第2話 八幡堀とたぬき帝国①

 佐津川芳美は僕の予想通り、『さつかわ よしみ』という読み方で合ってたらしい。LINEのメッセージで読み方を聞くと彼女は『さつかわよしみだよ!普通読めるでしょ!!』と言う文と怒った柴犬のスタンプを送ってきたのだ。その後すぐ、彼女が僕の名前の読み方を聞いてきたので、送った。

 佐津川さんとの話し合いの結果、僕は彼女と滋賀県を回ることになった。彼女は僕と同い年で大学1回生で、まだ滋賀県に住み始めてから1年と経たないが、僕よりかは滋賀県に詳しいので、旅の道先案内人をしてくれるという。異性と旅行をすることになるとは…ドキドキだ。

 彼女と会って数日後、僕はとある駅の前に居た。彼女がこの間僕を送ってくれたあの近江八幡駅だ。今日の1つ目の行き先である八幡堀まで彼女が車で送ってくれるというのだ。

 向こうから、自動車の運転席から駅の方を覗いている彼女が来た。僕に気付き笑顔で手を振り始めた。すぐさま、車に駆け寄り、助手席のドアを開け中に入る。

 佐津川さんの服装は襟元にフリルのついた白いワンピースだった。

「いや~今日も、車で送っていただくとのことで、ありがとうございます!」

「いやいやいいよ!ってか口調!です、ます禁止ね!私たち同い年なんだから!!しかも旅の仲間よ!!!」

 そう言う彼女の表情は少し怒っているようだった。です、ます禁止…つまり、タメ口以外禁止と言うことなのだろう。

「りょ…了解!」とちょっと恥ずかしく伏し目がちな僕。

「OK!!」とグッドポーズを片手で取る彼女。

 そんな2人を乗せて自動車は走り出す。


 彼女はスマホをBluetoothでカースピーカーにつなぎ、音楽をかけ始めた。それは『琵琶湖周航の歌』という渋い歌だった。

「えっ、これ何???」と驚いた表情で僕が聞くと…

「滋賀県民のソウルソングよ!!一緒に聞きましょう!!!」

 と、にちゃりと笑いながら答えた。僕はこの状況がよく分からな過ぎたが、曲自体は聞いてみると良い歌だった。しかし、彼女はその曲を延々とループする。同じ歌を何度も聞くと、なんだか段々酔ってきた。

 僕の様子に気付いたのか彼女は、曲を止め車の窓を開けた。

「ごめん!私の趣味が過ぎたね…」

 そういった彼女は眉を八の字に曲げ申し訳なさそうにしていた。彼女は善意でこの曲を聞かせたのだろう。


 そんなこんなでいつのまにやら、八幡掘に僕たちは着いていた。

 駐車場に車を停めて、少し歩くと綺麗な街並みが広がっていた。

 両サイドにある石垣作りの道と壁、瓦屋根の古い家屋の真ん中に水路があり、屋形船が通っている。まるで、それは異国の景色のようだった。水路に向かって垂れている柳の木と石垣が良い感じに混ざり合って風情ふぜいを出している。僕は思わずスマホを取り出しパシャパシャ写真を撮り始めた。

「綺麗よね~八幡堀って」

 いつの間にやらベージュの中折れ帽を被っていた佐津川さんが笑顔で話しかけてきた。日焼け止めの匂いがする…帽子は日焼け対策なのかもしれない。

「写真、後でLINEで送っといて!私はこういう場所に来た時、肌で感じておきたいの。1人だと写真は撮らない。人間の目の解像度に比べたら、写真の解像度って大したことないと思うのよね」

 彼女は大雑把に見えて拘りが強いのだな、と僕は少し驚いた。

「そういや…ここって何か見覚えがあると思わない?」

「いや~わかんないでs…わかんないな」

 一瞬、丁寧語になりかけた。あぶねえ。

「そっか。朝ドラとか見てないか…朝ドラでよく出てくんのよここ!そういや、この間、配信で見た朝ドラで主人公の幼少期を演じている女の子が大阪に来て「大阪や!」って叫んで喜ぶシーンがあったんだけど、どう見たってそこが八幡掘で大笑いしたな」

 そう言った後、彼女はお笑いライブの会場の観客ぐらい大きな声で大笑いし始めた。

「そうなんだ…」

 彼女の奇行に、さすがの僕も引いてしまった。

 屋形船で水路を回る八幡堀巡りというのがあるらしいが、次の目的地に行く時間を考慮して僕たちは行かなかった。その代わりに石垣の道の上を歩いたり、水路の上を渡る古い橋を渡ったり、ポン菓子を作っている様子を眺めたり、八幡堀周辺を満喫した。

 そして、次の目的地に向かう時間になった。車に乗る。

 彼女は行き先は甲賀こうか市である、とだけLINEで伝えていたが、一体どんな所に行くのだろうか。甲賀忍者は聞いたことあるな…そういや…

「じゃあ、次の目的地を発表するねー!」

「はあ…」

「次の目的地は”たぬき帝国”よ!!!」

「えっ、”たぬき帝国”???」

 僕のその言葉を無視し、彼女はまるで何か企んでいるような笑みを浮かべて車を出発させた。カースピーカーで今度は、陰陽座の『甲賀忍法帖』をかけ始めた。いや、たぬきと関係ねえと思ったが、彼女に送ってもらっている手前そんなツッコミはできない俺だった。



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