幕間 さよ姉②
さよ姉との会話に引きこまれていた私は、頭を落ちつかせようと、一つ、二つ、三つと深呼吸をくり返した。だんだん体中に酸素が行きわたって、いつの間にか強ばっていた体がほぐれて、頭の中のモヤモヤが消えていく。
そんなところに、二つの飲み物を持ったさよ姉がもどってきた。その一つを私に手わたしてくる。
「はい、紅茶。ミルクたっぷり砂糖たっぷりで温かいヤツ。これでいい?」
「わあ。私の好み、覚えててくれたんですね。ありがとうございます」
ミルクたっぷり、お砂糖多めなら、コーヒーでも紅茶でも、どちらでも飲める。まだまだジャンバーがはなせない寒さだから、あたたかい飲み物なところも気くばりが効いていて感謝しかない。
さよ姉の飲み物は、どうやらコーヒーらしいけど、ちょっとだけ砂糖がはいってるものだって。昔のさよ姉なら、私と同じものを飲んでいたのに。こんなところでも、さよ姉が大人に近づいているのがわかって、さよ姉をまた遠くに感じた。
二人そろって飲み物のフタを開けて、二人それぞれ口をつけた。
「どう、落ちついた?」
「はい」
「じゃ、お話の続き、いいかな? アイツに告白されたことからね。実は――」
飲み物が体をあたためる。より気持ちが落ちついた私は、問題ないとうなずいた。すると、さよ姉は実体験を話しだした。
「6年生の二学期にやたら告白を受けたんだよね。でも、ちゃんとした告白はアイツだけ、だったんだ」
「さよ姉、実はモテていたんです?」
さよ姉が数多くの告白を受けていた。かんたんには信じられなくて、つい、からかうように聞きかえしてしまった。でも、告白にちゃんとしてるとか、ちゃんとしてないとか、あるんだろうか?
「違う、違うよ。告白の練習台にされてたんだよ」
「ええっ! 練習台って、もっと意味がわからないんですけど?」
告白の練習台――告白相手の身がわりになって告白される、さよ姉はそんなものを引き受ける人とは思えない。さよ姉にはいったい、何が起きていたんだろう?
「あたしに一度告白する。あたしは断わるけど、その分、本命への告白が成功する。そんなうわさが出回っていたんだ。そんなこと知ったのは結構後なんだけどさ。教室が違うヤツからの告白も多くて、何故あたしに告白してくるかなんて、すぐにはわかんなかったよ」
下級生の私やユウくんには、うわさは伝わっていない。あくまで6年生の間でだけ伝わっていたようで。でも、どう見ても良いうわさじゃない。まさか、さよ姉はいじめを受けていたのだろうか?
「まさかですけど、いじめですか?」
「あー、それについては――また、今度ね。話それちゃうからさ」
あからさまに、さよ姉にはぐらかされてしまった。何かのいじめは、あったんだろうけど……何も聞かなかったように、さよ姉は話を続ける。
「でね。あたしを練習台にするヤツは、断られた後に決まって『お前のことなんか好きなわけないだろ』って言うんだよね。初めは言われて傷ついて、『どうしてこんなことするの?』とか聞いたけど、5人目ぐらいからは『またか』って内心思うだけになってね。このおかしな空気がなくなるまで我慢すればいいかなって……」
「さよ姉がやり過ごすことなんて、ないじゃないですか。先生に話を――もしかして、そのころ、私やユウくんと遊ぶこと増えてませんでした?」
どう聞いてもさよ姉はいじめの告白を受けていたと思う。けど止められてしまったから、いじめかどうかを聞くことはできない。だから、先生に話を聞いてもらえばいい――そう続けようとして気づいた。さよ姉が6年生で私やユウくんが3年生のころは、よくさよ姉に遊んでもらっていた。それはさよ姉の善意でもあっただろうけど、さよ姉もつらいことを忘れたかったんだと。
「お、勘がいいね。お察しの通りだよ。一緒に遊んだときは、学校ではできない遊びをしてたのは昔からだけど、前より熱が入ってたのはリオちゃんの思った通りだよ」
やっぱりだ。さよ姉だって人の子。きっと学校から、心だけでも遠ざけたかったんだと思う。
「余計な真似をしてもっと困ったことにはしたくなかったから、告白は受け続けたんだ。そんな中で告白してきたのがアイツで――最初は断ったんけど、その後に言われたのが、『あなたがおかしな事態に巻き込まれてるのは知っています。でも僕は違います。だから、もう一度考えてみてはくれませんか』なんだ」
「本気の告白だったんですね。でも、そのころのさよ姉は、その子のこと、別に好きでもなかったんですよね?」
事態の悪化をイヤがったさよ姉にいじめの告白は続く中――ついに恋人にもなった男の子から告白を受けたという。その男の子はうわさも知っていて、それでもさよ姉を好きでいて、とても立派な男の子に思えた。
「放課後クラブの知りあいの一人ってだけだからね、その時のアイツは。それで考え直したときに思いついたんだ。候補であっても彼氏と言える子が出来れば、これ以降の告白はないってね。だから、『友達からでよければ』って返答したんだよ。そして『友達からでも、よろしくお願いします』って言ってくれて、あたしとアイツの付き合いは始まったんだ」
さよ姉から見れば、同じ学年の一人に過ぎない男の子。それでも恋人予定の子がいるとなれば、告白がへることに期待がもてる。その男の子は違う教室の子で、会うとしても放課後クラブくらい。だから、結果として恋人にはならなくても変には思われないだろうと、さよ姉は考えたんだと思う。
同時に、友達という関係でも一緒にいれる時間が増えれば、恋人になれるチャンスは大きくなる。お相手の男の子にとっても大きなチャンスだったんだろう。
「練習台の告白は、その後どうなりましたか?」
「あたしの友達たちにも協力してもらって、『近いうちに彼氏になりそうな男の子ができた』ってうわさをばらまいたんだ。それもあって、スパっとはいかなけど、気軽そうなのはなくなったよ」
お相手との恋の話も気になるけれど、いじめ告白も気になるわけで。つい、話をさえぎり、その後を聞いてしまったけど。少なくともいじめ目的の告白はなくなっていたようで、私はホッとした。
「それで、曲がりなりにも恋人候補なわけだし、前より会話を増やしてみたり、一緒に出かけてみたり、色々してみてるうちにアイツの人柄が気にいってね。それで本当の恋人同士になったわけ」
さよ姉はお話を修正して、友達として付きあいだしてからの流れを話してくれた。そのさよ姉の目は、なつかしい何かを見ているように感じて――
「もしかして、今でも好きですか?」
「恋心はもうないね。ただ、良い思い出になったと思うよ」
まだ気持ちが残ってるだろうか、と思って聞いてしまったけど、私の思いすごしのようで。お相手のことは、やはり過去のものになったようだ。
ところで、お話を聞いてひっかかったことがある。ユウくんから聞いた話では、告白を受けたのは小学校卒業近くだったはずだけれど?
「ところで、さよ姉? 恋人になった方の告白って、いつごろのことですか?」
「ん? 二学期の終わり近くだけど?」
やっぱりユウくんから聞いていたのとは違っていた。ユウくんに内緒ってことで聞かせてもらっているお話。もう過去のことだといっても、ユウくんたち家族に心配をかけてしまう話なわけで。だから、さよ姉は私だけに伝えているのだろう。
「ユウくんからは、小学校卒業が近づいたころに告白されたように聞いてました」
「うん、アイツが正式に恋人になったのがその時期。それまでの友達付き合いのころのことは、うちの家族にもあまり話してないから」
さよ姉の恋は家族にも話せない思い出から始まっていた。もしも、いじわるな人がいたら、いじわるな言葉や行動を受けたら、私は、私とユウくんはどうだろう? 少しの間、私は考えこんでしまった。
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