第10話 ルーティン

 二時間目の休み時間は1年1組と2組に、三時間目の休み時間は3組と4組に探しに行ったのだけど――


「うーん、見つからんねー」


 なっちがぼやいた通り、朝の昇降口で私とぶつかった男子生徒を見つけることができなくて。給食後の昼休みに、またしてもユウくんと私の席で相談となった。


「まあ、しゃーないだろ。ソイツにトイレにも行くなとも言えないしな」

「4組の向こう側にも階段はあるんですね。気にも留めておりませんでした」

「一階の教室の一年生でない可能性は少ないと思う。昇降口のげた箱の配置を考えると三階から上の二年生のはずはないし」

「そうそう、井上っちにも聞いたよー。顔はみたけど知らん顔だってさー」


 さとさとの言うとおりくだんの男子生徒の行動に制限はつけられない。そもそも今朝まで見しらぬ人だったから、その生徒の連絡先も知らなくて会う約束もできないわけで。


 ケーコは一階の教室の生徒ではない可能性を言いたいみたい。たしかに私たち5組のそばにも階段はあるから、二階でいえば8組のそばのあちらの階段を意識するなんてこと、私たちにはそうないわけで。8組……7組までならあちらの階段を普段づかいしてても不思議ではない。


 けど、ケーコのいう可能性をユウくんは否定してみせる。昇降口の学年ごとの配置は、真ん中が一年生、その左手側が三年生で、二年生は逆の右手側。三年生の教室のある建屋は昇降口の廊下を一年生とは逆に進んだほうだから、ぶつかる可能性はない。二年生とぶつかるなら、げた箱の前から出てくる二年生と廊下を進む私でという関係のはず。だからくだんの男子生徒は一年生であろうと。


 それにげた箱の配置は1組と2組、3組と4組で向い合せで。5組と6組は、7組と8組と向い合せに。昇降口のあがり口に近いのは2組、4組、6組、8組だから、理屈の上でも6組から8組ではないわけで。そもそも、ぶつかった時に6組から8組の生徒は見かけなかったし。やはり、1組から4組のげた箱のほうから出てきた一年生とぶつかったと。


 私もユウくんもケーコも一度忘れていたけど、あの場には同じ教室の井上くんもいた。なっちはその井上くんと席が近いから聞きこみをしてくれていた。井上くんは第五小出身だから私たちと親しくはない。くだんの男子生徒が危険な状態ならともかく、私もほとんど無事に思えたぐらいだから、井上くんもそう思って大事おおごとにしないで立ちさっていたんだろう。なっちが昇降口にやって来たときには、井上くんはもう居なかった……


「もう一度行ってみるしかないかな」


 くだんの男子生徒との巡りあわせが悪いのかな――そう思ったから、再び一階を見てまわろうと立ちあがると、さとさとやなっちから静止されてしまった。


「リオリオよ、何度もうろつくと悪めだちになるぜ」

「そーよ、リオち。付きあえなかった三時間目の休み時間に、女バスの子から『なーにやってんの?』って、質問ぜめーにあったんだから。もう十分目だってるからねー」


 こう言われると、もう一度腰を下ろすしかない。上手くいかない状況にちょっと気分を変えたくて、両手を頭の後ろに回して、イスの背もたれに体を預け、私は天井を見あげた。


「リオちゃん。縁がなかったと思って、あきらめてはどうかな」


 ユウくんも達成の見こみをなくしたようで、私に断念するよう背中を押してきた。

ケーコから忠告されたように、好意を持たれたら困るので私の本意をしっかり話しておきたいから、提案に乗りきれない……そんな思いで頭を一杯にしていたら――


「早坂さんたち、少しいいかな?」


 鈴城くんが近づいて話しかけてきた。その背後には清川さんもいる。さとさとやなっち、それにケーコは二人の登場にビックリしたようで黙ってしまった。会話を交わしたことがあるといっても、ユウくんや私でも数少ない。それにしても、珍しくあちらから話しかけてきたけど、どうしたんだろう?


一美ひとみちゃんが伝えたいことあるってさ」


 清川さんが?――そう思っていると、清川さんが右手側――教室の入口側の傍らまで寄ってきて耳うちしてきた。


「その姿勢のまま聞く。後ろのドアの外、中を――君らをうかがう者、気配ある。特に貴方あなた、知りあい?」


 この姿勢を維持しろ?――とにかく清川さんに視線だけを向けると、清川さんは退いた。おかげで、そのままの体勢で教室後ろのドアが見えて――たしかに私のほうをのぞき見る顔が二つ。視線をもどし鈴城くんに――もう鈴城くんの背後へもどっていた清川さんに向けてかぶりを振った。


 清川さんが小さく首を縦にふると、鈴城くんと二人で離れていく。私はそんな二人を見とどけながら、ユウくんに向けてハンドサインを出した――私の後ろを付いてきて。


「みんな、話の途中でゴメン。ちょっとお花摘んでくるね」

「そっか。行ってこい」「後でねー」「お気をつけて」


 そう言って頭を下げ、立ちあがる。さとさともなっちもケーコも、流れが変わっていたことを察しいてみたいで、それぞれ理解した上での言葉を寄こして離れていく。私はふうを装いながら、のぞきこむ顔のあった方の入口から廊下に出て、5組そばの階段の向こうにあるトイレに向かって進みだし――三歩ほど進んだところで、後方から呼び止める声がした。


「ええっと、すみません! 5組の早川さん、ですよね?」


 振り返ると男子生徒が立っていた。その顔はたしかに今朝ぶつかった男子生徒と同じもので。まさか男子生徒のほうから来るとは思ってなくって、返事に続けてあわてて謝罪の言葉を口にした。


「うん。私がその早坂です。今朝は私の不注意であなたにぶつかってしまいゴメンなさい」

「いいえ、ぼくも悪いんです。スマホを見ながら歩いてたから――あっ、ぼく、4組の大江おおえ尚宏なおひろっていいます。先ほどの休み時間、尋ねていらしたと、同じ教室の子から聞きまして、それで5組に、訪れさせていただきました」


 頭を下げる私に、自分にも原因があるという男子生徒――大江くんも頭をペコペコと下げる。どうやら探していたことが伝わり、私の教室にやってきたみたい。それにしても、やり取りを続けると頭の下げあいになるのではと、何となく思ってしまうフインキを大江くんに感じた。だから、一番に気にしていたケガのことを、聞いてしまおうと思い――


「すみません、わざわざ来ていただいたのに、名前も聞かずに話してしまって。あの後、痛むところなんかはありませんか?」

「お気づかい、ありがとうございます。僕のほうに、異常はありません。早川さんこそ、大丈夫でしたか?」

「はい、私も大丈夫でした」

「良かったです」


 お互いにケガもなくて良かった――確認できたことに、大江くんにあった張りつめた空気がゆるんだことを、私が感じたその時――


「おいおい、もっと言いたいことあんだろ? 早く言えよ」

「見た目キレイ系で、ほわっとしたかわいい子か。大江も、お目が高い」


 大江くんの後方、お隣の6組の前の入口を過ぎたあたりで、こちらを見ている二人の男子生徒がいた。一人はあざ笑いながら大江くんをけしかけるように言い、もう一人は大江くんを賞賛しながらも私を好奇の目で見ていて。先に教室をのぞき見ていた顔は彼らのモノで、私はその二人から良いフンイキを感じとれなかった。


 そんな声を聞いた大江くんはビクッとして、再び張りつめた空気で身を包んだ。大江くんの言いたい――大江くんに言わせたいことは、流れで想像がついた。けれど、それは私がもっとも望んでいない言葉。しかも廊下という往来。だから――


「その、早坂さんにはおつ――」

「ゴメンなさい! 私にはお付きあいしてる、カレがいます」

「――あいし……」


 大江くんの言葉に割りこんで先手をうった。頭を下げて謝罪した後、視界の端――教室の後ろの入口で、心配そうに様子を見ていたユウくんを手招きして、私のほうへ呼んだ。ユウくんが私の隣に並び、大江くんに向きなおったタイミングで紹介を始めた。


「こっちが私のお付きあいしてる庄司くんです」

「紹介に預かりました庄子です。早坂さん――リオちゃんとは小学校からお付きあいしています」


 ユウくんがやってきた時はポカンとした表情だった大江くんも、その後ジッとユウくんを見て、次いでハーっと息を吐いた。終いにションボリした様子を見せる大江くんは――


「やはり、そうだったんですね。あの様子から、多分そうかなって思いました。ごめんなさい」

「あ、いや、ぼくに謝ることは――」

「いいえ。僕の行動でとても心配をされたと思うので」


 希望の目がないことを理解した大江くんは、朝の自分の行動で心配をかけたとユウくんに謝罪して頭を下げた。再び頭を上げたときの大江くんの目に光るものがあって――


「ご迷惑をおかけしました。さようなら」


 大江くんは決別の言葉を置いて、8組のほうへと小走りに去っていった。たぶん自分の教室の4組か、一人になれる場所ところかに大江くんは向かったんだろう。でも、大江くんに告白するよう仕向けていた二人はまだ残っていて、去っていく大江くんの後姿をみて、悪気のある会話をしていた。


「あ~らら、振られちまいやんの」

「言ってやるな。カレシはもう居たんだ。目はなかった、ということだ」


 大江くんを慮る言葉はなかった。代わって、私のほうに振りかえり――


「しっかしよ~、部活見学のときから話にはなってたがよ」

「ああ、まさにだな。しかも成長に期待してるのか、ゆったりした制服だから分かりにくいが――」

「おうよ、? いやはや、拝みたいね~」

「まったくだ。是非にしたいものだな」


――いかがわしく、下品な視線を向けてくる。反射的に、私は胸を守るように胸の前で腕を交差させ、身をよじった。そして、今度は――


「んでもよ~、あんなが恋人ってことなら分どれなくね?」

「まあ、に負ける気はしないがな」

「だろう? しかも大江に一発入れるほどの

「体はきたえていそうだがな。だが、。」


――ユウくんを腐して、バカにして。ユウくんの日々の努力を知らないくせに!――


「どうせだ。キレカワちゃんを今から分どりに行かね?」


――散々ユウくんをコケにしておいて、私があなたたちに乗りかえるわけなんて――


「まあ止めとけ。こんな往来でやるものじゃない」

「そーだな~。そいじゃ、帰ろーぜ」


 そして二人の男子生徒は、ギャハハと馬鹿笑いを上げながら背中を向けて、八組のほうへ去っていく。


 頭に血がのぼった私は言いかえしてやろうと、一歩彼らに向けて踏みだそう――行動に移そうとしたところで、後ろから抱きつかれて静止の声を聞いた。


「リオち、ダメ」


 抱きついた人物を見ようと、首をまわすと、そこにいたのは、なっちだった。


「今は、ユウマが大切!」


 なっちに言われて私の頭が冷えた。あんなヤツらより、ユウくんのことを案じないと。そう思いなおしユウくんを見ると――


「ユウユウも、気にしないようにな。今のは上級生だ――部活のときグラウンドで見かけた。たぶん野球部だったと思う」


 ユウくんの肩に、さとさとが手を置いていて、万が一にでも飛びださないようにしていた。ユウくんの両腕に力みを感じたけど、それもすぐに霧散してしまった。終いには、ユウくんはうつむいて顔を見せなくなった。


「塩をまいておきます」


 いつの間にかケーコが6組との境目にいて、容れ物から塩をまいてるジェスチャーをしていた。


「ユウくん……」


 ユウくんを見つめても、私に笑いかけたりすることもなく、力なく教室にもどっていき、ユウくんは静かに席に着いた。一見落ち着いたように見えても、落ち込んでいるのは確実で。その後の授業はユウくんにとって散々なものとなった。


   ◇◆◇


 放課後の部活でも活気を欠いたユウくんは、普段はしないミスを連発していた。見かねた牧部長に『今日は帰りなさい』と説得され、私も付きそいとして帰宅を認められた。


 帰り道を二人手つなぎで歩いても、ユウくんはトボトボとした足どりだから、私はペースを合わせることに四苦八苦してしまった。それでも日が暮れかける前には近所の公園までたどり着いていて。このままユウくんを一人おうちへ帰したら良くないと思っていた私は――


「ユウくん、公園に寄っていこう?」


 ユウくんに声をかけたけど、ユウくんから返事はなくて――だから強引に手を引いて公園へと入ることにした。公園の横を通る道から簡単に見られない端のほうへと、私はユウくんを導いて、傍にあったベンチへと手提げバッグを置き、背負っていた学校指定カバンも下ろすと、ユウくんに向きなおり両腕を広げ、を作って、ユウくんに抱きついた。


「ユウくん、好きにして――いいよ」


 私の行動に言葉もないユウくんに、私は身を委ねて。これから始めるのは二人だけの元気の出るおまじないルーティン。もしも、おまじないの中でユウくんがしたいとなったら、キスをしても、その先も――ここに至るまで、私は受け容れる決意を固めていた。未だ中学生でしかない私が、ユウくんにしてあげられることは多くない。だから、その最大限でユウくんに応えたい。


 しばらくマゴマゴしていたユウくんも、地面に手提げバッグを落とし、私の肩に両腕をまわして体をピッタリ合わせ、私の右肩に顔を沈めると、泣き声ともいえない小さな音をもらし始めた。


「――ゴメン――」


 自分の心の弱さを謝るユウくん――も大きな重圧プレッシャーが過ぎさった後で大泣きし始めたユウくんを覚えている。私もつられて泣いて、二人で抱きあったっけ。あの時をモデルに始めた元気の出るおまじないルーティン。今日みたいな日は、思いっきりユウくんの感情をはき出してほしい。それでも足りないなら、私の全てを使ってでも――私のいつくしみを感じてほしい、そう思って、ユウくんの後ろ頭を右手でさすり始めた。


「ユウくん、ゴールデンウィークにはデートに行こうね」


 そして、ユウくんをもっと元気づける良いチャンスだと思って、あらためてデートの約束を取りつけようとして――ユウくんは、うなずいてくれた。それから、ユウくんが落ちつくまでの十分弱の間、ユウくんと私は抱きあって過ごした――


   ◇◆◇


 いろいろあって長かった一日の夜、ユウくんとのデート日をゴールデンウィークに作りたいから、妹のお世話から解放される日を作って欲しいと、リビングでゆっくりしていた仕事帰りのママに私は頼みこんだ。はじめママはしぶい顔で聞いていたけれど、ユウくんを元気づけたいとデート理由を話したら、考えこむようにして『時間をちょうだい』とママは言ってきた。しばらくしてママは席を立ち、どこかに何件かの電話をし終ったタイミングで、最近見てなかった優し気な顔を私に向けて――


「莉緒、ゴールデンウィーク連休の最初の五月一日でいいわね。この日にお休みを取りましたから、真美も連れてお出かけしましょう。お出かけ先で良ければ、帰るまでの間、裕真くんと一緒に遊んで回りなさい。あなたには残念だけれど、では認めて上げられないわ」


 私は『ありがとう』と叫んで、ママに抱き着いた――その後で、うちで女子会を開くことを認めてもらった時のママは、しぶい顔をしていた……せぬ……

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