第6話 ゴブリンはいた。起きていた。
「――よし、開けるぞ」
彼女に自室の前まで案内してもらったあと、一旦下がってもらい、亮介はドアノブに手をかけた。
彼女がこくりと頷く。
ふたり、見つめ合う。
このあとすぐにドアを開ける流れのはずなんだけれど、なぜかノブを捻る気にならない。
なんていうかちょっと……打ち合わせが全然足りてなくね? と思ってしまい。
亮介がそっとドアノブから手を離すと、彼女が「あ~ん」と身悶(みもだえ)える。
「なんだよー、南町くん、もったいぶるねぇ」
「あのさ、部屋のカーテンは開いている?」
「ん? 開い……」
彼女の綺麗な瞳がしばらく左上を彷徨ったあと……やがてこちらに戻ってきた。
「ている――そりゃもう全開だよ、南町くん」
「……本当か?」
「本当だよ」
「本当に本当か?」
「たぶん本当だ! おそらくそうだ! きっとそうに違いない! 私はそう思う!」
もうグラグラじゃん。誠意もなしに、勢いで乗り切ろうとしているじゃん。
「菱屋さんてさ、おそらくじゃんけんで後出しするタイプだよね。私はそう思う」
「なるほどね。私もそう思う」
認めちゃったよ、この子……。
キリッとした美人顔で『一片も恥じることはありません』と言わんばかりに、堂々と胸を張っているぞ。
「じゃあ――カーテンが開いているなら、中は明るいってことでOK?」
「おー、なるほど、そういう意味で訊いていたのね。扉を開けた一瞬で、ゴブリンを確認しないといけないもんね」
彼女が腕組みをして「うむ」と頷いてから、
「カーテンが開いているかどうか、分かんない」
華麗に前言を撤回した。
えー……ガッカリを通り越して、心の中が雪景色……。
視線が絡むと、彼女の眉尻が少し下がった。
「私さ、南町くんにガッカリ顔をされると、なんだか胸が痛むよ」
「あ……実は僕、『ガッカリ』の段階はとうの昔に通り越しているんだ。もうちょっとダークな感情を君に対して抱(いだ)きつつある」
亮介がつい本音を漏らしたら、彼女が微かに眉根を寄せた。
どうでもいいけれど、こういうちょっと感情が乱れた時の表情がとっても綺麗だな、彼女は……。
「南町くんて意外とひどいよね。癒し系かと思いきや、実はドS系だよね」
「そんなの初めて言われたけど」
「つまり君のドSを食らった女子が、全世界で私だけなんだね。普段南町くんは羊の皮をかぶっているんだ。羊かぶり詐欺だ――ひどい話だ」
「本人を前にして平気で悪口を言うのなら、帰らせてもらうよ?」
冷たく言い放ったら、彼女が涙目で縋ってきて、コロッと態度を改めた。
「もう悪口言わん……すまなかった、南町くん」
「分かればいい」
「あ~ん、痺れるほどのドS!」
また彼女の瞳孔が開いた。ていうかさ。
「全然反省してないじゃん。すぐ僕の悪口言うじゃん……まぁいいや」ため息を吐き、「電気のスイッチって扉の横にある?」
「うん。ドアを開けて、壁の左側」
「分かった。中が暗かったら、電気を点けてみるね。そのことによりゴブリンくんを刺激してしまい、暴れ出したらごめん」
「ブフ……南町くんは先に謝っておく主義~」
吹き出したあと歌うように節(ふし)をつけてそう言い、こちらの脇腹をグリグリ突いてくる彼女。
しかし先の台詞の何がツボったのか全然分からんなぁ……。
すべてが面倒になった亮介は、予告なしでサッとドアノブを捻る。
ドア、オープン……!
彼女が『ギャッ』という顔をしたので、ちょっとだけ『ざまぁ』と思っちゃった。『ケツを揉む揉まない』あたりから、言動のひどさが目立ったからね。仕返し。
それで、だ。
結論から言うと、遮光カーテンは半分開いていた。そしてその奥にあるレースのカーテンはしっかり閉められていた。
ゴブリンはいた。起きていた。
ステンレスカゴの中で、丸まってこちらを睨んでいる。
……うわ、怖ぁ……。
逆光気味だけれど、鼻のつけ根に細かく皴が寄っているのが見てとれる。
犬なら「ぐるるるるるるる……」って唸っている時の顔だ。
殺る気満々じゃん。
……亮介は速やかにそっと扉を閉めた。
「ねぇ菱屋さん……おそらくだけれど武器がいる」
「そだね」
彼女が大きく頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます