第10話 わーん、初めて男子に見られたのに、場所が洗濯機前だなんて!


 それからふたりは遊びに遊んだ。ソファに並んで腰かけ、ゲームをして大盛り上がり。


 夕方になり、


「そうだゴブンゴ、パンケーキ焼いてあげるね」


【よく分からんけど、サンキュモシャ~】


 ゲームに夢中なゴブンゴがそう返してくる。


 菱屋あかりはくすりと笑みを漏らしてからキッチンに向かった。


「パンケーキ焼くのに時間がかかりそうだから、先にジュースを持っていってあげようかな~」


 冷蔵庫から炭酸飲料のペットボトルを取り出し、フタをひねった、その瞬間――。


【モ、モシャ~!】


 リビングのほうから悲鳴が響いてきたので、ビクッとしてペットボトルが手から滑り落ちる。それはキッチンカウンターの上で横倒しになり、蓋が外れて中身がドバドバと流れ出した。


「ひぃ……!」


 おかげで制服のお腹から下までびしょ濡れに――オレンジ色の炭酸飲料なので、すぐに洗わないと服に染みができてしまうかも。


 ――とそれよりゴブンゴだ!


 慌ててリビングに戻ると、ゴブンゴがソファの上に立ち上がり、コントローラーを握り締めていた。


【死んでもうたモシャ~!】


 なんだ、ゲームかぁ……。


 ぐったりしながら戻りかけ、ふと足を止める。制服……さすがにこのままじゃいられないなぁ。


「ねぇゴブンゴ~」


【どうしたモシャ?】


 ソファの上で振り返るゴブンゴ。


「私、廊下の突き当りの部屋にいるから、もしも南町くんが起きてきたら、彼に『扉をノックして』と伝えておいて」


 炭酸飲料まみれでベタベタして気持ちが悪いので、制服は洗濯して、ついでにシャワーを浴びるつもりだった。そうなると時間がかかるかもしれない。彼が目覚めたら洗面浴室の扉をノックしてもらえれば、扉越しに「シャワーを浴びているからリビングで待ってて~」と伝えられる。


 ゴブンゴに『洗面浴室にいるね』と説明しても理解できないだろうと思って、先ほどの説明では『廊下の突き当りの部屋』という表現にした。


【分かったモシャ~】


「頼むモシャよ~」


 手を振って歩き出す。


 キッチンに立ち寄りこぼれたジュースの後始末をしてから、洗面浴室に向かう。


 中に入り、扉を閉めてから、スカート、靴下、下着を脱ぎ、洗濯機に放り込んだ。


 続いてシャツのボタンをお腹のあたりまで外したところで、はたと動きを止める。


 あーもう、やだ~――着替えがないじゃーん。


 洗濯機を回してからシャワーを浴びるつもりだったのだけれど、それだとお風呂を出たあとに着る服がない。


 マズった~……!


 半裸の体を見おろし、一分ほど熟考……ブラとシャツのみ……う~ん、いけるかぁ?……やがて覚悟を決める。


「OK、いける――着替え、取って来よう」


 現状半裸であるが、たぶん南町くんはまだ起きていないだろう……きっと大丈夫。


 こっそり自室に戻り、着替えを持って、戻って来る――大丈夫、いける、いける。


 ふう、と息を吐き、体の向きを出入口のほうに向けた瞬間――扉が開いた。


 扉を開けたのは亮介だった。


 彼は真顔で彼女の全身を眺め――……。


「失礼」


 顔色ひとつ変えずに扉を閉めようとしたので、カッチーン! 菱屋あかり十六歳、ブチ切れる。


「――待て」


「いやあの、菱屋さん、この状況では待たぬほうがいいと思う」


「私は『待て』と言っている。二度言わせるな」


「……はい」


「なぜいきなり扉を開けた?」


「いや……君の部屋で目覚めて下に降りて来たら、ゴブンゴに言われたんだ……廊下の突き当りの部屋に君がいるから、早く挨拶しろと」


「挨拶しろ、なんて私は言っていないが。ノックしろと言ったのだが」


 すると亮介の斜め後ろに付いて来ていたゴブンゴがおずおずと口を開いた。


【すまなんだ――僕の国で『ノッキ』は『超特急で挨拶すべし』という意味で――そっか『ノック』――地球の言葉で『扉を叩く』かぁ――うっかり間違えたモシャ】


「ゴブンゴは悪くない。悪いのは南町くんです」


「え」目を丸くする亮介。「そ、そうですかね?」


「そうです。なんで顔色ひとつ変えないんですか」


「……ん、顔色?」


 亮介は先ほどから斜め下に視線を落としていて、決してこちらを見ようとしない――それがなんというかもう、見られた側としてはやるせないわけです。


 そうされても『優しい気遣い』って感じがしないのよね……それはなぜかというと、最初バッチリ見たくせに、全然慌ててなかったから! 普通さ、同じクラスの女子の半裸を見たらさ、赤面するよね? ドッキーン! みたいな。え、ないの? まったく興味ないの? 心が一ミリも動かなかったの? 超ショックなんですけど!


 キッと涙目で睨むが、なんと彼――まだ視線を逸らしているので、こちらの凶悪な目つきにも気づいていないではないか!


 ああ、そうですか~……そうでございますか~……そっちがそういう『我関せず』な態度なら、いいですよ? こっちは好き勝手しますよ?


 大股に歩み寄り、彼の胸倉を掴む。


 これでやっと視線が絡んだ。


 かぁ、と彼の頬が赤らみ――。


 やっとですかぁ、その反応!


 でもね――あいにく、こちらのほうが頬は赤らんでいるんですよ! 耳のほうまで、顔全体が熱いですからね!


「南町くん、見たよね?」


「な、何を?」


「私の半裸ですよ」


「見たというか……現状、目の前にあるというか……」


「言っとくけど、私今、下ノーパンです」


「いや、その宣言いらない」


「はぁ? 『その宣言いらない』だとぉ? なめとんのかね、君は……!」


 締めつけを強めると、自然、互いの顔も近づく。


 わわ……と青褪める亮介。


「あの菱屋さん」


「――脱げ」


「は? あの」


「いいから脱ぎなさいよぉ、私の見たじゃん!」


「え、ん……つまり今の君と同じ状態になれってこと? 菱屋さんは僕の半裸を見ないと気が済まないの?」


「は、半裸じゃ許せない~! 女子と男子のダメージが同等と思うなぁ!」


 涙目でブチ切れてやる。彼は勢いに押されて何も言えないようだ。だから大声で宣言してやった。


「君は全裸になるのだ!」


「へ? んな阿呆な」


「阿呆なことあるか。君は私のブラと、下半身を見たじゃないかぁ! わーん、初めて男子に見られたのに、場所が洗濯機前だなんて!」


「ブラを見たのは認める――現状菱屋さんのシャツは脱げかけているからね! 現在進行形でブラは見えている――だけどシャツで下はかろうじて隠れているぞ! きわどいけれどもギリ隠れている!」


「自己申告は認めん、すべて見たものとして裁きます」


「極悪非道!」


「黙れ、脱げ!」


「許してください!」


「許さん!」


 揉み合っているうちに洗面所の床に亮介を押し倒していた。彼の体をまたぎ、マウントポジション――これもうさ、この体勢でどこまで見られているのか自分でも分からないよ。


 半泣き、大混乱で彼のベルトに手をかける。


「ほら――ズボンとパンツを脱いで、全部私に見せなさい!」


 揉み合うこと数分――……衝撃的な出来事が起こった。


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