第11話 恋人つなぎ

「よ、ひと月ぶり?」

「さよ姉?!」


 ママに車の準備ができたからと言われ、玄関を出てみれば――さよ姉がいた。ユウくんはその後ろで苦笑いをしている。


 中学校入学の少し前に、近所の公園でお話したとき以来のさよ姉との対面。時おりメッセージアプリでやり取りしていたけど、まさかのサプライズに質問が止まらなかった。


「今日はどうしたの? 日ごろ、バイトで忙しいって話だったけど」

「ちょうど友達に会いに行くんだけどね、落ちあう場所が遠いところでさ、行き先が同じだってユウに聞いたから、まあ同乗させてもらおうと思ってね。今日のバイトは夕方入りだから大丈夫よ」


 なるほど、バスなりの料金を考えたら、便乗したくなるのも分かる。今日のお出かけ先――ユウくんとのデート場所は高速道路のインターチェンジに近いところにあるアウトレットショッピングモールだ。ちょっとした遊園地もお隣にあるから、家族連れを中心に人気のスポットになっている。


 とはいえ、車で30分も走った、隣町でも外れた場所だから、帰りも同じく車がベターなのだけど――


「帰りはどうするの?」

「友達も家族づれで来るからね。そちらに便乗させてもらって、真っすぐバイト先に向かうよ。ちょうど近いところを通るみたいだから」


 さすがのさよ姉。帰りの乗り物も上手いこと確保してたようで。さよ姉のバイト先はこの都市まちの中心駅にほど近いファミレスに決まったと聞いている。そのお友達のお家も市内まちなかのどこかなのだろう。さよ姉はバスに乗って駅前まで出て、それから高校まで徒歩で通ってるそうだから、ちょうど良かったんだと思う。


「あ、さよりおねえちゃんだー」

「あら、まみちゃん、おひしぶり~。元気してた~?」

「うん! 元気だよー」


 さよ姉と少し話しこんでいたら、玄関から真美が出てきた。真美は天使の笑顔でさよ姉に飛びつき、さよ姉も腰を下げて受けとめていた。二人はほっぺ同士をくっつけて元気の受けわたしをしている。


 後ろからママも出てきて玄関にカギをしていた。どうやら、もうすぐ出発みたいで――


「おはようございます、咲依さん。騒がしくて申し訳ないけど、目的地までは真美の相手をお願いね」

「おはようございます、さなえさん。今日は急なお願いに応じていただき、大変感謝しています。はりきってお相手させていただきますね」


 さよ姉は立ちあがり、ママともあいさつをした。さよ姉でもママ相手には堅苦しい言葉づかいになる。ママといると、どうして堅苦しくなっちゃうんだろ――今日は天気も良くてデート日和だというのに、ウキウキ気分が減っていく……


「莉緒、ボーっとしてないで車に乗りなさい。それから真美を真ん中で、最後に咲依さんで、後ろにお願い」

「分かりました、さなえさん。さ、リオちゃん、後ろ乗ろっか。まみちゃんも続いてね~」

「はーい!」

「はいはい」

「莉緒、はいは一回! それで、申し訳ないけど、裕真くんは助手席にお願いね」

「はい、分かりました」


 車庫から出して門の前に止められていた軽自動車、その運転席のドアの前にさっそく回ったママから乗車の指示が出る。別にボーっとなんてしてないのに……。空気を読んださよ姉から呼びかけられ、のそのそと乗り込む。ついスネて返事したら、また注意。乗り込んだ後は窓の外を向いて黙り込んだ。はあ、ママとはしっくりいかないなぁ……今日のお願いしたときは笑顔になったのに、何だったんだろ。


 私に続いて真美が勢いよく乗ってきて、最後にさよ姉が乗りこんで、後ろのドアを閉めた。この間にユウくんは前の助手席に乗っている。並んで座りたかったな。さよ姉も小学生のころ、ユウくんもさよ姉も家で預かったりした時、ご飯の材料を買いにスーパーへ車でお出かけした時みたいだ。ますます今日の特別感がなくなっていくことに、ハーっと長く息が出た……


   ◇◆◇


 車は一度近所の公園を一周して向きを反対に変え、幹線道路に向かう。幹線道路を中学校と反対方向に向かい、隣町の中心部に入る直前で主要道路のバイパスに折れまがった。そのまま高速道路のインターチェンジまで道なりに進む。インターチェンジは通りすぎて、高速道路の下をくぐった先にアウトレットショッピングモールはあった。


 車内では真美とさよ姉を中心におしゃべりが展開した。時々ママやユウくんが会話に加わる。まさか真美が、ユウくんと私のお付きあいを、小学校で友達だという子たちに話しきかせてるとは思ってなくて、ついカッとなって怒鳴ってしまった。車内の空気を悪くしただけで良いことはなくて。またママのお説教を聞くハメになった。もう、私、何やってんだろ……


 車がショッピングモールの大きな駐車場の一角に止まると、みんな車を降りて解散のあいさつを始めた。私はというとユウくんに近づいて、ユウくんの肩におでこを載せる姿勢をとって甘えてみる。ユウくんは少し笑みを見せて、私の寄りかかった肩と反対の手で、私の頭をなでてくれた。


「さなえさん、ありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ真美の相手を努めていただいて、ありがとうございました。帰りの時間が合わなくて、ごめんなさいね」

「とんでもない、急なお願いを聞いていただいただけで十分です。ご恩はいつか必ずお返ししますので」

「それこそ遠慮するわね。また何かあったら頼ってちょうだい」

「はい、分かりました。その時は頼らせていただきます。それでは、また、お会いします」


 礼儀正しい別れのあいさつをするママとさよ姉。そのあいさつを終えたさよ姉は、私とユウくんの方を向いて――


「リオちゃん、あんまりへこまないでね。逆に、まみちゃんが自慢の姉だと思ってるとポジティブにね。それから、ユウ! 分かってるね! リオちゃんを元気づけてあげるのよ!」

「ありがと、さよ姉」

「姉さん、分かってるって!」


 私が感謝を、ユウくんが応答をすると、満足そうにさよ姉はうなずき、そしてしゃがみ込んで真美と目線を合わせ――


「それじゃ、まみちゃん、また会おうね!」

「うん、ばいばーい!」


 しばらく真美と手を振りあって、さよ姉は立ちさっていった。


   ◇◆◇


 帰る時間とその時の集合場所の説明をママから聞いた後、ユウくんと二人手をつないでショッピングモールの目抜き通りにやってきた。かなり早い時間に出発してきたはずなのに、通りは人ごみにあふれ、先を見とおせない混雑だった。油断していてはユウくんを見失ってしまう――そう思っていると――


「リオちゃん、もっと近よって」


 ユウくんも混雑具合に私と離れ離れにならないか心配にみたいで、私のほうによりつつ、私の手を引いて私の体を引きよせた。私は密着する感触にちょっとドギマギして耳が熱い。このぐらいの密着はそれなりにあるのに、心がざわつくのもデート中だからなのかな。


 私は落ちつかない心のままにユウくんを見ると、エスコートに集中しているのか顔を引きしめていて照れたりなんてしてなかった。何だかちょっと腹立たしくて、いたずら心がわいてくる。だから、私から手のつなぎ方を変えてみて――指を絡ませた、いわゆる恋人つなぎに変えて、ユウくんの腕を私の体の中心に引きよせ、まだまだ成長途中だと思う――とある部分ではさんでみた。


「えっ!」


 ユウくんがビックリした顔で私をみて、続いて視線を下にさげて――顔を赤くして私の顔に視線をもどした。そんなユウくんを見て、私はたぶんを浮かべているだろう。だからユウくんの小さな声の抗議にも――


「ちょっとリオちゃん、あ――当たってるって」

「ふーん、何が当たってるの~~?」

「あ、あの、む…………ね――」

「も~とハッキリ言ってほしいかな~。リオ、わかんな~~い?」


 完全に足が止まって、通りの真ん中で立ちどまるユウくんと私。ユウくんの顔はだれが見ても分かるくらいに真っ赤で。言葉も出ないって感情が分かりやすくなっていた。――やり過ぎたかな? でも、ちょうどいいよね――だって、今日は――


「ユウくん、元気でた?」

「な、なんで?」

「今日は、ユウくんをためのデート、だよね」


 そう、先日落ちこんでしまったユウくんを元気づけたいと思って、立ち消えそうになったデートの約束を取りつけ直した。そんな私にとって、この程度の接触はなんてことない。あの日の終わりから頭の中を占めていたこと――また、ユウくんの朗らかな笑顔が見たい――そう思ってるから。


「……リオちゃん……」


 驚いた表情からあっけを取られた表情に変わり、私の名前をつぶやきながら険の抜けた表情を見せた。あの日からユウくんの表情はどこかしら強ばっていた。笑顔を見せても苦笑いのようだったし。これを切っかけに時々見せてくれる――ユウくんが泣きやんだ後に見せてくれたの表情かおを見せてくれたら……


「うん、いつまでも心配かけてはいられないね――ありがとう」


 ユウくんの表情はまだちょっとだけフニャッとしただけ。でも、私の手を握るユウくんの手の力強さはもどってきたと思ったら――


「今度はさなえさんに車でお説教されたリオちゃんを力づけないとね」

「うっ。あのぐらい、家ではよくあることだよ。だいじょ――」

「ダーメ!」


 ユウくんは私を力づけたいと言う。ママのお説教を受けて落ちこみはしたけど、真美が小学校でユウくんと私のことをネタにしてることで気はずかしかったからだし。長く引くことだとも思っていなかった。それでもユウくんは態度を変えてくれない。だから、しょーがないと思って――


「じゃあ、あらためて、エスコートお願いね?」


 そう、自分ながら可愛く首を傾げてお願いしてみると、ユウくんはうなずいて見せて――


「行こう!」


 ユウくんの号令とともに、ユウくんから手を引いて、ユウくんについて私は再び歩み始めた。今日最初に訪れようと約束していたお土産店へと向かって。ユウくんと私の間に、値の張るものは必要ない。ただ二人おそろいになるようなもの――ちょっとしたキーホルダーでも良いから手に入れよう、そう二人で決めていた――


   ◇◆◇


 お土産店ではペアキーホルダーを入手して二人で分けた。その次に訪れたのはユウくんが行きたいといったお店……なのだけど、外国製のとても水圧の高いポンプ付きのホースやら、先端から蒸気の出るモップやら……どこが面白いのか、私には分からない。ユウくんが楽しそうにしてるから、良いのかもだけど。でも、私を放っておいて実機のお試しとやらで、店員のお姉さんにデレデレしたことは許してあげない。次に訪れるのは私が行きたいお店――ユウくん、目にもの見せてあげるから、せいぜい今をタノシンデネ…………

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