閑話 [奇聞]入学の日の後日譚

 入学から数日たったころ、鈴城くんと清川さんに、ユウくんと私は、給食後の昼休みに校舎裏へ呼びだされた。その理由はあの日のことをお話したいというもの。応じて指定の場所へ行ってみると――


「やあ、先日は世話になったね。便乗させてもらって、ありがとう。まさか、そちらも同じことを考えていたとは思わなかったよ」

「びっくりだったけどね。似たフインキは感じてたから、何かあるとは思ったよ」

「でも、あらためて、ありがとう」

「こちらこそ」


 ユウくんと鈴城くんが言葉を交わし、手打ちとばかりに握手をした、その瞬間――


――ヴワ!

――っ!


 あの時感じた風とは言えない風を感じ、私は額に汗を浮かべた。


一美ひとみちゃん、どうだい?」


 鈴城くんに声をかけられた清川さんは小さく首を振って――


「違う、大丈夫。感じるだけ」

「そっか」


 彼らは何を話しているんだろう? 疑問に思うと、私にかわってユウくんが言葉を投げかける。


「どういう、意味かな?」


 ユウくんもさすがに目が座っていた。たぶん私の様子に思うところがあったんだろう。射ぬくように鈴城くんたちを見つめるユウくんだけど、やなぎに風とばかり鈴城くんは受けながした。


「他の人には内緒の話ってことで承知してもらえるかな?」

「あまり内緒ごとは増やしたくないんだけど。話の中身によるよ」


 鈴城くんは、ユウくんの言葉になぜか満足したようで、清川さんを一目みたあとに話をつづけた。


「彼女、一美ちゃんの実家は古流武術の道場をやっててね、ボクも彼女も門下生なんだ。でもそれは表向きの話。一美ちゃんは流派の後継者として育てられた遺児でね、養子ってことなんだ。上達もはやくて奥義としての殺人技も習得してるんだよ。だからといって簡単に奥義を使ったりしないけどね。で、先日ボクらの付きあいを公開した時、騒ぎを止めるために一美ちゃんは殺気を飛ばしたわけ。今もちょっとだけ飛ばしていたけどね。そこの早坂さんがこの前反応したから、他流派の人あるいは養子という弱い立場につけ込む同じ流派の人かもしれないと思って、確かめさせてもらったんだ。結果はそういう人じゃなかったし、見立てどおりだからといって直ぐに争うわけでもないから、安心していいよ」


 殺気? 殺気で教室のあの騒ぎが止められる? そもそも殺気って何? よく分からない風は感じたけども。清川さんがただ者かどうか、さっぱり分からないことに変化ないのだけど。そういうものだと思えってことなんだろうか?


「それだけの事情、簡単に受けいれると思ってる?」

「受けいれるとかどうかってもんじゃないから。受けとめることしかできないよ」


 聞かせてって言った覚え、ないんだけど。小むずかしいやりとりは男の子たちに任せて――何やら清川さんはうんざりしたような、あきらめたような顔なんだけど。それは、鈴城くんがありあまる行動力で暴走気味なことについてなのか、それとも実家での微妙な立場についてなんだろうか。清川さん、とっても苦労してそう。そうだ! 今度、こっちの女子会に呼んでみようか。なっちやケーコに相談してみなきゃ。


「ま、お話は終わり。内緒でよろしくね。さ、一美ちゃんいこっか」

「迷惑をおかけした。さようなら」


 少し考え事をしてるうちに、鈴城くんと清川さんは立ちさろうとした。でも、入学式の翌日に聞いたことで思うところがあって――


「あ、待って。あの日教頭――」

「――ふふ」


 あの日教頭先生が教室の近くで倒れていたのは、もしかして清川さんのせい?――と問いかけたかったのだけど、清川さんの意味ありげな、それでいて少し前より気分のよさそうな微笑みに言葉を止められてしまった。たぶん問いかけの通りなんだろうと思う。きっと清川さんには、再びやってきた教頭先生が分かっていたということで――と考えて、それ以上は止めてしまった。理解できたとして意味はないって。


「はあぁぁぁ」

「リオちゃん、大丈夫?」

「うん、大丈夫」


 思わず長いため息が出てしまった。ユウくんが心配そうに顔をのぞきこんできたけど、笑みをつくって安心してもらおうとした。


 給食のあとの昼休みは短いから、長くならずにすんだことは良かったと思うけど、この呼びだし、必要だったんだろうか? だいぶ遠くなった二人の背中をみて納得いかないものを感じた。


「ねぇユウくん。この話、覚えておく必要――ある?」

「ない……と思うよ」

「だよね。例えば不思議な現象の説明受けたってみんなに言っても信じてもらえないよね?」

「そうだね。忘れようか?」


 不明なものは、時に不明のままにしておくほうが良いことがあると、大人たちは言う。たぶん今回のもそうなのだろう。覚えておくのは、二人がとある武術を習っているだけでいいんだろう。でも――


「忘れるだと、一度覚えたことになるから、聞かなかったことにしない?」

「リオちゃん、それ名案。そうしよう」


 ユウくんと私は、ここで彼らと世間話をした、それだけを記憶にとどめた。

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