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「めぐさんが亡くなってから、しずくさんはどんな生活をしていたんですか?」

 のぞみは言った。

「なにもしていなかった。なにもすることができなくなってしまったんだ」としずくは言った。

 アトリエの大きな窓の外に降る秋の雨の音が聞こえる。静かな雨音。それはまるで誰かの泣いている音のように聞こえる。

「このアトリエでずっと泣いていたんだ。一人でずっと。君と出会うすこし前くらいまでの間、僕はこの部屋で泣いてる記憶しか思い出せなかったんだ」

 すこし昔を懐かしむような顔で笑ってしずくは言った。

「一ヶ月くらいそうしていたと思う。その間、僕はめぐみに会いたいと思った。実際に会いにいこうともした。でもめぐみに会いに行くことはやめた。約束したから。約束をやぶってめぐみに会ったら絶対に怒られると思ったからやめたんだ」

「約束ってどんな約束ですか?」

「『生きて』って約束」

 とめぐみの絵を見るのをやめて、のぞみの顔を見てにっこりと笑ってしずくは言った。

 のぞみはいつの間にか泣いていた。

 ごめんなさいって言いたかったのだけど、悲しくて、気持ちが溢れて、きちんと言葉にすることはできなかった。

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