第8話 登校風景②

 デートの行き先で話を咲かせていると、幹線道路の切り通しが終わっていて、隣町へ通じる主要道路との交差点までたどり着いていた。幹線道路側がちょうど赤信号なので立ち止まると、主要道路側の横断歩道のほうから声がかかった。


「リオさん、おはようございます!」


 朝のあいさつをくれたのはケーコ。彼女の家は、幹線道路をはさんでユウくんや私の家のある住宅地とは反対側の住宅地にあって、ここで交差する主要道路沿いに少し歩いたところにある階段を上がるとすぐ、というところにあった。階段の高低差を無視すれば、ユウくんや私より中学校には近い。


「おはよー、ケーコ!」「おはよう、津島さん」


 ケーコに元気よくあいさつを返す。ユウくんもおだやかな声であいさつの言葉を口にした。ユウくんは私に告白したあとから、ケーコやなっちたちのことを名字呼びになおしている。


「ユウマくんも、おはようございます」


 ケーコからのユウくんの呼び方は、小学生のころと変わらない。その呼び方は放っておいて良いのかって? 私と呼び方が被らなければ――いいと思いますよ?


 ケーコがこちら側にたどり着くと、幹線道路側の信号が再び青に変わり、私たちは中学校へむけて三人で歩きだした。


「ケーコ、今日の朝練は?」


 ケーコはバドミントン部に入部した。通称バド部は、放課後の体育館使用日争いから一歩ひくかわりに、朝礼前の時間に利用可能な日を多く獲得していた。これを聞いた瞬間、私はバド部入部について考えることをほぼ止めた。朝はいろいろ忙しいから。


「今日はお休みです。月曜は体育館で全校集会を行いますので」


 どうやら今日はお休みらしい。朝に利用時間を確保するのは、体育館半面だけでは練習コート確保の面で非効率だからと聞いた。ネットを支える支柱の立て位置のせいとか。支柱を立てるのにも片づけるのにも時間がかかるのだろう。


「卓球部は朝練、ないのですか?」

「ないね」

「顧問先生の都合で、ぜんっぜんないのよー」

「それはうらやましい――で、いいのでしょうか」


 ユウくんや私が入部した卓球部の朝練状況を聞かされて、ケーコは苦笑いをうかべている。バド部が今日の朝練休みなのも、体育館利用不可を理由にしたハードワーク防止だと思う。でも卓球部の場合はといえば――


「顧問先生の奥さんが、おととし病気で倒れたらしくて、その看病に時間をさくためだって。うちの部長が言ってた」

「なるほど。そういう事情でしたか。では、別にコーチされる方もいらっしゃらないと?」

「部全体の大会実績も今ひとつで、コーチを呼べるほど予算を分けてもらえないと、牧部長が嘆いていたね」


 私から顧問先生の事情を、ユウくんから部のお金の都合でコーチがいないことを、ケーコに話てきかせた。実績を残せている女バス部とかは、顧問先生はバスケに詳しくないかわりに、コーチが部をひきいてると、なっちから聞いている。おかげで一年生は体力づくりを指示されて。バスケを始めたばかりの新入部員もいるだろうけど、なっちにすれば『ロードワークばかりでつまらなーい』なのだとか。


 みごとに仲良し三人の入部先がばらばら。おかげで放課後に一緒に帰ることも減ってしまった。だから――おしゃべりしたいな――そう思いついたら、おしゃべり会をやろう、と私は提案したくなって――


「それぞれの部活事情ってあまり知らないよね。みんな部活もちがうから学校帰りに一緒になることも減ったし、おしゃべりも少なくなったね」

「そうですね、部活もみな違いますから。おしゃべりするのも教室にいるうちだけですし。ぜひとも近況をお話する場があればと思います」


 ケーコも話に乗ってきてくれて。日ごろのおしゃべりも、したりないと言ってくれる。なので――


「もうすぐゴールデンウィークだし、おしゃべり会でも開かない?」

「部活が休みの日であれば、集まりたいと思いますが――」


 みんなで集まろう――その一人目の賛成をえようと話をしてみたのだけど――


「合流しますときにお二人がお話されていた中に、どこかの場所の名称が出ていたように聞こえました――お二人はお出かけの予定があったのでは?」


 おっと、聞こえていたみたい。デートの行き先えらびは思いのほか上手くいってなかったから、声が大きくなっていたみたいで。ユウくんへ目線をむけると、苦笑いでこちらを見ていた。


「津島さんにはバレていたみたいだね。その通りなんだけど、いつ行こうか、決まっていないんだけどね」


 ユウくんがケーコに、合流前に話していた内容を説明する。説明の中には――ママのお休みがないと、妹の真美のお世話を私がしないといけない――私の家の事情も含まれていて。私もママの仕事について少し補足する。


「守秘義務? そんなのがあって詳しくは聞けてないんだけど、土日祝日だと売りあげが多く期待できるから、お仕事が増えるんだ、という話なんだよね」

「なるほど。ゴールデンウィークは絶好のかき入れ時なんですね。それでお二人でのお出かけも、リオさんのお母さまのお休みしだいなのですか。たしかにマミさんをお一人にはできませんね。なかなかに難しい事情ですね」


 さすがケーコ、理解がはやい。妹の真美とはケーコも、なっちも、ついでにさとさとも会ったことがある。みんなを一度は私の家に招いたから。


「ユウくんとのお出かけも、ケーコやなっちとのおしゃべり会も、どっちもできる上手な方法、ないかな? たぶん、ママもお休みは、取れて一日だと思うんだよね」

「そうですね――」


 ケーコも一緒に考えてくれるけど、よい手はうかばないみたいで。いつの間にかユウくんも入れて三人で考えこんでしまったから、中学校手前の大きくはないけど小さくもない川にかかる橋まで来ていたことに気づいてなくて。そんなときに――


「おはー。リオちに、ケーコ。あとユウマもー」


 なっちがあいさつの言葉と一緒に、私の背中をポンっとたたいていた。


「あ、おはよー、なっち」「おはようございます、なっちさん」「おはよう、小野さん」


 なっちにあいさつを返しながら、彼女のフインキを見ると、体操着姿でうっすら汗をかいている感じだった。私たちの中学校では、この大きくはないけど小さくもない川の両岸の土手をつかってロードワークを行うことが多い。どうやらロードワーク中のなっちに見つけられたようで――


「なっちさんは、朝練でしたか?」

「そだよー。あと半周ぐらい残ってるかな。みんな朝練、今日はなし?」

「はい、バドミントン部はお休みです」

「卓球部も休みだね」

「おー、うらやまし。レギュラーなら体育館でコート練習なんだよねー。それなら張りきるんだけどなー」


 バスケなら後かたづけも早くおわるらしく、全校集会のある朝でも体育館をしっかり確保しているらしい。私をのぞいたユウくん、なっち、ケーコの三人で朝練のことで盛りあがる。私はといえば、引きつづきゴールデンウィークのことを考えていて、みんなの話を聞いていなかった。そんな私になっちが気づいたのか――


「どしたん、リオちー?」

「あ、うん。ゴールデンウィークになっちやケーコと集まっておしゃべり会をできないかなって、ケーコと話してて」

「ユウマはええの?」

「あ、一応、今度のは女子会ってことで」


 だまっていた私に声をかけてくれて。私の頭の中を占拠するおしゃべり会のことを伝えた。ユウくんは呼ばないのか、と問われたけどけれど、おしゃべり中心でできたらと思うし、女子多数の中に男子一人はきついだろうと思うし。さとさとは――入部したサッカー部がゴールデンウィークの全日を使った合宿だそうで、嘆いていたのをとっくに知っていたから、ね。


「ふうん、そうな……たしかレギュラー組を中心に上級生が五月三日、四日に遠征って話でー、残される一年生は指導者いないから休みって話」

「それであれば、バドミントン部も三日が全休日です。レギュラーメンバーの対外試合が一日、二日にあって応援に出向く予定です。四日、五日は練習で招集されています」


 ふいに空へ顔をむけ、そして私へ目線をもどしたなっちが、ゴールデンウィーク中の部活の予定を教えてくれた。そして便乗するようにケーコもバド部の予定を教えてくれる。どうやら、五月三日であれば集まれそうな感じだ。そうなると――


「二人とも、ありがとう。ユウくん、三日はごめんね」

「うん、いいよ。デートは他の日にしよう」


 なっちとケーコには予定を話してくれた感謝を伝え。ユウくんには予定がうまったことで申しわけなくなって謝りの言葉を口にした。ユウくんは大丈夫といってくれたけれど、私たち二人のお出かけをデートと言うものだから――


「ほー、デートも行くんかー」

「あ、うん。でも、ゴールデンウィークのママのお休みは取れて一日で、ママがいないときは妹のマミのお世話もしないとだから、いつ行こうかって感じでね」


 ここぞとばかりに、なっちに拾われてしまった。たぶんケーコは気をつかってくれていて、デートとは言わなかったのに。認めるしかないから、うなずいてみた。そのついでに、デート日が決まらない事情を話していた。


「それなら、あたしらとのおしゃべり会より、ユウマとのデートを優先してーよ」

「そうですよね、なっちさん」


 やっぱり、こういう反応になる、よね。私も友人のことなら、同じく言うだろう。でも、おしゃべり会を他の機会にといっても、そうそう都合のよい日なんてめぐってくるとも思えないのだけど。私のこんなところを――


「でもリオさんも強情で」

「そっかー……なら、おしゃべり会はリオちの家でやったらどうかな?」

「えっ?」

「ああ、なるほど。それならお母さま不在のお留守番にマミさんのお世話と、おしゃべり会は両立できますね」


 うう、強情でゴメン……そう思っていたら、なっちはちょっとだけ考えて、妙案を出したきた。すかさずケーコも乗ってきたけれど、それでは二人にも真美の世話に加わってもらうようなもので。いいのだろうか?――そんな思いが口からもれ出てていて――


「二人とも……マミもいて、いいの?」

「いいよ。あたしも久しぶりに顔を見たくなったしー」

「私もです。小学校に入学されたんでしたね。どれくらい愛らしくなったか、たしかめるのも一興かと」


 なっちにもケーコにも、ホント感謝しかない。真美に伝えるときは、二人が真美に会いたがってたと言おう。


「ありがとう、ケーコ、なっち。ママに相談してみるね」


 これでママにお家で女子会を開くことを認めてもらおう。そしてユウくんとのデート日にはお休みをとってもらって、真美のお世話をお願いしよう。そうそう、6組になって離れてしまったリンちゃんにも声をかけて、それから――


「あとはリンちゃんに来れるか聞いてみるよ。あ、それと、清川さんも招いていいかな?」

「リンさんはともかく、清川さんですか?」


 ちょっとびっくりした、という顔になったケーコやなっち。そして何かに思いあたったようで、なっちに言われてしまった。


「リオちが呼びたいなら、いいんだけど……このめ」

「えっ、ええ?」


 ひと、たらし? 私が? え、どういうことだろ?


「あー、分かってなかった?」

「そうかも、知れませんね」


 思考の追いついてない私をおいてきぼりにして、話を進めるなっちにケーコ。なぜかお芝居のように声をあわせて――


「あたしとケーコが仲良くなったのも、リオちのおかげだったし」

「あのときも強引でしたよね。ぼっちだった私と――」

「――放課後クラブで仲いい子とケンカして仲間外れにされたあたしをさ――」

「リオさんが――」「リオちが――」

「「引きずって三人で放課後帰ったんだよね~」」


 小学生時代にあったエピソードをまくし立てた。あの時の二人は放っとけなかったのだし、やむを得なかったと思う。


「少し離れて、後ろをユウマさんがついてきてましたね」

「そうだったね。独りでいる二人を見かねたリオちゃんが、無茶してて心配だったからね」


 うう、ユウくんにはいつも心配かけてゴメンなさい。


「あ、あはははは……」


 もう笑ってごまかすしか、できません。


「清川さん、来れるなら歓迎するよ」

「私もです。来られるとき教えてくださいね。手土産の量を増やしますので」


 ホント、二人とも、私のわがままに付きあってくれてありがとう。お手数をおかけします。そう感謝を内心のべていたところで――


――キーンコーンカーンコーン――


「十分前予鈴がなりましたね。急ぎましょうか」

「なっち。ロードワーク中にごめんね」

「いいよ、いいよ~」

「さ、行こう」


 なっちは部室のあるプレハブ長屋へむけて土手沿いに駆けだし、私にユウくんやケーコは幹線道路にそいつつ校門へむかって走りだした。


   ◇◆◇


――ハァ、ハァ、ハァ――


 私か、ユウくんか、ケーコなのか。だれのとも分からない息のあがった呼吸音がする。大きくはないけど小さくもない川をわたる橋から昇降口まで走りどおしだった。いち早く呼吸をととのえたのはユウくんで――


「何とか間にあったね」

「そうですね。ゆとりも出来ましたし、良かったです」


 次がケーコで。私は声も出なくて、自分の体力のなさにちょっと情けなくなった。それでも何とか呼吸を落ちつけて――ランニングシューズを脱いでカーペットに上がり、げた箱が同じ列で私より上のほうなケーコがはき替えるのを待ちつつ、呼吸をさらにととのえた。ケーコが立ちのいたところで、私も室内用シューズにはき替えた。


 女子とは列が別のユウくんを見ると、同じ教室の井上くんがはき替えるのを待っていた。井上くんよりげた箱が下のほうのユウくんが早くはき替えられますようにと念じながら、もう廊下まで出ていたケーコに続こうと、後ろむきに下がるように進んでいると――


――ドン!


 私はだれかとぶつかった。ぶつかった背中のほうに顔を向けると、あっけに取られた様子で床にしりもちをついた男子生徒がいた――

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