第3話 八幡堀とたぬき帝国②

 佐津川さんの運転で、山の奥の方へ車が向かう…

 山道での車の揺れで酔った僕が窓側をぼおっと眺めていると…

 突然、2本足で立っている大量のたぬきが出てきた。

「なんじゃこりゃ!」

 僕は驚きのあまり叫んだ。

「おっ、もしかして、見えた?たぬき可愛いよね」

 よく見ると、そのたぬきは全て置物であった。

 滋賀県の飲食店でよく立っているものとそれは似ていた。

 

 彼女は、車を道の駅に止めた。その道の駅は、観光バスが何台も止まっていた。

 道の駅の敷地内には、団体客用の写真を撮るスペースもあった。長椅子の奥に、全長3mを超えるくらいのおおきさの巨大なたぬきの置物が2匹、その間にちょびっとその2匹より小さいたぬきが1匹、その周りにはサッカーボール大の小さなたぬきがたくさん居た。

 彼女が言ってたようにそれはまるで、”たぬき帝国”だった。

「どう?”たぬき帝国”に来た感想は?」

 ベージュの中折れ帽と白いワンピース姿の彼女がニヤリと笑いながら、おびただしい量のたぬきに圧倒され呆然と立ち尽くしている僕に話しかけてきた。

「どうと言われても…」

 何か言おうと思い、たぬき達を僕はじっと眺め始めた。たぬきが2足で立っているのもヘンテコだが、何とも言えぬ憎たらしい笑顔、頭に付けた笠、左手に持つ徳利とっくり、右手に持つ通帳、どでかいお腹…そして、何より玉袋が大きかった…一番大きいのだと僕の体の半分くらいの体積がある。ヘンテコなたぬき達だ…何を言えばいいんだ…僕がそう、しばし逡巡していると…彼女は何か紙を僕に手渡した。

「これ、この間ここに来た時にたぬきの置物を買ったとき、もらったんだけど、読む?」

 それはたぬきの図解が書かれた紙だった。その紙によると、笠は災難を避けること、ヘンテコな笑顔は愛想よくすること、徳利は飲食に困らないよう徳を付けること、通帳は世渡り上手になること、大きいお腹は冷静さ・決断力・大胆さを表しているらしい。玉袋は、”金”玉であり、金運のために大きいのだという。なるほど、縁起とか色々考えられてこのフォルムになったのか…しかし、ヘンテコだ。

「まあ、基本はたぬきの置物は男の子なんだけど、一応女の子のも売ってるのよね。私は可愛いからそっちをこの間買っちゃった。ちょっと玉袋大きなやつ置くのもなんか恥ずかしいしね!」

 彼女は僕のたぬきの理解度を上げたのが嬉しかったのか、したり顔で両腰に手をやってエヘンというポーズでそう言った。玉袋って普通に言ってるあたり、やはり彼女は大胆だ。さすが鮒寿司片手に喫茶店に来るだけのことはある…


 道の駅に入ると、そこにもたぬきの置物が置いてあった。彼女が言うには、このたぬきは信楽焼という焼き方で焼かれたもので、たぬきの他にもカエルやフクロウもいるそうだ。信楽焼は滋賀県の伝統工芸の1つで、窯で焼かれる際にできる、暖系色の火色や焦げ色が特有の自然な「わびさび」を生み出すことで有名らしい。信楽焼の壺も道の駅で売っていたが、僕の貯金ではとても買えそうになかった。僕は店員さんお勧めの小ぶりなたぬき(男の子)の置物を購入した。これで福が来たら良いのだが…

 丁寧に幾重もの新聞紙でくるめられた、たぬきを彼女の車の後部座席の足を置く部分に置き、僕たちは陶芸博物館に行った。そこには、パンダと大きな手が待ち構えていた。”たぬき帝国”を抜けたと思ったら、今度はパンダと大きな手が出てくるとは…おもしろい町だなと僕は思った。(もちろんたぬきも少しばかり居た)

 陶芸美術館では、様々な芸術的な焼き物を見ることができた。車での帰り道、ろくろ体験という看板が見え興味が沸いたが、財布を確認したところ、1345円しか入っておらず、断念することになった。僕の落胆する様子を見て彼女は大笑いしていた。

 近江八幡駅周辺に戻った際には、もう辺りは真っ暗だった。昼食は道中のコンビニでお互いすましたのだが、彼女が夕飯は外食をしようと言った。駅の近くにある近江ちゃんぽんが食べられるラーメン屋に連れて行ってくれるらしい。所持金的にラーメン屋だったことはありがたかった。近江ちゃんぽん…ちゃんぽんと聞くとリ〇ガーハットが浮かぶが…どんな感じなんだろう。

 近江ちゃんぽんを頼み、しばし待つと…もやしやキャベツ、きくらげ、豚肉がどっさりと入ったラーメンが出てきた。野菜豊富なのは1人暮らしには嬉しい。

「どう美味しそうでしょ?そのラーメンに酢をかけるのが”みそ”なのよ。酢だけど」

 彼女はしょうもないギャグを言いながら、一瞬どや顔を浮かべたかと思ったら、高笑い始しめた。笑い上戸にもほどがある。

 彼女の言う通り、酢をかけて近江ちゃんぽんとやらを食べてみた。スープがあっさりしていて、野菜が多いためか、非常に酢が合う。豚肉も丁度良い脂の量だ。僕は普段あっさり系ラーメンを好んで食べていたのだが、それよりあっさりという感じで美味しかった。癖になる味だ。

 僕が笑みを浮かべながらラーメンを食べている様子を彼女はチラチラ、にやにやしながら見ていた。本当変わり者である。

 

 ラーメンを食べて僕たちは、店の駐車場で解散することになった。後部座席からたぬきを取り出して、一礼する。

「今日はどうも…ありがとうござ…ありがとう」

 また、敬語が出そうになった。そのことでうろたえている僕を見ながら、にやけつつ、彼女は何かをカバンから取り出して僕に手渡した。

 それはレジ袋だった。なんじゃこれと思って袋を開けようとすると…

「駄目!!!!!」

 彼女が大声で叫んだ。そして、こう続けた。

「私の前で見ないで。あなたが1人の時に見て欲しいの!!」

 そう言った彼女の顔には少し、眉間に皺が寄っていた。相変わらず拘りが強い女の子だ…

 彼女は車に乗ったらすぐ笑顔に戻り、手を振った。切り替えが早すぎる。

 僕は恥ずかしいので、小さく手を振ると、体を反対方向に向け駅の方へ歩き出した。トボトボと歩きつつ、彼女が自分の近くから居なくなったことを確認してから…レジ袋の中を見る。そこには、『今日も付き合ってくれてありがとう♡朝食にどうぞ♡』という手書きのメッセージカードとともに、黄色いパッケージにサラダパンと印字されているコッペパンのようなものと赤こんにゃくが入っていた。どういうことやらわからなかった。この間もらった赤こんにゃくは食べたとき美味しかったので、嬉しかったが、初めて見るこのサラダパンとやらは美味しいのだろうか???

 僕は明日の朝食に不安と期待を両方浮かべながら、少し微笑みつつ、近江八幡駅へと向かった。

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