第12話 魔法のコインがあれば帰れるモシャよ


 それからの数分間は大混乱だった。


 とりあえず彼女に、


「菱屋さん、自分で鼻を押さえられる? 強く押さえちゃだめだよ?」


 と注意してから鼻を摘まませ、亮介は慌ててリビングに向かい、ティッシュを取って戻り――半裸の彼女を見て、『これはいかん』となって彼女の部屋から毛布を取って来て、ぐるぐる巻きにして……。


 ゴブンゴも手当を手伝った。


「そうだゴブンゴ、菱屋さんの鼻血を止められないか?」


 良いアイディアだと思ったのだけれど、


【完全には止められないけれど、自然治癒よりちょっとだけ早く止めることはできるニョロ――һқҒчСўЫМЗ!】


 呪文が響いたものの、すぐに鼻血を止めることはできない魔法なので、あまり意味はなかった。


 そして鼻を押さえた彼女は急に弱気になってしまった。


 洗面所の床にペタンと座り込んだまま、毛布にくるまって小声で泣きごとを言う。


「あーん……恥ずかしいよぉ……南町くんの前で鼻血出しちゃったぁ……」


 亮介は困り果て、彼女の前で膝をついた。


「菱屋さん、元気出してよ」


「元気出ない~超恥ずい~」


「ほら、僕を見て……菱屋さんより全然恥ずかしいから」


「え?」


「クラスメイトの女子にシャツを剥ぎ取られて、上半身裸なんだぞ」


 彼女がこちらをジロジロ眺め、眉尻を下げて笑った。


「……私だって毛布の下は半裸だよ」


「じゃあ、おあいこってことでいい?」


「だめ」


「まだ僕のズボンを脱がせたいのか?」


「私は諦めていない」


「そんなことを言っていると、また鼻血出すぞ」


「…………」


 その後皆でリビングに行き、彼女の鼻血が止まるまで、猫の動画を見て過ごした。


 不思議なんだけどさ……なんだかんだ、楽しかったな。




   * * *




 午後七時を回り、亮介はあることに気づいた。


「そういえばゴブンゴ、お前は元の世界に帰らなくて大丈夫なのか?」


 パンケーキをモグモグゴクンしたあと、ゴブンゴがつぶらな瞳でこちらを見上げる。


【うちは放任主義ニョロ~。僕は親の付き添いなしで友達と冒険に行くこともあるし、何日か帰らなくても問題ない。三日くらい地球に滞在してから戻るニョロ~】


 放任主義……それは本当か? 亮介は疑問に思ったものの、異世界だし魔物だし、日本の常識とはまるきり違うのだなと理解した。日本だと子供が帰って来なかったら大問題だけどな。見た感じゴブンゴは小さい子のようだが、本人が『問題ない』と言うのだから、まぁそうなのだろう。


 ていうか。


「……ゴブンゴは戻ろうと思えばすぐに戻れるわけね?」


【自販機のところから戻れるはずニョロ~】


 それを聞き、カットソーにスカートという私服に着替えた彼女が小首を傾げる。


「どうやって帰るモシャ?」


 尋ねられたゴブンゴが今度は菱屋あかりを見て答えた。


【魔法のコインがあれば帰れるモシャよ】


「魔法のコインとはなんぞやモシャ?」


【たぶんまだ自販機に残っているモシャ。僕が転移した時、残金がまだあるのを見たモシャ】


「マジかモシャ」


【マジモシャ】


 亮介と菱屋あかりは思わず目と目を見交わした。


 ……魔法のコイン……。


 冷や汗が出てきたふたり。


 亮介はゴブンゴを見おろし、おそるおそる尋ねた。


「そもそもゴブンゴはどうやって自販機に入ったんだ?」


【自分から自販機に入ったわけじゃないニョロ】


「どういうこと?」


【村の近くにある洞窟(どうくつ)に入って遊んでいたニョロ。その洞窟には奥のほうに聖なる平たい石があって、そこには自販機の絵が刻まれているニョロ】


「ふむ?」


【そこに乗って遊んでいたら、いつもはなんともないのに、あの時は石がピカッと光ったニョロ~。光の中に『千』という金額が浮かび上がり、僕が光に包まれた瞬間、『八百』に残金が減ったニョロ。そして気づいたら周囲がグニャンと歪んで、自販機の取り出し口にはさまったところで気を失ってしまったニョロ】


「じゃあゴブンゴは『二百』コインの消費で、自販機に吸い込まれた?」


【たぶんそうニョロ。村の言い伝えで、『自販機で魔法のコインが使われると、聖なる平たい石から自販機に飛べる。逆に、自販機側から聖なる平たい石の上に飛ぶことも可能』と聞いたニョロ】


 な、なんてこった……!


「どう思う? 南町くん」


 オロオロし出す菱屋あかり。


 亮介もドキドキソワソワしてきた。


「その『聖なる平たい石』というのが、転送板なんだね。普段はスイッチが切れているけれど、こちらの自販機に『魔法のコイン』が入ると、石の上に載っているものが転送されて来る仕組みなのか」


「ということは、自販機に魔法のコインの残金があると、非常にまずいよね? 一回の転送で二百コイン消費――ゴブンゴの転送で八百残っていたということは、あと四回転送が可能」


「――すぐに自販機のところに案内してくれる? 菱屋さん」


「分かった」


【僕も行くニョロ~】


 皆で自販機のところに行ってみることにした。


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