幕間 さよ姉③
さよ姉は私のことを待っていてくれた。うつむき、考えこんでいた私が顔を上げるまで。
「世の中にはいろんな人がいるからね。今のところは、リオちゃんの周りは良い子たちが集まっているんだと思う。これから先も同じとは言えないから、まずは一つ、覚えておいて」
「そう、ですね」
私の小学校の友達付きあいは、うまくいっていたと思う。そう言えるのは、友達にめぐまれたから。でも、同じ教室にいてもあまりお話していない子もいたから、もしかすると悪意を持っていた子もいたかもしれない。そんな子が私とユウくんの恋の障害となる可能性、たしかに覚えていてもいいと思う。
そして、さよ姉のお付きあいの話はまだ告白のところだったのを思いだし、続きをお願いした。
「それで、恋人同士になってからは、どのようにお付きあいを?」
「まあ、普通に? 中学生だからお金のかからない場所へ行ったり、アイツがやってた部活の応援に行ったり、スマホでお話したり。特に中学校が違ったから、スマホのメッセージアプリは活躍してたと思う。まあ、どこの中学生とも変わらないことをしてたと……」
小学生に比べたら多いかもしれない中学生のおこづかい。でも、お付きあいに出せるお金になるとあまり増えてないはず。スマホの使用にかかるお金はお家の方が出してるだろうからともかく、できるだけお金をかけないデートをしていたようなのだけど、急にさよ姉の言葉がとぎれ――ほほをほんのり赤くして、何かを言いなおしながら言葉をつないだ。
「ああ、ただ、えっ――子作りは、して、ない……」
えっ、子作り? あ、そうか。あの保健の授業で習ったアレ……たしかにさよ姉でも早いかもと思い――
「あっ……そ、そうですよね。まだ中学生でし――」
「やってる子は、やってる、よ? ま、友達の、話ね」
中学生ならば子作りのアレをするのはまだ早い、と返しかけたのだけど、さよ姉はさえぎってきて。初体験……してる子、やっぱりいるんだ……私もいつかはユウくんと……うう、はずかしさのあまり、私のほほも熱を帯びてきて。それは、とりあえず、おいておこう。
「え、えっと、じゃあ、次は別れたときの話です?」
「そうだね。別れたときの話にはなるんだけど、その原因になったのは、もう二年前の出来事でね」
流れを切る意味もあわせて、さよ姉に別れ話になるかをたずねて。さよ姉は私に落ちついてほしかったのか、私の案にのってきた。二年前といえば――
「中学2年生のときにですか? 何があったのでしょう?」
「その年の秋にアイツの中学校では修学旅行があってね。その旅先でアイツ、ロープウェイに乗ったんだけど、故障で運行途中で止まって、数時間、空中で閉じ込め状態だったんだって。いくらゴンドラの中だと言っても、地面に足がついてない恐怖に駆られたらしくてね。まあ、無事助けられて、この
「それはこわかったでしょうね。想像したくもないですけど」
さよ姉もお相手も中学2年生。うわさに聞く楽しい修学旅行のある学年だ。その修学旅行でお相手は事故に巻きこまれたみたいで。空中閉じこめに、思わず身ぶるいしてしまう。
「そうだね。とにかく無事帰ってきたのは良かったんだけどさ、恐怖に駆られたとき一緒に性欲も高まってしまったんだとかで――」
「へっ?」
あー……パニックでも……なるんだ。初体験につづいて、何を聞かされてるんだろう、という感じで、つい間ぬけな声を出してしまった。
「まあ、こういう話聞かされて、固まるのは、リオちゃんの年齢を考えれば、わかるよ。けど、いつか、ユウに求められるからね。対応を間違えないように、覚悟はしておいてね」
さよ姉は、とまどう私を気づかってくれて、でも、申しわけなくて。
「それで、アイツが帰ってきた、その次の週末のデートで、アイツにあたし自身を求められた。求められたことは悪い気はしなかったけど……」
「けど?」
「あたしは、心も、体も、応じられるほど育ってなくてね。途中で、突っぱねてしまったんだ。その時は体がおびえていたよ」
お相手が求めた……子作りのアレ。本当に作ろ気はないのだろうけど。例えば、私もユウくんがしたいと言うならうれしく思うだろう。けれど、気持ちに体がついていけるだろうか? その時のさよ姉は、気持ちもそこそこで、体はまったくダメで。
「キスはしたけど、その次のところで『無理』って言っちゃった」
「お断りの言葉としてよくないと?」
「まったくダメだろうね。せめて『今はまだ』とかならセーフだったかも。でも、期待を持たせる言い方はあたしの性分じゃないしね。このすれ違いが、アイツとの間にすき間ができて、最後に別れを呼んだは確かだよ」
キスまではできたけど、もり上がらない心と体に、さよ姉はとても悲しかったと思う。好きなはずの人とのキスなのに。そして出た断りの言葉は、言われた人にはかなりキツイはずの言葉で。とっさに出たものだから、さよ姉の本音に近いものだったのかもしれない。それはお相手にも伝わってしまった……本当に好き同士なのか、と。
「でも、お別れの時まで半年以上かかってますよね。たしか、うわ気されたんでしたよね」
「えぐってくるね」
「ああ、そういうつもりじゃないんです」
「うん、言葉のアヤだよ。リオちゃんも結構言えるようになってきたね」
かなり重いお話に気持ちがまいりかけた私は、次の話へ急いでしまった。さよ姉もきつい話が続いて和みたかったのか、私をからかってきた。あせったとはいえ、もう少し私も言葉に気をつかわないと。
「ま、アイツが浮気相手と知り合ったのは3年生に進級してからだったみたいだし、ソイツと出会うまではあたしに気持ちはあった、と思う。でも、あたしもアイツも、だんだん連絡しあわなくなってたから、浮気がなくてもそのうち消滅しただろうね」
さよ姉のお相手のうわ気相手は、お相手と同じ中学校の人のようで。学年が上がって同じ教室になって、さよ姉のお相手を気にいったみたいで、なぐさめたりしたのかもしれない。お相手にのこったさよ姉への気持ちも、一緒に消しさってしまったのだろう。いや、そもそも気持ちがのこっていたんだろうか? さよ姉も元にもどれる可能性があると、それほど思っていなかったようだし。
「ユウくんからは、直接会いにいって、別れを伝えられた、と聞いてます」
「うん、ようやく私の心も体もアイツに追いついたから会いに行ったんだよ。けど、まさかだったよ。こっちはやり直せるか確かめたかっただけなのに、浮気相手連れてきてさ、キスまで見せつけられちゃった。はあ、どう言い訳しても放置していたツケかな。リオちゃんも理由はどうあれ、ユウを放置したらダメよ?」
最後になるかと思って、さよ姉がお相手と会ったときの様子を聞いてみようと話をふってみる。さよ姉は特にイヤがることなく、そのときのことを話してくれて。さよ姉もお相手と――子作りしてもいいと思えるようになったから会いにいって、もう一度きずなを結びなおせるか確かめたいだけだった。それなのに、お相手のしたことは、うらぎり。さよ姉が気にいった性格とは何だったんだろう。さよ姉にお断りされたといっても、仕返しをしなければ、気がすまなかったんだろうか? そしてお相手はもう、さよ姉がいらなかったんだろうか? さすがのさよ姉もやり直しがないことを理解して――私とユウくんの間でも、相手をほったらかさずにいなさいと、注意をくれたから、私はうなずき返した。
「まあ、これであたしの恋の話はおしまい。どうだった?」
「そうですね。始まりと、終わりを、中心にお聞きしましたけど、かなりの――」
さよ姉の初恋は、悪意にさらされる中で始まって、悪気でもって終わった。さよ姉はたぶん、しばらくは恋なんてしないんだろう。私はそれをさびしく思い、今は少しでもお話に付きあおうと思って――しだいにお話は、さよ姉のこれから、健康美容、おしゃれ、中学生活、部活動などと移りかわっていき――
◇◆◇
さよ姉との話はいつの間にか二時間をこえていて、飲み物も飲みつくしていたから、今日は解散ということになった。
「ただいま―。ユウくん、ありがとねー」
家にもどった私は、声をかけながら、玄関を上がり、リビングへ足を運ぶ。けれど、ユウくんの返事が聞こえてこなくて――
「ユウくんー?」
あらためて名前を呼びながらリビングをのぞくと、ソファの上に体を横たえた妹の真美と、太ももを真美に貸しながら、ソファに座ってねむるユウくんがいた。
「相手してつかれちゃったかー。ありがとね、ユウくん」
ユウくんにお礼の言葉をかけながら、ねむるユウくんのとなりに座る。ユウくんのにおいを感じたからか、さよ姉の話でいっぱいいっぱいだった私の心も落ち着きを取りもどしかけ――もっとユウくんを感じたくなって、ユウくんの体に私の頭を預けるように、寄りかかってみた。気のせいだろうけど、ユウくんの落ち着いた心臓の音が聞こえた気がする。
落ち着いたところで、さよ姉との別れ際、メッセージアプリの登録名を教えあいながら、最後に話したことを思いだす。
――リオちゃんは自分のこと、教室の女の子の中で何番目だって思ってた?
――えっ、考えたことない?
――はあ、自覚、やっぱりなかったんだ。
――当面はさ、無自覚、無防備、これ、注意してちょうだいね。
さよ姉が何を言いたかったか、わからなかった。くわしく聞きたかったのだけど。今度、メッセージアプリでも使って聞いてみようか。
一度、ユウくんの顔をあおぎ見る。ユウくんのねむりは深そうで、まだまだ起きそうにない。さよ姉と会ったことで、ユウくんと話しあいたいことがいっぱいできた。だから、早く目を覚まさないかな。そう思いながら、ユウくんの顔をじっと見つめて――
――ヴヴ!
私のスマホがふるえた。さよ姉とのお話の間、うるさくないようにサイレントモードやらにしていたままだった。もうスマホのふるえは止まっているから、たぶんメッセージアプリの着信だと思い、たしかめてみる。
送ってきたのはママで、『お仕事遅くならるから晩ごはん先にお願いね』というものだった。はあ、せっかくのフインキ台なし。ママに『わかった』と返し、ユウくんの温もりになごりおしくなったけど、最初に冷蔵庫の中をたしかめようと立ち上がった――
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