第12話 観覧車にて

 ユウくんの行きたいお店の次に来たのは、女性向けファッションブランドのお店。これから迎える夏のデートで私が着る服、その一着をユウくんに決めてもらおうと思ていたのだけど――さっきのお店で女性店員にデレデレしていた分のリベンジをきっちりさせてもらうわ。


 ユウくんの手を引っぱり気味にお店の中を進む私。たどり着いたのは――下着コーナーだった。ユウくんにはファッションのお店とだけで伝えていたから、たぶんブラウスやワンピース、あるいは帽子やシューズやアクセサリーの小物をみるものだと思っていたみたい。けれどブラやパンツのディスプレイを見て――


「ちょっ、リオちゃん――ぼく、通路で待ってるね」


 あわてて手を放し、ユウくんは立ちさろうとしたけど、私はユウくんの肩をつかんで、待ったをかけた。手のひらには力が入ったから、ユウくんから悲鳴がもれた。


「ダメよー。いつか、ユウくんが目にするモノなんだからー。ちゃーんとユウくんの気にいったモノは教えてねー」


 目ぢからを強めて、ユウくんに顔を近づける。ユウくんはそんな私を見て、引きつったような顔でうなずいてみせた。そんな様子に私も一先ずの不平を流して、ディスプレイされたワイヤー入りブラをいくつか手にとり、胸に合わせてユウくんの意見を聞いてみる。


「どう? どれが私に似あうかな? 色とか、模様とか?」


 顔を真っ赤にしたユウくんが指さしたのは――赤の総レースのブラだった。


――ふーん、こういうのがイイんだ。ならパンツもあっちのレースのやつを合わせれば良いかなー。


 そう思って赤のブラを片手に赤のレースのパンツを手にとり値段を確かめた。


――うん、中学生のおこづかいじゃ無理だよねー。今日のデート用にもらったお金をたしても足りないし。お金貯めよ。


 内心をまとめて、ブラもパンツもディスプレイにもどした。そもそも今の私にあうサイズじゃないのと、まだまだハリボテだからキレイに見えない。量感も不十分だから、さっきはユウくんを驚かせただけで、そういう気分にはしてあげられなかったみたいだし。


 ともかく商品をもどしたことで危機は去ったと、ユウくんはホッとした顔をしていた。だからだと思う――


「もう、リオちゃん、からかわないでよ」

「からかってないよ?」

「えっ?!」


 からかわれただけと、ユウくんは思ったみたいだ。まさか、それだけのために好みを聞きだすなんて、ムダなことしたりしない。なので、否定したら、本気でユウくんが驚いたから――


「未来の私に期待しててね」


 可愛く表情を作り、ユウくんに笑みを向けた。ユウくんは少し間をおいて、あっけに取られていた顔を今度こそ真っ赤にして、うつむいてしまった。


――ホント、何を想像したのかな? でも、リベンジは成功したよね。


 ユウくんを見やりながら、私はニヤニヤを止められなかった。


   ◇◆◇


 お昼ごはんに二人でイタリアンのファミレスに入った。シェアして分けて食べようと決めていたから、二人それぞれで別のパスタやピザを頼んだ。ユウくんがボロネーゼに、チョイからいペパロニのピザを、私はペペロンチーノに、定番のマルゲリータを注文した。飲み物はドリンクバーにして、二人とも炭酸飲料をいできて。


 もちろん恋人同士なら良くある、アーンを試してみた。アーンと音にすることは恥ずかしかった。でも、食べにくいだけで、内心微妙に思っただけで。後半は満腹との戦いになって、ただ相手に押しつけるためだけに、アーンをしていた気がした。


「頼みすぎたね」


 私は黙ってユウくんにうなずくのが精いっぱいだった。


   ◇◆◇


 ユウくんと私は、一度おトイレタイムをはさんで、遊園地エリアにやって来た。丸く突きでたお腹の解消に、まずは散歩をしてアトラクションを確認しようとなった。


 小学一年生の真美でも乗れる低速のコースターにコーヒーカップ、メリーゴーランドに観覧車、カートという車高の低い車が目についた。一周して終えて遊園地エリアとショッピングエリアの接続点にもどった。さて、どれにしよう、そんな話をしていた時――


「ん? あれ、姉さん?」


 ユウくんの視線の先にさよ姉の、同じ年のような女子二人と三人で、ショッピングエリアに向かう姿があった。私が声をかけようとした時、目の前を複数家族の団体さんが通りすぎていって……団体さんが通りすぎた後には、さよ姉たちの姿はとっくになかった。


「今のが、姉さんの言ってたお友達かな?」

「たぶん、そうだろうねぇ」


 ユウくんの言うとおりなのだろう。チラ見えしたさよ姉の顔は朗らかだったから、仲よく遊んでいるのだろう。それなら、特に関わるものでもないと思う。なので――


「さよ姉はさよ姉で楽しんでるみたいだし、私たちも楽しもう? まずは目の前のアレ、リバースの心配もないし、乗ろっか?」


 さよ姉たちはさよ姉たち、私たちは私たち。ということにして、満腹感の残るお腹で体をゆさぶるようなアトラクションは危険だからと、観覧車を提案して、ユウくんの同意をえた。


   ◇◆◇


 乗車待ちに並んで二十分ぐらい。ゴンドラに乗りこんで、一方の座席に二人並んで座った。この観覧車の一周にかかる時間は十分弱らしく、平均より短いほうらしい。ゴンドラの高度が上がるにつれて、ユウくんと私は一方の窓の外に視線を移した。


「ユウくん、あっちが私たちの住んでる方角だよね。通ってる中学校は、さすがに判らないかな」

「やっと駅が見えるくらいだね。新幹線のホームが高いところにあるから」


 ユウくんと私の住む都市まちの中心部を見やりながら、ユウくんと私は、しばらくの間無言でいた。その沈黙を破ったのは――


「ねぇ、ユウくん。キス……しない?」


 私の提案に、ユウくんの返答まで時間がかかった。


「リオちゃん、今日はどうしたの? ぼくを元気づける、それは分かったよ。でも、それ以上にリオちゃんが考えていること、あるよね?」


 ユウくんは心の平静を保った声音で私を追求してきた。その手は止まらなくて――


「リオちゃんは、何をあせってるの? あの日から――大江くんの事故の日、二人の元気の出るおまじないルーティンを行ってから、だよね?」


 今度は私が言葉に詰まった。ほぼ、ユウくんの指摘どおりだから。私にぶつかって倒れた大江くんが、助けおこそうとする私にやりかけたこと、それを推察してみせたのは6組のリンちゃんだった。


 リンちゃんは、私が襲われかけたと聞いて、あの日の翌日に5組の教室に駆けこんできた。心配しすぎていたからか、真相を知ったときはヘナヘナと床に腰を下ろしてしまったほどだ。襲われたという話を聞いたのは部活――リンちゃんはソフトボール部で、その先輩からだという。たぶん野球部のあの上級生たちが、部活で話を広めたのだと思う。それに尾ひれがついてからだろうけど、活動場所がお隣のグラウンドのソフトボール部に伝わったみたい。


 その後のリンちゃんを交えた話の中で、大江くんが仕出かそうとしたことをだとリンちゃんは推測した。大江くんの行動はユウくんが止めてくれた。けれど私があの場に一人だったなら、自覚のなさから突っぱねることが遅れていただろう、とリンちゃんは語った。私はその話に反論できなかったし、ユウくんたちも同じだった。


 次に大江くんとの間にあったような事故が、いつ起きるともしれない。だから私はあせっている。あせっているから――私に傷がつく前に――ユウくんに早く初めてを上げたい――と、リンちゃんの話を聞いた日から思っていた。だから、ユウくんの問いには答えずに――


「ユウくんは――したくない? それとも、私に……その気持ちは……ない?」


 ユウくんはしばらく私をジッと見つめたけど、あきらめたようで――


「リオちゃんと、キス――したいよ。胸……を当てられたり、下着を選ばされたり、その気にならない何て言わない」


 ユウくんが胸の内を語ってくれる。良かった、私としたいと思ってくれていた。それを知れて感無量になった。でも、続いた言葉は――


「でも、今のぼくでは、リオちゃんに相応ふさわしくないと――」

「そんなことない!」


 私の聞きたくない言葉だった。たしかにあの日以来、陰口が聞こえることが増えたと思う。主に、どちらからが、どちらかに相応しくない、そんな陰口が。ユウくんも私も気にしないことにする、そう二人で決めたはずなに……だから、ユウくんの言葉を断ちきるように、否定の言葉を返した。けれど――


「聞いてリオちゃん。だから、少し時間がほしい。リオちゃんの横にいる取り柄のない男子じゃなく。ぼくはぼくで取り柄のある人物だと、学校中に知られる時間を」

「……どれだけ、待てばいいの?」


 ユウくんは私を説得する。相応しくないとされる陰口は、私よりユウくんに多い。ゆえに、ユウくんが私に相応しいように、私と相応しくなるために、努力する時間がほしいと。止められないユウくんの決意に、私は気落ちして――つい弱気になって、必要な時間を聞いてしまった。


「この夏の中総体、それの選抜組レギュラーになろうと思う。その努力をする時間が欲しい」

「もしも、なれなかったら?」


 中総体――全国中学総合体育大会の卓球部門の県予選会は、夏休みに入ってすぐ行われる。この都市まちのある地区の予選会は、夏休みに入る直前のはず。夏休みは七月の下旬に始まるから、選抜組レギュラーは六月のうちに決まるだろう。


 ユウくんが選抜組レギュラー入りするには、あまりにも練習時間が足りない。私に限らず、ユウくんも初心者なのだから。当然、達成困難な望み。だから、なれない時にはどうなるかで頭が真っ白で――ユウくんを困らせる問いをしてしまった。


「その時はゴメンね。情けないぼくになるけど、リオちゃんが受け入れてくれるなら――」

「ユウくんが、イイ!」


 ユウくんは情けない顔をしながら、私に謝り――ありのままに、受け容れてほしいと言ったから――私はユウくんの胸に飛びこんだ。


「ありがとう、リオちゃん。だから、今の精一杯で応えさせてね――」


 ユウくんはお礼とともに、私のほほにキスをした――

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