##入学式の日~ゴールデンウィーク

第3話 入学の日①

「スリーカウントで撮りますー。行きますよ。3、2、1、ハイ!」


――カシャ!


「はい、スマホお返ししますねー」

「ありがとうございます。では、そちらのスマホをお貸しください」


 私と一緒に写真をおさまったママは、カメラアプリを操作してくれた他の子のママさんからスマホを返してもらっていた。そして、見返りとして他の子とそのママさんの記念写真をとろうとしている。


 今日は中学校の入学式の日。私たちと同じように中学校の校門前では、記念にと写真をとっている親子でいっぱい。どの子も大きめのサイズの制服で合ってないのだけど、その分期待に胸をふくらませている感じがキラキラ輝いて見えて、目をそらしたくなってくる。もう少し小学生気分でいたい私には耐えられなさそうで、ゲンナリしてくる。


「莉緒、待たせたわね。さ、行くわよ」


 ちょっと浸っているうちに、写真をとり終えたママに声をかけられる。数少ない機会だから記念に二人で写真におさまってもらったけど、写真の感想を一つも口にしない。相変わらずママの私への関心は低い。午後から行う妹の真美の小学校入学式のことで、今も頭がいっぱいなんだろうか?


 ママのことをジトっと見ながら後ろについて進むと、昇降口前に設営された受付用のテントにたどり着いた。出身小学校ごとに分けてテントは用意されていて、私の卒業した小学校のテントのところで足を止めた。


「私、はやさか、りお、です」

「はい……早坂さんね……教室は5組になるから、昇降口入ったら右へ真っすぐ行ったところの階段で二階へ行ってください。上がってすぐのところに5組があります。席順は黒板に書いてあると思います。それに従って着席して、担任の先生をお待ちください。お母さんは、このまま後ろの体育館へ真っすぐお向かいください。後方入り口からご入場できます」


 私が自分の名前を告げると、受付の方から今日配る予定のプリントの束を手渡された。そして、私とママそれぞれへの道案内を済ませると、受付の方は別の親子の応対を始めた。


「莉緒、聞いた通り移動してちょうだい。ママは入学式を見届けたら、先に家に帰ります。お昼のことは庄子家のみなさんにお願いしてありますから、入学式の後は裕真くんと一緒に行動なさい」

「はいはい」

「『はい』は一回!」


 内心で舌を出す私。指示するだけしてさっさと移動しようとするママに、つい反抗的に返答してしまった。いら立ったママにピシャリと正され――用は済んだとばかりにママは体育館へ向かってしまった。


 本当なら今日は、パパが仕事先からもどってきて入学式の付き添いをしてくれるはずだった。けれど、一昨日に急な仕事が入ってもどれないと電話が来て、ママとけんかしていた。結局、私が入学式の間は真美のお世話におじいおばあちゃんが家に来てくれることになって、ママが付き添うことに。今ごろは、真美はおじいおばあちゃんと美味しいものでも食べてるんだろう。はあ、パパにたくさんおねだりしようと思ってたのに。


 いつまでも受付で立ち尽くしてもいられない。さっさと教室へ向かおうと私は歩き出した――


   ◇◆◇


 案内の通り建物の中を移動して、二階へ上がってすぐの、階段の傍に1年5組の教室があった。中をのぞいてみると、確かに黒板には席の案内が書かれていた。良く見ようと中へ入ると、私に対して声がかかった。


「リーオちゃーん、こっちこっちー」


 声のほうに振り向くとその主はユウくんで、どうやら自分の席から声をかけたみたいで。私は手を振りながらユウくんの方へと足早に向かう。その様子を見ていた、同じ教室の他の生徒たちは好奇な視線を私たちに向けてきていた。


 この中学校を出身小学校の比率で分けると、私と同じ小学校出身の子が半数で、さらに半分ずつを二つの小学校出身の子で分け合う感じになる。私とユウくんの仲良し具合を知ってる子も同じ小学校出身の子の中では少数だから、こうして仲良しなところを見せていたら不思議がられても仕方ないかもしれない。


「ぼくの右隣がリオちゃんの席だよ」

「ユウくん、ありがと」


 私の席を教えてくれるユウくんにお礼を言い着席する。念のために黒板の席案内を確認すると合っていた。二人そろって一番後ろ、窓側から二番目がユウくんで三番目が私だ。幸先のよさに、長くこの席配置が続くことを願っていた、その時――教室中が騒めいた。


 教室前方の出入り口を見ると、男女の一組がちょうど入ってくるところで――二人ともかなりの美形だった。私はあまり他人の容姿を気に留めたりしない。そんな私でも、目の当りにしたらつい目で追ってしまうぐらいの美形で、それがにこやかなフインキなものだから余計に目立っていた。


 彼らは黒板の席順を見ると、教卓前のすぐの席に並んで座った。女の子はちょうど私の列の一番前だった。


「へ~、鈴城くんと清川さん、かな」


 小声でつぶいてくるユウくん。そうだねと、うなずき返したその時、鈴城くんらしい男の子がうしろを振り向いて、こちらを見てきた。そしてウィンクひとつ――私はぞわっとしてしまう。まさか、ユウくんの小声が聞こえたとでも? 鈴城くんらしい男の子はすぐに前を向き、隣の清川さんらしい女の子に話しかけ始めた。


「リオちゃん、もしかして、かな?」

「そうかも」


 ひそひそと話し合う私たち。仮に彼らがどういう関係だろうと、どうでもいい。今日はあることを決行しようと、ユウくんと事前に決めていた。


「ユウくん、予定通りね」

「うん、分かってるよ」


 あらためて決意を確認していると――


「そうそう、リオちゃん、今日もかわいいね。制服も似合ってるよ」


 ユウくんが急にほめてきた。あまりの不意打ちにほほが熱を帯びて、鼓動が早打ちを始めた。


「え、その、あ、ありがと。ええっと、急に、どうしたの?」

「姉さんが『思ってるならちゃんと言ってあげなさい』って言っててね」


 ああ、さよ姉のアドバイスなのね。そのアドバイスには心当たりがある。先日、さよ姉と近所の公園で話し合ったとき、ユウくんに見せた制服姿をちっともほめてくれなかったと、ぐちったんだっけ。ありがと、さよ姉。


 たぶん赤面させながら下を向く私とニコニコと見守るユウくんの間に、一種独特の空気が流れる最中、大きな声で独特の呼び方をされた。


「いよ、ユウユウ、リオリオのご両人、ひさしぶりー。今日も朝からお熱いねー」


 声の主を見上げると、ユウくんの一つ前の席に見知った少年が立っていた。


「サトサト、卒業式ぶり」

「さとさと、おはよう」


 彼は佐藤さとうさとる。ユウくんと放課後クラブで特に仲良かった男の子。名字も名前も前二文字が、だからと呼べと、初めて出会ったときに自己紹介された。ただ、なぜか私たちも自分にならって輪唱呼びされる。いまだにこのことはせていない。


 そして私の右方向からも声がかかる。どうやら教室の後ろ扉から入ってきたみたいで。


「はよー、リオち」「おはようございます、リオさん」

「おはー、なっち。それと、おはよう、ケーコ」

「おはよう、小野さん、津島さん」


 右手に顔を向けるとあいさつしてきた女の子二人が立っていて、私とユウくんからあいさつが二人それぞれに返された。


 私をリオちと呼ぶのは小野おの夏実なつみ。私が放課後クラブに通っていたころからの友達。彼女は気安い空気をまとっていて、初めて出会った子でも話しかけやすい。だから私もすぐに仲良くなれた。仲良くなった子はみんな、親しみを込めて彼女をと呼ぶ。


 もう一人。さん付で読んでくる彼女は津島つしま恵子けいこ。小学校の5年生から6年生の間同じ教室だった子で、そうじやら何やらでよく同じ班になって仲良くなった。彼女の家は少しだけお堅いのだとかで――


「ひさしぶりー、オノオノ、ツシツシ」

「オノオノ呼ぶなと、何度言えば……」


 ケーコは親しみを込めてくずし気味に呼びかけると、うれしそうに反応してくれる。さとさとの呼び方にイヤがるなっちの後ろで、つしつしと呼ばれて満更でもない微笑みをたたえていた。


 この五人が小学校5年生から6年生にかけてのかき根をこえた仲良しグループで、学校の外でイベントがあれば一緒に出かけることもあった。男子は男子、女子は女子で、入学前の休み期間に積もったアレコレを話したかろうと、ひとまずグループ分けするとユウくんにサインを出し、うなずいてくれたのを見て女の子たちをトイレにさそった。


「なっちにケーコ。式の前におトイレ行っちゃおう」

「おっけー」「分かりました」


 運よく同じ教室になれたことは、受付でもらったプリントで分かっていたけど、こうしてみんなの顔を見れて、不安もあった中学生生活が一気に楽しみなものに変わった気がしてきて、うれしさがこみ上げてきた――

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