんのほうも集中力が途ぎれたみたいだね」


 そういえば、うちのパパ、このゴールデンウィークももどれてない。今、どうしてるだろう?――抱きあう家族を見て、私は少し気になったけど、一先ず同意を返すことにして。


「そうね」


 ともかく幸運にもすぐに迷子問題が解決してホッとした。そう思うと同時にママと約束した刻限が気になりだした。あさっての女子会用のお土産を買って行く時間が、どれくらい残ってるか。


「ユウくん、そろそろ私たち、お暇しようか?」

「そうだね」


 ここを離れよう――そんな会話をしていると、それを聞いていた迷子のパパさんがこちらを向いた。


「あ、放っておいたようで済みません。あなた方が花澄を見つけていただいたという――」

「あ、いえいえ、偶然ですので、お気になさらずに」


 私たちに話しかけてきたパパさんは、言葉の途中でユウくんに断ちきられて――いや違う、私に目を向けた瞬間に言葉を途ぎれさせていた。でも、それはわずかな時間で――


「せめて、お名前を教えていただけませんか? ああ、失礼。名乗るなら、こちらからですね。私は可児かに浩二郎こうじろう、大きな子が真采生まとい、小さい子は花純かすみです」


 名前を聞かれていた。しかも自己紹介されちゃった。これでは名乗らないで済ますわけにもいかなくなって。仕方なくユウくんに目配せして、ユウくんに自己紹介をまとめてお願いした。


「ぼくは庄子裕真、こっちは早坂莉緒ちゃんです。ぼくたち、お付きあいしてます」


 ユウくんの自己紹介に合わせてお辞儀をしたのだけど、姿勢をもどした時、ほんの少しだけ目をむいたパパさんを見た。何に驚いたのかな?――ユウくんが恋人関係を暴露したこと?――考えてみても分からない。


「そうですか。今日は本当にありがとうございます。ご縁があったら、またお会いしましょう。その時こそ、お礼をさせてください」

「その時には、よろしくお願いします。行こう、リオちゃん」


 考えごとをする私を他所よそに、パパさんとユウくんの間であいさつは済まされ、ユウくんに手を引かれ私は迷子センターを後にした。お土産店に着くまでの間、ユウくんにもパパさんの様子を聞いてみたけど、思いあたる節はないようだった。


   ◇◆◇


 お土産屋ではあさっての女子会に合いそうなお茶うけ用の菓子折りを買った。そして、ちょっとした記念品。今回は清川さん――たぶん鈴城くんも付いてきそうだし、二人の分も記念品を買った。相当急ぎ足でお土産店を後にしたのだけど……


「うちのママが遅れるって珍しいよね」

「さなえさんも、こんな事あるんだね」


 待つ間にママのことで二人談笑した。真美を連れて、待ちあわせ場所にママが来たのは、予定の十五分遅れだった。


   ◇◆◇


 ママの軽自動車は、主要道路を家に向かって走り始めていた。後部座席には、真美を真ん中に運転席側に私、助手席の後ろにユウくんが座った。たくさん遊んだらしい真美はユウくんに寄りかかり、とっくに寝息を立てていて。ユウくんは真美を支えるように腕をまわしていたけど、デートに遊び疲れて目を閉じていた。かく言う私も、ユウくんの手を取ろうとしたくても出来ないほど、疲れていて――


「ふぁ~~~~ああ」


 大きな欠伸をかました。目じりには涙がたまっている。そんな時、ママから話しかけてきた。


「莉緒、今日のデートは楽しかったからしら?」

「うん、楽しかった。ユウくんといっぱい遊んだデートしたし、おしゃべりしたし、からかえたし、食べたし、記念品も買ったし、それにキ…………スもしてもらえたし……」


 デートは楽しかったか?――当然じゃない。ユウくんと一緒にいられるだけで楽しいのに、今日はたっくさん色々二人でしたんだよ?――楽しくないわけ、ないじゃない――


「そう良かったわね。他に、変わったことは無かったかしら?」

「う~~ん? んー、そういえばー、迷子をー、見つけてー、預り所にー、連れていったー?」


 他に?――迷子は見つけた。けど、ほとんどユウくんが対応してくれたから、苦労はなかったかな。ママ、何か気になるの?――


「そう――そう迷子に会ったのね。お相手の名前は聞いてるかしら?」

「むー? かー……に? カニさん? 可児さん?」


 ああ、名前か――はさみ、チョキチョキ?――たぶんカニさん。うんん、可児さん、だったかな?――


「そ、そうなのね。もしも、また会う機会があったら、ママも…………」


 寝ぼけまなこの私が、ルームミラーから見たママの表情は、どことなく考えこんでいるような顔で。その理由を探ぐろう――と思う間もなく、私は眠りに落ちていった。


   ◇◆◇


…………起きて…………起きて、リオちゃん…………


 まどろみの中でユウくんの声が聞こえた。私の体もユラユラしている。動かしてるのだれ?……


「うーん、ユーウくーん、あとー、ごふーん――」

「えいっ!」

「――アダっ!!!」


 あと少し、あと少し、そう甘えた声をもらしていると、元気な声と共ともに額に鈍痛が走った。びっくりして目を開けると、そこには腕を交差させて私の額に押しつけている真美がいた。


「おねいちゃん、おはよーー!」

「莉緒! 起きたなら、早く降りてちょうだい!」


 いつの間にか車は家に着いていた。私をユラユラさせていたのは、私の側のドアを開けたユウくんで、真美には乱暴な起こし方をされたみたい。続くママの怒声に跳ね起きて、真美を下ろしてから、いそいそと車から降りた。その時にはもう、私はまどろみの中でしたママとの会話内容を忘れてしまっていた――

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