第11話 菱屋さん、まさか泣いて……?


 ――しっちゃかめっちゃか!


 亮介は衣服を脱がされながら、涙目でそんなことを考えていた。


 攻防戦の経緯を説明すると。


 菱屋あかりがズボンのベルトに手をかけて、グイッと引き下げようとしてきたので、こちらは当然ズボンを押さえてそれを防ごうとしたわけです。


 そうしたらね、上のガードががら空きになってしまい。


 あ――と思った時には、シャツのボタンをすごい速さで外され。


 腕を上げたり下げたり、『え、何これ、やだ』と混乱しているうちに、彼女の意のままに操られ、少し横を向かされたと思ったら、トゥルン――あら不思議。


 バナナの皮でも剥くみたいに、綺麗にシャツを脱がされましたよ――なんちゅーおそろしい手際の良さ!


「ひ、菱屋さん……!」


 や、やめてくれー!


「なんじゃ、私を煽(あお)っているのか、そんな顔して……!」


「そんな顔ってどんな顔?」


 知ってる? 自分の顔って鏡がないと見ることができないんだぜ。


 ていうかさ。


「菱屋さん、柔道とかやってた?」


「はぁ? 何を言っているんだ君は」


「寝技が謎に上手すぎる」


 混乱しながら呟きを漏らすと、菱屋あかりに両手首を掴まれ、バンザイするように床に押しつけられた。


 覆いかぶさった状態で、彼女がこちらを見おろしてくる。逆光でものすごく艶っぽい顔をしている半裸の美少女に迫られて、頭がクラクラしてきた。


「……父がね、私に護身術を習わせたんだよ。まさかその技術を人畜無害な南町くんに使うことになるとは、思ってもみなかったなぁ」


「そ、そうなの……」


 父ぃ、何してくれてんだ――あんたの教育のせいでなぁ、ものすごく危険な殺戮モンスターが爆誕したようだぞ。美少女で最強ってどういうことよ。


「父が言うにはさぁ、私の見た目が可愛いすぎるから、自分で身を護れないと危ないって言うわけさ」


「そ、そう……」


「でもね?」


 小首を傾げる彼女。穏やかな表情なのに、目には哀しみと殺意が宿っている。


 亮介はゾゾ……と鳥肌が立った。


 彼女の形の良い唇に綺麗な笑みが乗り……。


「南町くんと一緒にいると、『あれ? もしかして私って全然可愛くないんじゃない?』って自信がなくなってきたよ。あー……考えてみると、親は娘に『可愛い』って言うよね……別に可愛くなくても身内なら褒めるよね」


 ……ん? なんだって?


 理解できずに眉根が寄る。


 それを見おろす彼女の眉根も寄った。


 ふたり、しばし見つめ合う。


 亮介は心を込めて彼女に告げた。


「菱屋さん……自信を持ってくれ。君は学校で一番可愛い」


「…………え?」


「学校で一番というか……世界で一番可愛いかもしれない」


「…………は?」


「僕はそう思う」


「………………」


 彼女は呆気に取られた様子で、黙り込んでしまった。


 やがて。


 目元、頬、耳、首――……どんどんどんどん赤くなっていき――……。


 パタッ……温かな雫が亮介の頬に落ちる。


「え、菱屋さん、まさか泣いて……?」


 なかった……泣いてはいなかった。


 ポタポタポタポタッ……けれど断続的に落ちてくる雫。


「ひ、菱屋さん……」


 亮介は窮屈な体勢でなんとか上半身を起こし、彼女の鼻を軽くつまんだ。


「鼻血吹いてる」


「…………!」


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