第4話 入学の日②
入学式は厳かに終わった。問題があったと言えば、あくびが出過ぎたこと? やけに涙で目がにじんでいたことは覚えている。まあ、入学式のことはさておき、新入生のみんなはそれそれの教室にもどってきていた。
1年5組を引率していた担任の先生は、ホームルームの始まる時間を予告すると、準備があると言って職員室にもどっていった。先生のいないゆるい空気を感じて、教室に騒めきがもどってくる。担任の先生がもどるまでとスマホを手にとると――
『ママは家に戻ります。朝言ったように庄子家のお世話になりなさい。くれぐれも失礼の無いように』
ママからのメッセージが届いていた。やっぱり自分の言いたいことだけの文章――私を気にかけた様子がない。それどころか、ユウくん家へ迷惑をかけないようにだなんて、私を何だと思っているのだろう。迷惑なんてかけないよ!
ため息をついていると、おトイレからもどってきたユウくんに心配された。
「ため息なんてついて、どうしたのリオちゃん?」
「ママからのメッセージ読んでた。ユウくん家の迷惑にならないように、だって」
ユウくんも私とママの関係がびみょーなことは知ってるから――
「そっか。あ、今日のお昼は回るスシにするらしいよ。期待しててって母さんが言ってた」
ユウくんは軽く流してくれて、話題変更とばかりにお昼の行き先を教えてくれた。回転スシはとっても久しぶり。だから、沈んでた気持ちもウキウキしだした。
「ほー、ユウユウのところはスシかー。おれん家はラーメン屋らしい」
ユウくんと一緒におトイレに行ってたさとさとももどってきた。お昼の行き先で何か浮かない顔だけど?
「ラーメンいいじゃない?」
「お店の場所まで車で二時間だと。お昼時終わって店閉まってないかって心配だわ」
さすがに遠すぎだと苦笑するユウくんと私。
「何々、お昼ご飯の話~?」
「美味しいお話なら聞きたいです」
なっちとケーコも寄ってきて。さとさとん家の行き先を聞いて爆笑するなっちに、それなら事前にお電話してはどうかと提案するケーコ。お話が盛り上がったところで担任の先生がもどってきた。
「は~い、みんな席に着け! 入学最初のホームルーム始めるぞ! スマホは机にしまえよ!」
教卓に着いた担任の先生は、妙に気合の入った声色で『私の名は
◇◆◇
「よし、新入生への最後の注意事項だ。明日からは朝八時までには登校するんだぞ。八時十五分には朝のホームルームを始める。それまで登校できなければ、遅れてきた者は遅刻扱いになるので特に注意するように!」
小学校とあまり変わらない登校期限。歩く距離は中学校が多いだけに気分がゲンナリして、奇妙な音が口からもれた。
「ちょっとリオちゃん、はしたないよ」
「だって~~~」
聞き取ってしまったユウくんから小声で注意されたものの、私の気分は簡単にもどるものでなく、ついつい反発してしまった。そんな様子は富谷先生に気づかれなかったものの、またもや教卓前の鈴城くん――今度は清川さんも――少しだけ後ろを振り返り、すぐに前を向いたところを見てしまう。えっと……こっちに気になるような何か、あったかな?
「じゃあ、これからみんなには自己紹介をしてもらう。フリーでは何を話せばいいか分からなくなる者も出るだろう。なので名前と、出身小学校と、特技や趣味ややりたい部活などなどの一言、以上の三項目を話してもらおう。では窓側の朝倉からよろしく頼む!」
「はい。私は
ちょっと前方の二人をあやしんでいると、先生が自己紹介の開始を告げた。話す内容は、今日決行しようとしてることにピッタリで。どうやら私がユウくんの後に自己紹介となるようだから、実行役は私のようだ。確認の意味でユウくんを見ると、とっくにこちらを見ていた。自分を指さしてみるとうなずいてくれたので、あらためて決意を固める。
「――サトサトと呼んで、ちょーらい!」
――パチパチパチパチ――
いつの間にか、自己紹介はさとさとまで進んでいた。拍手と同時に、一部の男子から『サトサトー』と呼び声がかかる。早くも次はユウくんの番。
「では、庄子!」
「
――パチパチパチパチ――
ユウくんは自己紹介を無難に熟した。悪目立ちしないように。けれど女子の一部から、視線が集まってる気がする。さよ姉の予言の通りなのかな~。
「では、清川!」
「第一小学校から来ました
――パチパチ――パチパチ――
ユウくんに続いた清川さんという女子の自己紹介。彼女の話した内容にこれといった要素はなかった。ユウくんと同じく悪目立ちしないようにとの意図はあったかもしれない。でも、何だろ――まっすぐでよく切れる日本刀をイメージしてしまった。彼女は何かをやっていたのだろうか? だからだろう、拍手がまばらになって。そんなことを考えていたら、順番は私の目の前の沼端さんまで回っていた。
「――甘いものを食べるのが趣味です。美味しいお店、みんな紹介してね」
――パチパチパチパチ――
今日決行すること、それはユウくんと私の仲良し具合を自己紹介に入れること。さよ姉は恋が始まる前に、理由はさておき、多くの告白をされた。それは決まったお相手がいなかったせいだ。ユウくんと話し合ったとき、そんな結論になった。さよ姉が言うに、私たちは見た目が良いほうだと。だから要らない告白を招かないように、みんなに話してしまおう、ということになって。自己紹介が後番になった方が、仲良しアピールの一言を入れる、そう決めたのだ。だから――
「では、早坂!」
「穣紫野小学校出身の早坂莉緒です。部活動をどこにするか考え中です。それと……お隣の席の庄子裕真くん、ユウくんとは――」
――大の仲良しです。
そう続けるだけ、のはずなのに。計画実行を気にして朝から続くプレッシャーのせいか、ここで見知った清川さんや鈴城くんを気にしすぎたせいか、結局は理由がわからなかったのだけど――
「――お付きあいしてます。よろしくお願いします」
どストレートなものいいになってしまった。結果――わずかな静寂の後、教室中にたくさんのどよめきが起こった。その様子を目にして、私はあっけにとられた。
――ええ、あの二人、付きあってたの?
――庄子君、かっこよくて気にいったのに~~
――早坂さん……そんなウソだろ……
――今どきの中学生って……中学生って……
ユウくんの目の前のさとさとも大笑いをしていた。笑ったまま、私たち二人のほうへ振り返り――
「さすがリオリオ、良くやった。もちろん、ユウユウも決めてくれんだろ?」
――ユウくんはさとさとの問いかけにうなずき返すと立ち上がり、私の左手を彼の右手につなぎ、まるで教室中に見えるようにと、つないだ手を持ちあげ――
「あらためて、庄子裕真です。お隣の席の早坂莉緒さん、リオちゃんとは真剣なお付きあいをしてます。だれにもリオちゃんをゆずらないので、よろしく」
――教室内の騒ぎは悲鳴へととって代わり、ようやく再起動した先生が静かにするよう言っても騒ぎは治まらなかった。
ユウくんを見るとニッコリと笑みを返して、着席のサインを送ってくる。ユウくんが座る動作に合わせて、手をつないだまま私も着席する。顔が熱くてとても前を向いてはいられない。ゆで上がった頭でこれからどうしようと考えていたのだけど――ガラリと大きな音を立てて教室前方のドアが開いた。
「何を騒いでいるのですかあああ!」
突然の大人の男性の声に教室中が静かになって、みんなの注目がこの男性に集まった。
「富田先生、何があったのです?!」
「あ、いえ、これは、その教頭先生……」
言いよどむ担任の先生に厳しい視線を向ける男性――教頭先生は富田先生へさらに言葉を投げつけた。
「職員室までバカ騒ぎが聞こえてきましたよ! これ以上騒ぎが起きないよう、指導なさい! このことは査定に響くと思いなさい! それと生徒のあなたたちも同罪です! また騒ぎを起こしたら厳しく指導するので、以後、注意なさい!」
「……査定……」
教頭先生は富田先生に厳重注意を行い、私たち生徒へもクギを刺してくる。富田先生は力なく下を向いてしまい、生徒たちも指導は受けたくないとばかりに静かになった。騒ぎはおさまったと見た教頭先生は、来た時の勢いのままドアを閉めて、立ち去って行った。
少しして区切りはついたと思ったのか、次の出番だった鈴城くんが富田先生に自己紹介の続きをうながしていた。
「ええと先生? ボクの番ですけど自己紹介を始めてよろしいですか?」
「お願いね」
富田先生が力なくうなずくと、鈴城くんが教室中に向けて言葉を発した。
「第一小学校から来ました
甘いマスクで軽やかに言葉をつむいでいた鈴城くんが一度言葉を途切れさせると、声色だけ重いものに変えて――
「この際なので便乗させてもらうよ。お隣の清川一美さんとは、一美ちゃんとは結婚を前提にお付きあい中です。だれも割りこませないので覚えておいてください」
たびかさなる爆弾発言に教室内が再びどよめいた。
――ええーー、結婚は、さすがに早くない?
――イヤァーー、鈴城君まで~~、一番目と三番目が売り切れなんてひどいよ~~
――清川さん……そんなウソだろ……
――今どきの中学生って……中学生って……結婚…………
私たちの時より混乱がひどい。これってもしかして、ユウくんと私のお付きあいの印象薄れてる? 計画は失敗? ユウくんを見れば、少し難しい顔つきをしていて。
頭の中をまとまらない思考が巡っている最中――
――ヴワ!
風と言えない風が瞬間教室内を通り過ぎた気がした。あれほど騒がしかった教室中が沈黙していた。ほんの一瞬、私は鳥はだを立て、額にも汗を感じた。
「水人、もういい」
「自己紹介は以上です。よろしくお願いします」
清川さんが声をかけると、鈴城くんの声色がもどして自己紹介を終わらせた。鳥はだも汗も、もう引っ込んでいて。何故だかホッと一息ついて、私は息を止めた後のような解放感に浸ってしまう。ユウくんはといえば、今度はあっけにとられたような顔になっていた。
富田先生や他の生徒たちも、まだだれも声を出せずにいる、静かな教室の中で清川さんは立ち上がり――
「お隣の鈴城くんがご迷惑をかけた。申しわけない。ただ彼の話したことは本当のこと。皆様よしなに」
清川さんと鈴城くんはそろってお辞儀をして、着席した。清川さんは『続きを』と富谷先生に声をかけて――再々起動を果たした富谷先生はそれに応じていた。
「あ、ああ、次、田所、よろしく」
「あ、はい……えっと、
自己紹介が再開された。少しの間は再び大騒ぎだったのだから、また教頭先生が来るかとも思ったのだけど、その気配はなくて。結局のところ、このまま静かに最後まで続き――今日はお開きとなった。
自己紹介を聞き流しながらユウくんに小声で問いかけてみる。
「これって失敗ってことかな?」
「そうだね。上手にできたけど、持っていかれちゃったね。ぼくたちの印象はたぶん薄くなったね」
「こういうのを一杯食わされた、とでも言うのかな?」
「そう、かもね」
私は天井を見上げて。またユウくんと話し合うことがたくさん増えてしまったことに、これが頭の痛い思いかと感じていた――
◇◆◇
翌日、隣の1年6組になった
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