幕間 さよ姉①

 少し暖かくなってきた、四月初めのおだやかな昼下がり。私は近所の公園へやってきた。さよ姉からの呼びだしをユウくんが持ってきたからで。この三年間、まったく顔を合せなかったことをわびたい、そういう話と聞かされて断れなかった。


 入れかわりでユウくんには私の家にいてもらうことにした。ママがこの四月から仕事に出はじめたせいで、妹の真美の世話をだれかが見ないといけなくなったから。


 こういうとき、ママのパパママ、おじいとおばあちゃんが家にきてくれるのだけれど、今日は都合悪いらしくて。真美が小学校へ通いだせば、世話を必要とするときが少なくなる、はずなのだけど。


 公園の入口から中を見わたす。あちらこちらに遊ぶ子供たちがいて。砂場やブランコなんかの遊具に近いベンチには、子供たちを見守る母親たちがドカリと座っていた。


 ひさしぶりで見かけがわからないだろうと、さよ姉は目印がわりに、私やユウくんと遊んでいたころのジャンバーを着てるという話だけど。あらためて公園の中を見ると、遊具から一番はなれたベンチに、見おぼえのあるジャンパーを着た女の人を見つけた。さよ姉だろうと思い、近づいてみると――


「よ! 久しぶり」

「……おひさしぶりです。咲依さより姉さん」


 なんら昔と変わらない、さよ姉のあいさつに目がしらが熱くなる。けれど、さよ姉の顔つきは子供らしさを昔においてきたような、見しらぬ感じになっていて……どんな感じであいさつを返せばいいかわからなくなって、私はぎこちなく声をだすことしかできなかった。


「リオちゃん、かしこまらなくて、いいよ。気楽にまた――さよ姉と呼んで」

「えっと……さよ姉」

「うん、おっけい」


 私の空気を察したさよ姉は昔のように呼んでと言ってくれた。声をつまらせながらも音にすると、彼女は左手にOKのサインを出してくれて。とにかく、きらわれてはいないことに、私はそっと胸をなでおろした。


「申しわけなかったね。三年も顔を見せることなくて」

「いえ、こっちからもさよ姉に会いに行かずで、ごめんなさい」


 早速とばかり、さよ姉がおわびしてきた。もちろん会うチャンスを作らなかったのは私もだから、私も謝りの言葉を口にした。


「リオちゃんに非はないよ。中学に行って部活にのめり込んだのもあるし、ユウには――リオちゃんがあたしに気をつかわないよう、気配りしなさいって言ってたからね」

「えっ、そうなんですか?」


 会えずじまいの理由はすべて自分にあると、さよ姉はゆずらない。そしてユウくんにも、さよ姉より私を優先しなさいと、言いきかせていたとは思いもしなかった。


「うん、リオちゃんにはユウとの仲を深めてほしかったし、こっちもお付き合いはしてたわけだから。まあ、お互いにお邪魔はしないようにってね」

「さよ姉にそんなこと思うなんて、ないと……あはは」


 さよ姉の心づかいには感謝するけれど、ときどきは、一緒に遊んでくれたらよかったのにと思った。でも、さよ姉が恋人と一緒のところに出会ったりしたら、そうもいかないことにも気づいた。


「告白の一連の流れはともかく、ユウと仲良くできてたみたいで良かったよ。このまま末永く、ね」

「さよ姉まで……」

「あら、まさかユウとは遊びのつもり? そういうのは許さないわよ?」

「そんなことないですよ! し・ん・け・ん・な、お付きあいしてます!」


 告白……さよ姉、あの日のこと、どこまで知ってるんだろう。ユウくんから聞き出したのかな? それに、ユウくんとはずっと仲良しでいるつもりだけど、からかうことはないよね!


「ごめん、ごめん。冗談よ、じょう、だん。いやー、何年たっても、からかいがいがあるわー」

「止してくださいよ、もう! このために呼んだんですか?!」


 さよ姉のいじりネタ好きは、あのころと変わらないみたい。けれど、ほどほどにしてほしい。これ以上続けるなら、私、帰りますよ、本当に……


「ううん、違うよ。じゃ、ここから真剣マジに本題ね。ユウとお別れしないために、目標を立てたって聞いたけど?」

「あ、はい。ずっと二人一緒にいよう――が目標です。ユウくんからの提案を私が受け入れて決めましたけど」


 ようやくさよ姉も本題に入ってくれるようだ。告白に続いて決めた、私たちの恋の目標。これがどうした、というのだろう?


「その、ずっと二人一緒にいよう――別れてしまったあたしが言うのもなんだけど、恋人同士の目標というには、当然のもの――だよね。そう思わない?」

「やっぱり、そう、ですよね。告白の日は私も気分があがってたのもあって、いい目標だなとしか思わなかったんですけど……」


 自分に資格はないとしながら、さよ姉は恋の目標として当たり前なものと言う。告白のあとで落ちつきを取りもどした私も思いついてはいた。告白の日の自分はたしかに気分が盛り上がっていて、深く考えていたとは言えなかった。けれど――


「でも、別れた今だから、どれだけ達成困難な目標か、あたしは知ってる」

「あっ……」


 さよ姉がたどり着けなかった目標みらい。そのことに、私は目標の重みに気づかされた。


「とは言っても、お別れしないためのよい手立てなんて、ないのだけどね。でもね、他の恋のいきさつを知っていれば、もしもの時に、上手に立ち回れるかも、と思ってね。お節介だとは思うけど、私の恋の始まりから終わりまでを教えておこうと思う」

「……ありがとう、ございます」


 よい方法があるなら、別れ話はないだろう。ならば、一つでも前例を知ることが、もしものときの助けになると考えれば、他人ひとの恋を知ることは、なのだろう。ありがた味があることだから、さよ姉の親切な心づかいに感謝した。


「でも、今はユウくんがいませんけど、私だけで、いいのですか?」

「うん、何かが起きたときは、女の子側の意識が重要だって、あたしは思うし。それに、ユウには内緒にしておきたいこと、もあるしね」


 お話を聞くなら二人一緒がいいのでは?――と思ってさよ姉に聞いてみたが、いざというときは私の気持ちが重要らしい。それにしても、ユウくんにも内緒にしたいことってなんだろう? いよいよ事の大きな話になりそうで、頭の中がグルグルしてきた。


「ちょっと一気に、話し過ぎたかな。リオちゃん、疲れてない? ちょっと飲み物、買ってくるね」


 そう言いのこして、さよ姉は公園の外の、自動はん売機を置いているお家へと飛びだしていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る