幕間 入学準備の一コマ

 今日はママと妹の真美と、そしてユウくんと、私たちの住む都市まちにただ一つのデパートへやってきた。


 ユウくんのお家は共働きだから、夏休みとかの長いお休みときは私の家でユウくんを預かるときがある。ちょうど今日はその日なので一緒にきてもらったのだ。ちなみにユウくんのお姉さんのさよ姉を預かったのは小学生のころだけで、今はしていない。


 デパートにきた目的は、私の中学用制服の引きとりと、今年小学校に上がる6つ下の真美の入学式用の服装選び。私が入学式で着た服をお下がりすると聞いていたのだけど――真美は私より細身でブカブカなんだとか。はいはい、私の体格はパパ似ですよ、プンプン!!


 まずは私の中学用制服を引きとりに指定のお店にやってきたのだけども。やることは試着して腕の長さやスカートの長さを補正をするかしないかの確認だけ。すぐに終わるはず――だったのに。同じ引きとり日を指定された家族は私たちだけでなかったわけで。


 じっとしているのはつらい。そんな妹は今、ユウくんと一緒におゆうぎコーナーで遊んでいる。ユウくんにきてもらったのはこのため、とはママの言葉。


 うう、中学入学前のお休み期間、ユウくんといっぱい遊べると思っていたあの日の私へ、現実はヒジョーと伝えたい! 入学準備はいっぱいあるし! 彼氏は妹とうわ気するし!!


――はあ、何を考えてるのかな私は。


 ようは私もじっとしていられないタイプ。体がうきかけるたびにママに体をおさえつけられ、座るようにおしかりを受けていた。


「次の方、どうぞー」


 1時間待ってようやくなの? 私たちを呼ぶ店員さんの声がしたカウンターへ向かうと――


「早坂様でいらっしゃいますか?」


 注文主の確認に始まり、倉庫スペースから取りだした制服のサイズや氏名のししゅうの文字などの確認と進み、そして試着のため着がえスペースへと連行された。制服の着用方法を店員さんが説明していくにしたがって実際に着がえていると――


「ママ、おトイレー」


 ユウくんと一緒に遊んでいたはずの真美の声がした。着がえスペースをしきるカーテンにすき間を作ってのぞき見ると、たしかにユウくんと真美がもどっていた。


 あちゃー、これはユウくんでは対応できない事態。かと言って私も着がえ中だから動けない。


「しょうがない子ね。ユウくん、真美をトイレに連れて行くから、ここで待って莉緒と店員の方へ説明をしてもらえるかしら?」

「だいじょうぶです。任せてください」


 仕方ないとばかりにママが真美をトイレに連れていくことになって、ユウくんに後をたのんで、この場からいなくなった。


 着がえスペースの外の空気を察した店員さんも、着がえが終わったら呼ぶように言いのこしていなくなった。


 この場にのったのは私とユウくんだけに。おかげでちょっとひらめいた!


 あの告白の日から、何かにかこつけてユウくんに引っついてみたけれど、ユウくんはちっともドギマギしてくれない。私はちょっとふれあうたびにドキドキしてるのに。だから、ちょっとからかってやろうと思ったのだ。


 私はふだんスカートをはかない。寒いころならズボン、暑いころならキュロット、その間ならスカッツあたりもはいたりする。私のスカート姿はユウくんにも目新しいはず。


 制服に着がえ終わった私はカーテンを開け、制服姿をユウくんの前にさらした。


「あ、ユウくん。どうかな、私の制服姿?」


 左手をこしにあて、少し背をそり気味にして胸をおし出すようなポーズをとってみた。さあ、ユウくん、どうよ?


「うん、制服がちょっと大きいね。3年間着られるようにかな」


 ちょ、ちょっとおおー! そうじゃないよ! かわいいとか、きれいとか、にあってるとか、そういうのだよー!


「そうじゃなくて! もっと他に、いうことない!? かわいい彼女の制服姿だよ!?」

「あ、なるほど。えっと、かわいいよ、似合ってる」


 前からだけどユウくんってニブイときがある。特に容姿のコメントを求められたときなのだけど。サイズが合ってないは、似合ってないと言ったようなもの。そこからベタにほめられてはちっとも喜べない。スンとしかけたそのとき――


「でも、服が違ってもリオちゃんはリオちゃんだから。リオちゃんはステキだよ」


 ああもう、私自身を無自覚にほめないで欲しい。胸のドキドキがよけいに止まらない。絶対からかってやるんだから。


 今度は右あしを前にしたセクシー?なポーズをとって、右あしにつき上げられたスカート生地をつかんでゆっくりとたくし上げた。ふふふふ、ユウくん、目にもの見せてあげるわ!


「ちょっと、リオちゃん!」


 あわてたユウくんは私を止めようと声をかけてくるけど、まだまだソックスの上のはしが見えただけ。際どいところをせめるべく手は止められない。


「そんなに上げちゃうと、見えちゃうよ!」

「何が、見えちゃうの?」


 もうこれ以上は危ないとばかりの顔でうったえてくるユウくん。ちょうどひざが見えたところで手を止めて、どう危ないのか、わざと聞いてみる。


「それは……」

「それは?」


 言いよどんだユウくんに、はぐらかせないぞ、と続きをうながす。観念したユウくんが答えを口にしようとした、そのとき――


「莉緒、何を遊んでいるのかしら?」

「げっ、ママ!?」


 ひんやりするママの声に固まる私。真美のトイレは終わったようで、真美を連れてもどってきたところだった。


「はあ、バカな真似はよしてちょうだい。罰としてお昼の食事でデザート抜きよ、いいわね!」


 おこったママの声に、私はうなだれるしかなかった。こうしてユウくんドキドキ大作戦は幕を閉じた。


 なお、私がお説教を受けている間、ユウくんと真美はおゆうぎコーナーにもう一度いたのだけど――


「おにいちゃん! おみみ、まっかだよ! どうしたの?!」

「えっ! な、何でもないよ……」


 私の作戦が実は効いていたことを知ることはなかった。

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